第108話 優しく寝かせて‐7
シャルル王子はお茶もお菓子もなしに、大きな本を机の上に置くと、話を始めた。
「では、改めて――二人とも、昨日のことで疲れが溜まってるだろうに、すまない。今日集まってもらったのは、これのことだ」シャルル王子が本の表紙を軽くたたき、その上に見覚えのある鍵を乗せた。「それからこれ」
それはアイリーンとマリアが隠し部屋で発見した古い鍵だった。大ぶりで、なんの鍵かはわからない。表面にうっすらと彫刻のようなものがされている。
「これって……」
アイリーンが鍵を見て言う。
「殿下とそこの騎士が調査していたものですか。私たちが見つけた鍵――どこのものかわかったんですか?」
マリアが言葉を継いで、質問した。
鍵は、あの隠し部屋よりももっと古いものであることは間違いなかったが、本も同様に、つい最近書かれたものでないことは明白だった。金糸をもちい、簡単にほどけないよう細工もされているが、ところどころが剥げている。装丁のバランスを保っているのは素晴らしいが、それが古びた、しばらく誰もの頭から忘れられていたものであることは、簡単に見て取れる。
「まあ、そう急がないでくれ。一つ一つ説明するから」
シャルル王子は歩いて部屋の端にあるポットで湯を沸かし始めた。
「鍵――本――そして鍵だ。その順番で話そう」シャルル王子が背中を向けたままいう。「まず鍵――だ。この鍵には、少し見覚えがあった。ミス・ペロー。君も見たことがあるかもしれない。これは君が昔、その首から提げているアミュレットを僕の叔父から貰ったとき、君が入った城の宝物庫の鍵と酷似している」
「これもどこかの宝物庫の鍵ってことですか?」
マリアが合いの手を入れるようにして言う。つまり、本気で言っているわけではなかった。シャルルは紅茶を各人の机のうえに置き、元の位置に戻ってから話を再開した。
「いや、そういうわけじゃない。でも考え方はあっている。知っている人もいるかもしれないが、あの宝物庫は王城の建設以来、一度もリフォームされていない場所なんだ。城内、城外問わずそういった場所はいくつかあるが、共通点として一人の貴族が関わっているという特徴がある」
「ああ、その話は知ってる」と、アイリーン。「フランシス・デ・フォン・マグダーモッド。王国最初期の”王の指”の一人で著名な建築家でもあった……昔、本で読んだことがあるわ。確か、カダルーバ人とのミックス……だったよね」
「その通り。さすがに学院きっての秀才と言われるだけあるね。マグダーモッドは優秀な建築家であり、はじめの王、クアランティンをよく支えたが、やがて悪心に支配され血の故郷カダルーバとの間者になった――そう伝えられている。この鍵は彼の建築デザインの一つだ。今から何百年も昔、占星術が未発達で我々が”魔術から見放された”時代に、デザインの盗作を疑われないように、当時の建築家はみんな自分だけの特徴を持っていた。彼の場合は、この鍵の形状だ。うっすらと入ったこの彫刻は、インクに浸して紙で巻くと、彼の家の紋章が出るようになっている」
「反逆者のデザインをそのまま王城に残しているとは……なんとも、語りがいのある話が裏にありそうですね」
と、マリアが口を挟む。
シャルルはその冗談に気をよくしたのか、うっすらと口元に笑みを浮かべる。
「そういう話もないはないが……今はよしておこう。話を続けると、建築物はその特徴によって建築家や建造年、場合によっては用途などもわかるということだ。新古代期の遺跡調査などにも役立てられている」
「ということはその鍵も……」
「ああ。マグダーモッドのもので間違いない。そしてここで重要になるのが、この本。王城の禁書区域から持ち出してきたのだが、これには当時の王都に建築された建造物の立地や図面などが記録されているんだ。
僕はこれを基にマグダーモッドがデザインした建築物をすべて探した。すると王都に残っている彼の建築物は王都のあらゆる場所に点在していることがわかった。王城の中にある、一部のデザインを除けば、観光地や美術館など。コバルト・サーモン・シアターもそのうち一つだ。
ただ一つ、ここで問題が起きた。ここに乗っているどの建物も、鍵を紛失したことはないんだ。もちろん、鍵だって使っていれば劣化するわけだから、これらの建築物も今は模造鍵を使っているだろう。でもオリジナルの鍵は全て、聖ロマーニアス建築歴史資料館に収められているらしい。
そしてこの鍵はオリジナルのどの鍵とも違う。宝物庫のものともね。
となるとこの鍵はどこのものになるだろう。調査したところ、ある建造物が候補に挙がってきた。デザインはしたが、鍵をつくっていない建物がいくつかあったんだ。どこだと思う?」
シャルル王子が二人にそう質問をする。マリアはただ聞いているだけ。考えているのはアイリーンのほうだけだったが、やがて一つ、答えを見出す。
「もしかして……学院?」
「学院?」
思わぬ答えが出たことで、マリアが驚いて声を上げた。
シャルル王子は軽く頷いた。
「学院もその一つだね。正確には学院の前身になった、王立の美術館……それから貴族街の陸橋や時計塔……公共事業で作られたものだ。これらの鍵は、宝物庫の鍵と違って日常的に開けることを想定されているし、盗作呼ばわりされることもない。だから鍵をつくる必要がない」
「でも鍵はある。ということはつまり……マグダーモッドのデザインした公共物の中に、鍵を使う隠し部屋のようなものがある……そういうことですか?」とマリア。
「ああ」シャルルが言う。「場所もわかっている」
シャルルが本の頁をめくり、図面を広げた。それは他の建造物よりも長く、広範囲に広がっている。
「旧水道だ。新水道の建設時にそのほとんどは埋められたが、立地上、陥没の危険がない場所はそのままになっている。そしてここからが驚きなんだが、よく見てくれ。これは元の旧水道の地図に、埋め立てられていない部分をピックアップして書いたものだが……なにかに気が付かないか? そうだ。立地だよ。君たちが侵入したあの場所、コバルト・サーモン・シアター。今回のクーデターに関わっている場所に重なっている」
マリアとアイリーンはその地図を上からよく見た。言われているビルディング以外にも、怪しいとされていた場所のいくつかが旧水道と一致している。
「そしてこの中で僕たちが次に目指すのは……ここだ」
シャルル王子は二人の前で息を吐いた。少し話疲れているようだ。最後に、息を振り絞ってシャルル王子は、地図の一点を指した。
「学院。それも旧水道と被っている、この場所に建っている建物の地下。名前は……カケス寮」
マリアはその名前を聞いたことがあった。毎日通っているからだ。学院の中でその名前が冠された建物は一つだけ。エリザベートの入寮した学生寮。そしてこの建物は、彼女の父、グザヴィエ・マルカイツが出資者だ。
「マジか」
マリアは思わず笑ってしまった。
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