第119話 知っての通り世界の終わり(and I feel fire) 前

「どうしてきみはここにいるんだろうね?」


 メアリー・レストが言う。


「僕は前にも言ったはずだ。僕を探そうとすることは、お前にとってなんの意味もないことだと。でも君は僕を探した。あろうことか、探し当てた。魔術を使って。もうめちゃくちゃだ……めちゃくちゃなんだよ。エリザベート」


「メアリー・レスト」


 エリザベートが名前を口にする。


「メアリー・レストね。確かに。あんたなら納得する。でもその態度はなに? 一人称がおかしいし、もっとびくついてた。どっちが素なわけ?」


「君は愚かだな。エリザベート。相変わらずだ。私を見つけてなんになる? なにがして欲しい? お前は僕の言った通りにしたくないだけなのか?」


 メアリー・レストがエリザベートの言葉を無視して、そう言った。


「言った通りにって、あれ? 行動を改めろとかいう、あれでしょ。馬鹿みたいなこと言わないでくれる。そんなの。それこそあんたに関係ない」


「ああ。そうだな。でもいまこの瞬間に、それは意味のないことだ。私もわかっているんだが、つい言ってしまった」


 メアリーは腕を大きく広げた。そして、こう続けた。


「それで? 今お前はなにを考えてる? ずっと私に会いたかったんだろう。その私が目の前にいる。どうしたい? 殴りたいのか?」


「いいえ、私は……」エリザベートは考える。ここに来て、なにがしたかったのか。思えばこれは、自分にとって気兼ねなく解決へ邁進できる謎だったのかもしれない。気になることは他にいくらでもあるのだから。


 黙っているとメアリーは腕を降ろし、ため息をついた。


「そんなことだろうと思った」


「お前になにがわかるというの」


 エリザベートは化学実験室の机に強く、爪を立てている。メアリーはそれを気にもせず、こう言った。


「それなりに長い間お前を見てきたんだ。”前”と”後”の両方で。特に”後”に関しては、私が送り込んだからな。お前からほとんど眼を離さなかった。少しぐらいはわかる」


「それぐらいでわかられるほど浅い人間じゃないんだけど。なんなの? そっちこそどうして時間を戻したの? どうして私をこの時間に送り返したんだよ!」


 エリザベートが怒りを口にする。その言葉には、言外の意味が含まれている。メアリーはそれに気づいた。エリザベートよりもそれは早く、彼女が気が付いたのは、言って数秒経ってのことだった。


「……チャンスはあったはずだ」メアリーは目を伏せた。「確かに、お前の今の状況は悲惨極まりないが。それはお前の問題であって……」


「やめろ!」


 エリザベートが叫び声をあげる。メアリーは言葉を押し戻されたように、喉からキュッ、と音を出した。


「……そう言えばお前には”ある事情で”としか言っていなかったな。いいだろう。今なら教えてやろう」


「ああ、そう。マジでムカつく奴。何様のつもり? 前は事象がゆらぐだとか、修正されるだとか、わけのわからないことを繰り返していたでしょう」


「状況が変わったんだ」メアリー・レストが言う。「今ならお前に事情を明かしても問題はない。法律であるだろう。”知り得る機会があった”ということだ。知って変わることも少ないし、明かしてもゆらぎは微々たるものだろう」


 またわけのわからないことを言っている。


 メアリー・レストは実験室の窓際まで歩き、窓に手を触れた。思案する表情で外を見下ろしている。


「これからクーデターが起きる」


 エリザベートは「はあ?」と聞き返した。


                 ▽


 ここで時間はほんの少しだけ遡る。


「どうしてきみはここにいるんだろうね?」


 そう言った魔術師と言われたエリザベートのいた化学実験室の外には、二人のメードがいた。コンスタンスとクレアは化学準備室をそっと覗き込み、二人の会話に耳をそばだてていた。


 会話の内容はあまりわからなかったし、相手の顔もよくは見えない。クレアは”これでは意味がない”と考えていた。いっそのこと姿を現して会話に加わるべきかもしれないとも。しかし諸般の事情により、クレアは一人ではその行動を実現できなかった。


 と、そこで一緒に来ていたコンスタンスが隣にいないことに気づく。見回してみると、窓の方に立って外を見下ろしていた。


「どうかしたの……?」


「音がした」


「音?」


 コンスタンスの隣に立って、同じように外を見る。暗くてまったく風景なんて見えやしないが、地面に植えられたナラの木の葉が風に揺れている。だが、その音ではないらしい。クレアはじっと目を凝らした。そして木々の間に何人もの人間がいて、どこかに向かって行進していると気が付いた。

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