二章後半 予言はできない、私達

第40話 分割思考-襲撃 前

 ここまでの軽いおさらいをしておこう。


 エリザベート・デ・マルカイツはさる舞踏会の夜、婚約者のシャルル王子との仲を憎きアイリーン・ダルタニャンに引き裂かれてしまう。傷心のなか会場から逃げ出したエリザベートは階段に躓いて首の骨を折り、次の瞬間には約一年半前に”遡行”していた。


 それ以降――彼女は来る未来を避けるべく、日々奮闘しているのだ。差し当たって、クレア・ハーストとのこと、騎士のこと、細かいこと色々。


 歴史が変わっていく中で、想定外の変化も起こりうるということを知ったのはつい最近のことである。


 この思考はエリザベートが女性騎士のマリア・ペローを騎士として引き入れるまでと同時間に行われていた。思考である。


 エリザベートが襲撃の知らせを受け取ってから、すぐのことだ。


 父の襲撃の知らせを受け取って、母が父の下へ赴き、帰ってきた。母によると幸いにも父の怪我は大したことがなく、というか負傷というのも退避する際に足首を捻ったというのが正しいようだ、ということがわかる。ほとんどとんぼ返りで帰ってきた母によると、どうやって襲撃されたのか細かいところはわからないが、犯人が何者なのかは今、洗い出している最中とのことだ。


 父の無事がわかってようやくエリザベートはほっとした。混乱してなにも考えられなくなっていた頭が融解し、その次には、新たに出現した問題にまた頭を抱える羽目になった。


 襲撃は確かにあった。遡行前にも。だが、怪我をしたとは聞かなかった。


 歴史の変化はこれまでにもいくらかはあった。クレア・ハーストのことがそうだし、シャルル王子とはまだ会っていない。それ以外にも……そのすべてはエリザベートが遡行したことによる余波だと彼女は結論付けていた。今回のこともそうなのだろうか?


 例えば、マーゴット・マクギリス。自分の騎士選びに付き合った父のメードが遡行前の襲撃では重要な役目を果たしていたとしたら? 彼女が屋敷にいたかどうかは憶えていない。だが、いなかったのではないかと思う。父が、奇行に走る娘を監視するのに使っていたことも考えられる。


 マクギリスが父に付き添う、マクギリスが父に付き添わない。それだけで違う部分が出てくるはずだ。


 もし、そうなら、今回のことの責任の一端はエリザベートにあると言っていいかもしれない。加えて、もし、エリザベートの考察が正しいなら――この問題はここで打ち切れる。自分の行動が原因でなく、マーゴットが原因ならそれでいいのだ。


 自分が遡行から今までやってきたことが原因になっているなら、変化は自分の周りにのみ現れる。恐ろしいのは、それ以外の可能性だった。カオス理論。古代の変わり者が考えた説で、現在は教会から読むことを禁止されている理論。


 小さな、一滴の雫が落ちるか落ちないか、この選択だけで、海が荒れ嵐が起る。小さな変化がまた別の変化を生み出し、結果として巨大な変化を生む。


 エリザベート自身は、この節にはピンとは来ていない。冷静になれば、その大きな変化というのが起るのには遡行から今まででは時間が少ないのではないだろうか。(これも小さな変化で、これから巨大な変化がやってくる? ……しかしこれについて時間を割くのは、明確な脱線だ)。


 ここでエリザベートは思い出す。自分ともう一人、遡行しているものがいる。その人物とは、エリザベートを遡行させた張本人。脅迫めいた手紙を送りつけてくる顔の見えない魔術師だ。


 神代の記録にもない魔法を使うあの魔術師が暗躍しているとしたら、どうだろう。


「……でも、そうならこんなに小さな結果の違いに終わるのか?」


 足をちょっとひねっただけでも、それが国の要人となれば大ごとだ。でも時間の流れという大きなものの見方の中で、人一人が襲撃を受けて無傷でいることと、足首を捻ること、その二つにどれだけの違いがあるのだろうか。


 だいたい時間を戻すような力を持つ魔術師なら、もっとやりようがあるんじゃないのか? 


 もしくは足首をちょっとひねるような変化から、なにか引き出そうとしているとか?


 巨大な変化。


 だとすればそれは、何かが起こるまでわからないだろう。エリザベートには今のところ、それを知るすべはない。父は生きている。それを喜ぼう。


 疑念はまだ残っていた。飲み込めない部分は多々あった。だがそれも、マーゴット・マクギリスが母の帰還の翌日に父の下へ旅だったことを知ると、ごまかしのなかに消えていったのである。

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