第21話 王の兄と貴族の騎士 後-2
「君のことは調べたよ。これまでの戦績や所属先、戦争での役割」アルフレード王兄殿下が言った。「もちろん、醜聞についてもね」
マリア・ペローは黙って王兄殿下の後ろをついていっていた。ジャンセンは宝物庫扉前で待機させられているため、いるのは二人だけだ。
宝物庫の中は思ったよりも広かった。外側から見てもわからない。地下に向けて階段があり、一つの宝物につきひとつのエリアが設けられているように見えた。
創世神話に出てくるような錆びた槍。王家に伝わる宝石の山。およそ700年前に書かれた近隣諸国との和睦の手紙など、歴史的文化的を問わず貴重な品ばかりだ。真面目な骨董売りならいるだけで失禁しているかもしれない。
「なかなかの経歴だった。騎士学校を次席で卒業したあと、ジョン・ミューラーの騎士団に入団。しかしたった二か月でクビになり、あとは各地を転々と……」
「一つの場所には落ち着けない体質のようで」
「”落ち着かせてもらえない”体質の間違えではないかね」
アルフレード王兄殿下は、あるケースの前で足を止めた。それは、小ぶりなアミュレットだった。真ん中に黒い粒が散った血のような赤い宝石がはめ込まれ、周囲を炎を模した銀でできた装飾が囲っている。
どうしてだろう、このアミュレットは、宝飾品としては並に見える。よくあるデザインだし、宝石は大きいがそれ以外はしょぼくれている。
それなのにどうして、こんなにも惹きつけられるのか。
「古来より血の宝石は、持ち主を選ぶのだという。持ち主もまた、血の宝石に選ばれたとき、そう感じるのだそうだ。このアミュレットは、そういうものだ」アルフレード王兄殿下が言う。「君は選ばれたらしいな。まあ、そうだろうと思っていたんだ」
「これは……なんですか?」
「魔除けのアミュレットと呼ばれている。確かめたことはないが、魔法をはじくらしい。占星術師にやらせてみれば、本当に効果があるのかわかるだろうな」
「これ、私に……」
「もちろん。君が持ち主なのだから。君に渡すとも」
アルフレード王兄殿下がアミュレットを手に取り、うやうやしく姿勢を直しながら、マリアの前に差し出す。
「受け取る前に、簡単な質問と、私の話を聞いて欲しい」
「はい。なんでしょう」
伸ばしかけていた手を止める。アルフレード王兄殿下はいったん、アミュレットを両手で持ち、宝物庫をさらに奥へ進んでいく。
「戦争だ。どうだった?」
「私が実際に戦ったのは最後にほんの少しだけ。それでも戦場は……ええ。ひどいものでした。あれは尋常の世界ではないと……そう思います」
「私の息子を助けたときの話だな。酷かったらしいな。君のいた遊撃部隊は、私の息子を捕らえようと追撃してきた兵を相手に、現地にいた軍と時間稼ぎをした。息子が砦に辿り着くまでだ。作戦は順調に言っていたが、途中で敵が部隊を二つに分けていることが判明。共に戦っていた別の部隊は君たちにその場所をまかせて君たちはそちらを追う。
予想外だったのは、二つにわけた部隊のうち、人数も練度もあとから追撃した連中のほうが上だったことだ。追いついたはいいが指揮官は死亡。しかも息子はすでに追い詰められかけていた。そして指揮権は、貴族で騎士の君に与えられていた。
時間はない。君は息子を護衛していた部隊と敵が戦っているところを横から殴りつけ、どちらからも息子を奪い取り、早馬で砦まで届けさせた。君自身はその場に残り、最後まで戦った。生き残ったのは、どちらの部隊も合わせて十人ほどだったそうじゃないか」
「本当によく――ご存じで」
概ね王兄殿下の言うとおりだ。彼の息子は豪華な護衛部隊を抱えていたせいで行軍のスピードがひどく遅れていたから、砦に着く前に追いつかれていた。だから全部捨てさせ、一番馬を扱うのがうまい兵を一人だけつけて、砦まで走らせたのだ。
そのとき彼の息子の頬を殴ったが、これは伝わっていないらしい。女に殴られたとあっては面目丸つぶれなので、本人が言わなかったのかもしれない。
「はじめての戦争だったからな。弟はずいぶん悩んでいたよ……兵をどうすれば削られずに済むか、とか、財政をどうするかとかね。よくわからん。しかし、明らかに悩んでいたのは私にもわかる。それで少し反省をしてね……よく見ておくことにしたんだ。戦場から帰ってきたものがどんな顔をしているか、どんなことを考えているのか、そういうことをね。そして言わせてもらえば……君は戦争をへとも思っていないね」
マリアは黙っている。アルフレード王兄殿下が続ける。
「いや、もちろん君の感情は疑うべくもない。共に戦い、死んでいった仲間たちを悼み、殺し合いを法とする戦場で神経をすり減らしたのは本当のことだろう。だが、それは戦争であろうとなかろうと同じことだ。君は戦争を全体的なものとして捉えていないな。言い換えれば、そうだな。君には目の前の戦場、もっと言えば自分対敵の兵士という、一対多のイメージを抱いているというほうが適切か。バカバカしいんだろう。国のためだとか言ったりすることが。なにも考えず国のため、誇りのためとまるで自分が国のアバターになったかのように戦う連中のことを、君は信じられないと思っている」
アルフレード王兄殿下が続ける。
「私が見てきた中で、兵には三種類の見方をする者がいる。一つは盲目的なもの。なにも考えていない。戦争という空間に自分を溶けさせている。環境に適応しようとしている者。
もう一つは戦場を戦場として見ないもの。自分を失わず、自分のペースを乱さないようにする……君と似たタイプだな。頭でっかちタイプだ。こういう手合いは先ず生き残れていない。
おっと、その顔、君は自分がそのタイプだと思っているのかな? 君は違う。君は戦場を独自の目線で捉えたうえで、それを馬鹿馬鹿しく思っているタイプだよ。二つ目のタイプの目線で見つつも、それを更に上の目線で見て、皮肉っているタイプだ。実際、それがいい向き合いかただと私は思うよ」
「……そうでしょうか? 中途半端なように、思えますが」
「確かに。だがそれは、戦争という論理に染まっていない証拠だ。清濁あるのが人間だからね。私は戦争が嫌いなんだ。だから個人的に、君の姿勢は評価している」
アルフレード王兄殿下がマリアにアミュレットを差し出した。
「長話に付き合わせたな。君も疑問に思っていただろう。私がなぜ君と直接会おうと思ったのかとね。今言った通りの理由だ。誰も評価しないだろうが、私はそうでもないと言ってみたかったのだ」
アルフレード王兄殿下が宝物庫の出口へと向かう。
「そうそう、君が私の息子を殴った件ね。これについてもお礼を言わせてほしい。マンフレッドは甘ったれだ。一回ぐらい痛い目を見てもよかったのさ。これでもう戦争で名を上げたいなどとは言わないだろう」
そしてマリアは宝物庫の外で放置された。アルフレード王兄殿下はジャンセンを伴ってどこかへ消え、マリア・ペローはアミュレットとともに廊下で一人。
「ふん。誰も評価しない……か。戦争が終わったから、働き先をまた探さないといえない。当面は臨時の国境警備にでも入るとして……金に困ったら、容赦なく売るからな」
アミュレットに向けて独り言ちる。それから、しかし打ったところで大した値段にはならないか、と思い直す。
なんだか騙されたような気がしてきた。これはまったく要らないもので、私に1000フェードルを渡さないためにこんなことに付き合わせたのでは? なにせ変人らしいからな。
1000フェードルあれば一か月とは言わないまでも、三週間は暮らせただろう。
マリア・ペローはアミュレットを首からかけて鎧の中にしまった。すると今までどこにあったのかと思うほどしっくりと首に重さがかかった。それだけでも意味はあっただろう。そう考えつつ、その場を去る。
アルフレード王兄殿下は半年後、流行り病で亡くなった。この時ようやくマリア・ペローはアミュレットが彼にとって最大の褒美だったのだと信じられるようになっていた。
彼女はそれから今までも戦って生きているが、その話はとりあえず置いておこう。今は、あの令嬢のほうに話を戻したい。
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