第103話 優しく寝かせて‐2

「手短に話せ」


 背後に立っていたのはシャルル王子の配下の兵士だった。さきほど目があった兵士と同じ人物だ。近くで見ると、遠目で見たときよりもかなり年若く見える。身体もまだ出来上がっているとは言い難い。


 国が人材不足なのか。王子が人材不足なのか。薄々気づいていたが、自分たちがやっている活動は重要視されていないようだ。じゃなきゃもっと大掛かりに、綿密にやるだろう。その原因がなんなのかは知らないが。


 今のシャルル王子は焦り過ぎている。これも少し前から気付いていた。

 アイリーンだって気づいているだろう。


 劇場で誰かを張るのはいい。タイミングが悪いわけじゃない。でも結果的にそうというだけで、あの王子は事を急いている。つまり、焦っている。


(クーデター計画が本気にされないから。その重圧に耐えかねてるんだ。あれでまだ十五かそこらだからな)


 マリアは思う。でもハッキリ言って、シャルル王子のメンタルヘルスには興味がない。ただ焦った頭でなにかしようとすれば、大抵どこかで周りとのズレが生じるものだ。問題はそれが表面化する前にどうカバーするか。


 頼むからこの劇場のこの時だけはやめてくれ。


 マリアは頭の中でそう唱えた。


「殿下から、作戦遂行のときが近くなったので、今一度共有をと。新しいこともわかったんです」


「新しいこと?」


「ここに来る目的です。殿下の調べでこの劇場にはカダルーバと関わりのある職員がいるのがわかりました。サビアン・カテドラルの姿はまだ確認されていませんが、恐らく職員の一人と密会する予定なのではないかと」



 マリアは皮肉っぽく笑った。


「なにか問題ですか?」


「いや? 問題というわけじゃない。その話は筋が通ってる。ただまあ……そういうスパイ自体はそう珍しくない。特にここは王国中の貴族が集まる場所だ。いくら厳重にスパイ対策をしていてもすり抜けはあるだろう。それをわざわざこんなところで、私達に姿を見られているサビアン・カテドラルが、情報の受け渡しにだけ現れるというのは、ちょっと変じゃないか?」


「つまり、ここで今日、なにかを起こそうとしているということですか?」


「それもどうだか……これからクーデターを起こそうという連中が、わざわざテロを起こすものかね。今日この場所からクーデターを始めようとしているならともかく」


「それはそうではないという意味ですか?」


「単純に無理だろう。ここは別に重要な機能を果たす場所じゃない。貴族が多いだけだ。こんなところ攻撃しても悪戯に反撃の準備を整えられるだけだよ。以前の貴族重視の王様じゃない。フェリックス王は必要なら切り捨てると思うぜ」


「そんな」


 兵士が悲愴な顔になる。マリアは彼の肩を叩いた。


「落ち着けよ。ようは状況は変わってないってことだ。難しく考えすぎず、視野を広く持つんだ。必要になったら呼べ。そのためにいる」


 マリアは話を切り上げ、劇場に入った。演劇はまだ始まっていなかったが、すでに席は半分程度埋まっていた。しかし上演までの残り時間を考えると、これ以上人が増えるということはないだろう。


 マリアは劇場の二階席の、最もステージと近い空間に入り、エリザベートの後ろに腰を下ろした。二三言、彼女と言葉を交わし、腿の上で指を組んで背もたれに身を預けた。


「私達がなにかわかっている必要はない……」マリアは口の中で声に出さず呟いた。「私達は所詮末端だ。私達がなにかわかっていたところで、勝手に動いて痛い目を見るのが関の山……だけど、ブレーンがなにもわかっていなかったが、どこにも辿り着けない。シャルル王子はどこまでわかっているのかな……。それに本当に私は末端なのか……? いずれにせよ、ツケがあるならすぐ廻って来る。こっちは上手くいくよう祈るしかない。それを選んでしまったんだから」


 マリアはため息をついた。

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