第113話 尊重されざる 後

 コンスタンスとエリザベートが学生寮で次の予定を決めているところ、騎士舎の方ではマリア・ペローが、やはり他人の作った予定に従おうとしているところだった。


 マリアはその呼びかけに対し、半ばうんざりした心持で応答した。彼女のいる騎士舎の廊下の先に、見覚えのある影が二つあった。


 片方はこの国の王子で、もう片方はその騎士だ。こんなこと思うこと自体も”不敬”なのかもしれないがしかし、そう皮肉めかしてみなければ、今の鬱屈とした気持ちを少しでも前向きにすることは難しい。


「ミス・ペロー。今から来てくれるか?」


 シャルル王子が言う。繕っているが、ここ最近、彼はいくらか余裕がない。なかなかリアルな表情を見せない人だから、”いくらか余裕がない”ように見えるということは、実際は”それなりに余裕がない”ということになるだろう。


 マリアは彼を刺激するつもりもなく、かといって鼓舞するようなことを言う気にもならなかった。自暴自棄になりかけている。あるいは、体の端々が白くすべすべとした燃えさしの滓になろうとしているかのようだ。


 彼の余裕が失われている理由はわかる。彼の父親がまだ動かないからだろう。あれだけの証拠を見せたのに、まだ。マリアからすれば、父親というものは自分にとってそれほど重要ではない。家では疎まれていたし、かなり前から家の金には頼って生きていない。嫌がらせに稼ぎの一部を実家に送っているぐらいだ。しかし、シャルル王子にとってのフェリックス王は、自分と父の関係とはまるで違う。フェリックス王は今を生きる偉人なのだから。シャルル王子も父親には、親として以上の尊敬心を持っている。


 それがどうしてだか――言葉遣いは正しくないが――”合理的でない”。その判断になっているのかが、シャルル王子にはわからない。あり大抵に言えば、揺らいでいるのだ。


 それは悪いことじゃない――と、マリアは思う。盲目的でいることに比べれば。


 エリザベートに騎士としての責任以上に個人的な心情を抱えているのは同情心もあるだろう。シャルル王子に付き合うことも、今や同情心がその一部を占めている。


――エドマンドが聞いたら激怒するだろうな。


 マリアはそこまで考え、こちらからいつまでも近づかないので、声に怪訝さを含ませたシャルル王子の再度の呼びかけで、現実に呼び戻される。


「彼女をもう待たせている。行こう」


 シャルル王子が言った。


 マリアは「ええ」と返し、彼に付いていった。


 

 

 恰好が付いているとは言えないが、マリアの予想では、今日の話し合いが”話し合い”の一つの区切りになるだろう。ここまで――すなわち、シャルル王子が集めた証拠を父親に提出しそのアクションを待っている間――に交わされたのは、具体的にどうやってカケス寮の地下へ入っていくのか、ということである。そもそも地下と、旧水道に繋がる入口があるかどうかも、定かではない。少なくとも図面上では不審な点は見当たらず、生徒の部屋に入って調査するには、適切なタイミングがなかったため、見つかっていないのだ。


 元々、予定では話し合いは今日の放課後までない予定だった。それが今、呼び出されたということは、なにか手掛かりが見つかったということだろうか。


 その答えはすぐ示されることになる。恒例の自治会室で、マリア・ペローは入って右側の椅子に座り、右手窓際の椅子にシャルル王子、そのすぐ後ろにエドマンド・リーヴァーが立ち、マリアの向かって正面にはアイリーンがいた。


「実は、旧水道への入り口と思われるものが見つかった」


 シャルル王子が言う。内容とは裏腹に、難しい顔をしている。


「本当ですか?」


 そう言ったのはマリアで、こちらも言葉の内容とは別に、まあそうだろうと冷めた態度を取っている。それは正面のアイリーンも同様で、このタイミングで呼び出されたということは、なにかわかったからだと察しがついていたらしい。なかなか続きを話さないシャルル王子に対して、急かすようなジェスチャーをした。


「本当だ。僕にはここにいる以外にも、少しは子飼いの”部下”がいるんだが……彼らの一人が、新たに地図を見つけたんだ。旧水道の立体的な地図だった……そこには秘密の通路と思われるものもあったんだ」


「それはいいこと……ですよ……ね?」


 アイリーンが言う。


 だがしかし、彼女はシャルル王子と同じ懸念を抱いているようだ。マリアも同じだった。


 これはちょっと、都合がよすぎるのではないか? 欲しいと思っていたものが、こうも簡単に手元に転がり込んでくるなどと。


 しかし、その情報は嘘ではなかったらしい。より正確に言えば、ただちにフェイクと言えるようなものではないという。


 続けて王子が語ったことによれば、彼もこの地図が本物かどうか疑いを持ち、色々なつてをあたって調べさせたようだ……。手に入れた経緯や、場所など……しかしどこにも不自然な点はなかった。これは単純に、王城の書庫の奥に、以前手に入れた地図とは別に保管されていたらしい。そうなると、簡単には疑えない。なにしろ場所が場所だ。こちらを騙す工作にしても、もっと別の方法があるはずだろう。


 釈然としない空気のままだが、降ってわいたそのチャンスを逃すのも惜しい。よしんば無駄だったとしても、無視するわけにもいかない。この場合、嘘なのは情報ではなく、困難からメークドラマが為されるという思い込みのほうなのかもしれなかった。


 子飼いの兵士に鍵は渡していない。万が一、扉を見つけることがあれば、すぐに使いたい。マリアら四人は、その場所へ向かうのを、三日後の夜と設定した。ちょうどその日は、国の祝祭日で、生徒たちは夜更かしが許されている。生徒のほとんどは寮にはいない。校舎で自主的にイベントが開催されるよう、シャルル王子が手を打ったからだ。


「お嬢さまは行かないでしょうけどね」


「彼女がいるのは二階だから、問題ない。僕たちが行くのは地下だ」


 地図によれば入口は、寮の床下にあった。地図から計算した位置との誤差は恐らく二メートルもない。寮の外には出ず、直接侵入するつもりだ。


「これで僕たちは前に進めるかもしれない。みんな、今が正念場だ。なんとかしてクーデターを止めるんだ」


 シャルル王子はそう言って、”話し合い”を締めた。


                ▽




 

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