第17話 高潔さの耐えられない軽さについて 4
どきりとした。その言葉が、遡行前のことを言っているのだと思ったからだ。もしそうならすべて説明がつく。クレアはこちらに戻って来てからいつも重要なところにいた。戻ってきた瞬間から、黄金に埋もれる男、そして今。クレアが実は強力な魔法使いの力を持っているのだとすれば、遡行前にアイリーン・ダルタニャンの傍にいて、彼女がシャルル王子を誑かす手助けをしてもおかしくはない。
でもそうじゃないとわかった。この揺れは――迷いだった。とても時間を超越する魔法を使うことのできる眼ではなかった。
それどころか、普段からクレアに感じる意志とはまったく違うものが見える気がした。
「それは、どういう意味……? ……クレア」
「わたしは、どうしてなのか……わからず……あなたがどうしてわたしを離そうとしたのか、わかりません。それが……ずっと」
「それがずっと、気になっていたの?」
エリザベートの口から自分でも驚くほど穏やかな声が零れる。
「わたしはずっと、あなたにお仕えするものだと思っていました。あなたがずっと小さい頃に、わたしがずっと小さかった頃にあなたに仕えるよう言われてから」
「あなたは、私でよかったの? 私が主でよかったの? そういうことを言うの?」
「わたしは、ずっと……」
エリザベートは自然とクレアを抱きしめていた。クレアの涙が染みをつくることも厭わなかった。これから破滅に向かうかもしれないことを心の中で詫びさえもした。
だが同時に、エリザベートのなかの冷静さは、ある疑問を投げかけていた。(ならどうして、遡行前のクレア・ハーストはなにも言わずに消えたのだろう?)
疑問を掘り下げる余地はなかった。エリザベートがいつもそうしているように、どこかへやってしまった。
▽
催しから帰ったエリザベートは、クレアと別れた。屋敷にはすでにコンスタンスが帰って来ていて、能天気な顔でエリザベートを出迎えた。
エリザベートは自室でコンスタンスに手を借りて部屋着に着替えた。コンスタンスに今日はもう下がるように言いつけ、椅子の上で一人、俯いた。
(よく考えれば、遡行したことと贖罪することはなにも繋がらない)
(遡行したことが、贖罪させるためだという理由はどこにもない)
(私が勝手に焦って、勝手に思い込んでいただけだ)
(クレアのことのように)
エリザベートは胸が痛むのを感じた。しかしプライドのためにそれを認めようとはしなかった。
(私は変わらない)
エリザベートは決意する。
(私は変わらない。これがどうして起こったのかわからない。でもなんのためだろうと私は誰の思い通りにだってなるものか)
(過去に戻ったのなら、それを利用する。今度こそアイリーン・ダルタニャンを排除する。シャルル王子を取り戻して見せる。そして……)
(それが私の幸せ。家族の幸福につながるはずだ……)
エリザベートは決意する。爪が掌へ食い込むほどに強く拳を握りしめる。
「うわっ!」
目の前に突然、紙片が現れ、エリザベートは驚いて椅子から落ちそうになった。
紙片はひらひらとエリザベートの体の前を通過していく。大きさのわりにゆっくりと落ちていく。「取れ」と自己主張している。
床に落下したそれを、エリザベートはおそるおそる開いた。中身を読み、血の気がひくのを感じた。
紙片には汚い走り書きで、こう書いてあった。
『悔い改めよ。また繰り返したくなければ』
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