第13話 かくも愚かな

「仮にもし、もし時間が戻る話について知りたいだけなのであれば、わたしに心当たりがあります」


 クレア・ハーストはか細く、しかしはっきりと通る声でそう宣言した。いや、正確を期するのであれば、それはエリザベートには宣言のように聞こえた、と言ったほうが正しいか。クレアの声には以前からそのような効果があるとエリザベートは考えた。そしてそれが、エリザベートがクレアを嫌っていた一つの理由でもあるのだ。


 意思をはっきり伝えられているような、そんな声が。


「心当たりって?」


 エリザベートはこちらのいかなる感情にも気づかれないよう気を配ってそう言った。クレアはもちろん、その場にいたパースペクティブに対してもだ。クレアは発言が許されたと判断し、その続きを話し始めた。


「はい。ただおっしゃられていた通り、私は魔法使いでも、占星術師でもありません。ですから魔法の話かどうかは、わかりません。でもそのような話自体は、聞いたことがあります」


「……それで?」


 クレアはパースペクティブのような頓珍漢な人間ではない。とりあえず話を聞こうとエリザベートは考える。


「古くこの国に残る伝承に、このような話があります」


――かつて、シシュプロス地方に欲の深い男がいた。その男は自前の盗賊団を持ち、この地方で悪さを働いていたが、王国の騎士団に眼をつけられ、動きづらくなっていた。包囲網は狭まり、仲間たちの中からも逮捕者が出た。そんななかで、戦争が起きた。男はこれ幸いと自国と他国が戦争をしている間に、戦地に出向いては民間人から略奪の限りを尽くした。

 男と盗賊団は兵士の恰好をしていたので、犯行はすべていずれかの国の兵士によるものだとされるようになった。

 あるとき、兵士の恰好をして戦場をうろついていた盗賊団は、一人の老人に出会った。老人はシシュプロスの貴族を名乗り、盗賊団を兵士と勘違いしたのか、自分の金を安全なところまで運んでほしいと頼み込んできた。

 男はそれを金の一部と引き換えに承諾し、金の前まで案内させると、おもむろに老人の頭を割った。

 金はすべて金貨で、膨大な量があった。盗賊団で分けようと金貨を数え始めたとき、男の脳裏に邪悪な考えが宿った。

 男は近くの駐屯地に駆け込み、偽物の兵士が貴族の男を殺して金品を奪ったと通報した。盗賊団はすべて殺され、男一人が残った。

 こうして金貨を独り占めした男は、国境近くの山林で見つけた洞穴に金貨を運び入れ、隠しておくことに決めた。すべての金貨を運び終えた男は、あることに気が付いた。最後の金貨を引っ張ってきたためか、出入口までもが金貨に埋まってしまっていた。

 仕方なく男は金貨を掘って出入り口を探した。一時間、二時間、しかし洞穴の穴は見つからない。とうとう夜が朝になるほどに掘り続けてもまだ見つからない。疲れを感じた男がふと背後を見ると、堀った金貨を積み上げていたはずの山はなく、運び入れた金貨だけがそこにあった。男は必死になって金貨を掘った。そのうちに入口があったのがどこなのかもわからなくなり、洞窟の穴ばかりに辿り着くようになった。十日目の夜、ついに飢えと渇きで動けなくなった男は金貨のうえで横たわって死を待っていると、頭の横に謎の人物が立っていることに気が付いた。その人物は男の顔を見下ろし、まだ終わっていない、と言った。あの老人だった。限界を超えた男は気を失ったが死なず、気が付くとまた金貨によって洞穴の入り口がすべて隠されるところだった。男は自分が死ぬときになると決まってあらわれる老人に懺悔の言葉を吐き続けた。1000年の時が流れるころ、ようやく男は解放された。男はそれから死ぬまでの間、一生を人助けのために使って過ごした。


「――と、このような話です。時間が戻される魔法、というと私はこの話が思い浮かびます」


「というより、これは一種の類型だな」


 パースペクティブがクレアに向かって言うようにして補足を入れた。その手の伝承なら知っている、と言わんばかりに。


「永遠の責め苦、永遠の罰。クレア様が話した伝承もそうですが、罪を犯した人間が贖罪のため永遠に近い時間を過ごすというのは、様々な地方で残されている話です。この話では金貨ですが、これが宝石になった話を聞いたことがある」


「罰を与えるものは、神であると言われています。ですから”魔法”の話かはわかりません。”奇蹟”に関する話と言った方が正しいかもしれません」


「永遠の責め苦。永遠の罰……。そして神……」


 エリザベートはクレアとパースペクティブの言葉を咀嚼した。


 そして鼻で笑った。


「はん。ふざけてる。それが本当なら、これが責め苦ってわけ? 冗談きついわ」


「あるいは、こういった話である場合もあります。その人が神の赦しを得るために、自らの歴史をひたすらに繰り返す。このときの時間の逆行は責め苦や罰ではありません。その一歩手前。最後のチャンスです」と、クレア。


「笑えない。いや、笑えるね。クレア。じゃあなんだって? 私になにをやり直せって、そんなことが言いたくてこんなことをやっているわけ。大概にして欲しいわ」


「それは、お嬢さま、ただの寓話です。そんな風におっしゃられてもわたしには、どうにも……」


「いい。いい。あんたはそうなんだ。アイリーン・ダルタニャンも! いや、みんなそうなんだ! ふざけんなって話だ」


「それは、どういう……」


 自嘲気味に笑ってみせるエリザベートと、困惑するクレア・ハースト。この二人をパースペクティブは順繰りに見て、思わせぶりに笑いを零す。


「もういい! もうたくさん! 早く目を覚まさせろ! 首を折れ!」


 高笑いしてエリザベートは離れから出て行った。激高を通り越して笑いしか出てこない。そんな中で、またぞろエリザベートの頭にある冷静な精神が、今の状況を批評する。


 曇天のち、曇天。頭の霧に靄がかかり、真実は見えずじまい。ただ白い幻影に狂わされるばかり。


(本当にそうかもしれない。この状況は、私を反省させるためのものなのかもしれない。あまりに上手くいかないことが多すぎる! 今のことも含めて……。そうなのか? 私は間違っているのか?)


 その言葉は脳の、意識の表に言語化して現れることはなかった。冷徹に、脳の器官のなかにストックされ、エリザベートの意識を圧迫させるにとどまった。だが思うに、それで十分なのだ。


「私は間違ってなんかない……! 間違ってなんか……!」


 ぶつぶつと呟きながら自室の扉を開ける。そしておもむろにランプを持ち上げ、床に向かって叩きつけた。ランプはこなごなになった。エリザベートはそれを黙って見つめていた。そして一部始終を見ていたコンスタンスは目を丸くして、椅子の後ろのほうに隠れるのだった。


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