第85話 長所と報告





「……ふぅ」


 足立さんからスポーツ大会の開催を知らされた日の夜。

 お風呂から上がった俺は自室のベッドに寝転びながらスマホを起動した。


 最近このスマホも寿命が近付いてきたのかバッテリー効率が悪くなってきている。これは俺が転生前から前原仁君が使ってたものなんだよね。だから思い入れもないんだけど、莉央ちゃんがプレゼントしてくれたスマホケースも一緒に買い替えなければいけないのが辛いところだ。うーん、迷いどころ。


 まぁまた考えておこう。


 俺が今スマホを弄っているのはSNSをダラダラと見るためでも、動画投稿サイトをヘラヘラと見るためでもない。

 『イケメン四天王』の称号を持つ4人……じゃなくて、俺を抜いて3人か。その3人についての情報を集めようとしているのだ。確か名前は、有栖川涼ありすがわりょう結城雪ゆうきゆき大和雅やまとみやび

 全員高校生だったはずだ。まだ若い年で、国中にイケメンと持て囃されて嘸かし増長しているに違いない。似非イケメンである俺が成敗してやる。元オタクの僻みを舐めるな。


「えーとまず、あ……」


 『ありすがわりょう』と検索サイトに打ち込もうとしたのだが『あ』と1文字入力しただけで直ぐにサイト内の予測変換に『有栖川涼』が羅列される。『有栖川涼 顔』『有栖川涼 イケメン四天王』『有栖川君 ファンクラブ』……etc。


「……ふーん」


 中々有名そうじゃないか。

 じゃあまず顔から拝見させてもらうぞ。

 『有栖川涼 顔』をタップする。即画面が切り替わる。


「……」


 画面に現れたのは、どこかの国の王子様みたいな外見をしたキザなハンサムくんだった。

 派手な、けれど嫌味がない長い金髪。肩まで伸びたそれは男にしてはかなり長めと言えるが何故か違和感は全くない。前世に比べて、全体的に男の顔面偏差値の水準が低いこの世界。しかしこいつは前世の俳優並み……いやそれ以上か。前世でいう超有名ハリウッドスターレベルとでも言えばいいのか。

 兎に角、滅多にお目にかかれない超イケメンであることは疑いようがなかった。


「……」


 想像していたよりもイケメン四天王っぷりが凄まじかった事実に冷や汗が頬を伝う。いや大丈夫、俺も超かっこいい。大丈夫だ。


「えっと、次は結城雪ね」


 例の如く、予測変換欄に名前が羅列される。『結城雪 可愛い』『結城雪 性別』『雪くん ファンクラブ』『結城雪 男』…etc。

 何だこれ。性別?男?イケメン四天王何だから男に決まってるだろ。

 不可解な予測変換に対して疑問を抱きつつ結城雪の画像を開く。


「……!?」


 真っ白でまるで新雪のような髪。それは軽くウェーブがかかり可愛らしい印象を受ける。目は大きく、桜色の唇は誰もが接吻を望むこと請け合いだ。全身画像を確認すると、かなり小柄で身長は160センチほどだろう。肩幅も腰つきも、それは女性のものと遜色ない。こいつ……こいつは。


「お……んな?」


 ……いや冷静になれ。こいつは『結城雪』イケメン四天王の1人だ。間違いなく男性。中性的な人は前世でもいるにはいた。だがこいつは、中性どころじゃないな、男でありながら見た目で判断すれば女性側だ。さらにその容姿は超絶高水準。なるほど、なるほどな。前世なら国、いや世界を獲れる美貌だろうな。最早2次元か3次元か分からないレベルだ。

 また幼い容姿で『ショタ』と称されることにも頷ける。


「……ふぅ」


 ここで1度スマホの画面を消す。


 ……正直。

 正直、想像以上だった。俺はこの前原仁おれの容姿に絶大な自信を持っていたしそれは金輪際揺るぐことの無いものだと確信していた。それ程俺の外見は優れているし、他の追随を許さない圧倒的なものだった。


 しかしイケメン四天王、こいつらは別格だ。まず間違いなく俺と同水準の容姿レベル下手をすると俺以上なのではないかと邪推してしまうほど。

 正しくイケメン四天王。正しくこの国の高校生男子の頂点。なんてことはない、俺は慢心し侮っていたのだ。俺を超えるイケメンなど存在し得ないという自負が崩れかけている実感がある。


 大きく息を吐く。

 気を引き締めなければいけない。


「……よし」


 四天王最後の1人『大和雅』を検索しよう。

 

 『大和雅 カッコイイ』『大和雅 顔』『大和雅 身長』『大和雅 SM』……etc。

 例に漏れず予測変換欄は大和雅の名前で埋まる。恐る恐る画像を開く。


「……」


 カッコイイ。

 髪は、黒髪、短髪で切りそろえられ、硬派なイメージを起こさせる。その鋭い目付きは見る者を萎縮させそうなものだが、何故かそういった感情は湧かない。猫好きで有名ならしく、猫を撫でる姿の画像が多い。そのギャップも彼の人気に拍車をかけているのだろう。

 また見た所体格が良いらしく、身長は180センチを超えている。この世界は前世よりも平均身長が低いため、この180という数字の高さが窺える。

 俺の学校のクラスメイトである、|大垣聖也《おおがきせいや》……聖也も高身長だったはず。あいつは何センチだったかな。多分あいつよりも大和雅の方がでかいと思う。ずっと思ってたけど180超えるやつとか人って言うより、もう建物だろあれ。話す時首痛いからしゃがんでくれ。


 大和雅は、まとめると黒髪短髪高身長の正統派かな。有栖川涼や結城雪のような尖った個性はあまり持ってないが、変わり種を好まない女性からすれば好みどストライクという所だろうか。


 こうして見ればイケメン四天王は個性豊かで中々バランスが取れているのではないだろうか。

 優雅で美しい有栖川、純白で可愛い結城、硬派でかっこいい大和。そして、俺。


「……あれ?」


 そこまで考えた時にふと思う。これまで1度も頭に浮かべたことがない疑問。浮かべる必要のなかった疑問。


 俺の長所ってなんだろう。

 自信が誇るべき、絶対の武器。


 顔がカッコイイ……いや、有栖川や大和の方が男らしくカッコイイ。

 顔が可愛い……確かに幼さが少し残り可愛くはあるかもしれないが、結城には程遠い。

 運動神経……大和のあの体格に身体能力で果たして凌駕出来るだろうか。不安が残る。

 人柄……元が陰キャオタクな俺だ。陰湿な根っこは変わってないだろうし、超イケメンとしてキラキラした華やかな日々を送ってきた他の3人の方が人としても人格が完成されているかもしれない。


「……」


 おいおい。どうした前原仁。

 ここに来て自信が揺らぐのか。

 俺の長所は?俺の魅力とは一体?もしかして一種の器用貧乏のような人間なのではないか?俺が全てにおいて他の3人に劣っているとは勿論思わない。だが、この4人の中で1番優れていると自負できるものがあるのか?


「……」


 まずいな、答えが出ない。


「んー……」


 これは思わぬ深刻な事態に直面してしまった。まさか長所が見当たらないとは。この世界に来て半年以上が経つが未だに自己分析すら出来ていなかったのか。

 実際それをする必要すら頭を過ぎらないほどに順風満帆な生活だったからな。


「ん〜……」


 容姿、性格。他に何がある?何も無いのならそれは俺という人間が前世と何一つ変わっていないという事になる。他の3人と比べて飛び抜けた部分が欲しい。そうでなければ、スポーツ大会で彼らに勝つなど不可能だろう。


 そうして俺が首を捻っていると。


『コンコンコン』


 3度乾いた音が部屋に響く。

 どうやら誰か来たようだ。


「どうした主人?ウンウン唸っているのが廊下まで聞こえているぞ」


 俺の唸り声を聞き付け扉を開けたのは、SBMの百鬼薙なきりなきだった。彼女も当然ながら、ソフィと同様同じ屋根の下で暮らしている。お風呂上がりなのか少し湿った長髪は、その大胆に開いた胸元と相俟ってかなり扇情的に見える。かの中川先輩よりも大きいであろうその胸には一体何が詰まっているのか。


「……どした?」


 百鬼がトマトジュースをストローで吸いながら怪訝な顔を浮かべる。つい胸を凝視してしまった。


「んーん、なんでもないよ。あ、そうだ、百鬼は僕の長所ってなんだと思う?」


 百鬼が部屋に来てくれたタイミングにこれ幸いと、先程から俺を苦しめていた疑問を口に出す。家族の中では比較的付き合いの浅い彼女だと、余計な先入観などなく客観的な答えを出してくれそうだ。


 『主人の長所?』と腕を組み考え始める百鬼。くっ、やはり考え込まなければ長所の1つも出ないような人間なのか俺は。


「んー、優しいところか?」


 数秒の沈黙の後そう切り出す。

 そりゃ家族みたいなものなんだから優しくするに決まってる。それは長所じゃない。


「……それは当たり前のことだよ。他には?」


「……そうだな、気遣いができて紳士的なところ?」


 デート中に男が女性の為を想って行動するのは極自然だ。俺はただそれを日常生活でも意識している、それだけのこと。それがハーレムを作るためのモテの一歩なのだ。この世界の男は高慢な奴ばかりだから百鬼と俺の感覚が違うんだろうな。


「……それも普通のこと。長所とは言えないよ。それにさっきの『優しい』と被ってるね」


「……そうか?」


「そうだよ?」

 

「主人、ハードル高くないか?」


 ハードルが高い?そうだろうか。

 イケメン四天王に勝つためには、長所っていうのはもっとこう、派手なものじゃないといけないと思うのだ。彼らとの勝敗に直結するような。

 いやそもそもスポーツ大会という話だったな。ここは、人としての勝負は諦めて今大会だけに絞って考えようか。いっそ本格的にジムでも通って筋トレでも始めてみようかな。でも今更始めたところで本番までに大した効果は得られないだろうな。


 うーん。


「世の中には、あたしが今言った事すら満足にこなせない人間なんてごまんといるぞ?そもそも長所ってなんだ?その人間の優れている部分だろう?普通のことを普通にできるのは長所じゃないのか?」


 『チュー』とトマトジュースを吸いながら、百鬼が言う。そのいつもと変わらない表情は、この言葉は紛れもなく本心なのだと物語っている。


「……たしかにそうだけど」


 いつもおちゃらけている百鬼だが、時々少しだけ深いことを言う。長所を探しすぎて、何かこう、本質を見失っていた気がする。

 確かに『普通』をこなせるのは長所と言えるのかもしれない。


 だけど、それではイケメン四天王には勝てないな。俺は完璧な普通なんだぞというメンタルで挑める気がしない。


「じゃあ言い方変えるよ。僕の内面じゃなく、外見で絞った上での長所は?」


「……そうだな、超絶美形、少し身長が高い、運動神経抜群、成績優秀、人当たりが良い……他には……」


「……」


 出るわ出るわ。こうして改めて聞くと何処の完璧超人なんだそいつは。嘸かし楽しい人生で、何不自由無い生活を送ってるんだろうな、と思ってしまうが、そんな超人にも悩みがあるんだもんな。俺のことだけど。

 本当の意味での完璧な人間なんて存在しないんだろうなという所感を抱いてしまう。


 謎にこのタイミングで感慨に耽けってしまった。


「あとは、あれだな。存在感がある」


 しみじみと人間という生物について思いを巡らせていると、百鬼が最後に気になる長所を挙げた。


「存在感が、ある?」


 条件反射のように思わず聞き返してしまう。存在感?存在感があるとは?それはイケメンであることとはまた別のものなのだろうか。


「あー……詳しくはあたしもわからないんだが、なんて言うか主人は『別格』感が醸し出されてるっていうか」


「『別格』ね。それはさっき言ってた超絶美形とはまた違うの?」


「違う。全く違うな。……説明が難しいが、端的に言うと『別世界』だな。主人は、どの人間とも根本的に違う気がする。同じ人間なのは間違いないんだが、こう……うーむ。やはり言葉では上手く言えん!あたししか思ってないかもしれんし、今のは忘れてくれ」


「……そ、そっか。わかったよ」


 ……何故だ。


 ……何故バレた?百鬼、もしかして俺の秘密を知っているのか?異世界から転生してきた前原仁であり、この世界の人間ではないと勘づいているのか?今のは遠回しな脅し……?本当は既に全て知り尽くしているが、自白を待っている?


 動悸が激しくなる。冷や汗が滲み出る。俺が転生者という事実は勿論伏せている。家族の誰にも言っていないし、友達にも言っていない。

 とするならば百鬼は……スパイ!?異世界人の俺を人体研究しようとする悪の組織から派遣された諜報員で俺の身近に常に身を置くことによって情報を得ようと……。


「どうだ主人?長所とやらは見つかったか?」


 百鬼がその特徴的な八重歯を覗かせ、ニコリと笑う。豪快で、一切の濁りのないその笑顔は、一瞬目が離せないほど魅力的だった。


「……うん、百鬼のお陰でなにか見えてきそうだよ。ありがとね」


「お、よかった。また何かあったら呼んでくれよ。じゃあな」


「うん」


 去り行く彼女の背中を見送る。

 女性らしい線の細い体付きなのに、何処か頼もしく感じられる。


 ……まぁスパイだなんだと色々と邪推したが、殆ど本気ではない。冗談だ。たった3ヶ月程の付き合いだが、俺は彼女を心の底から信頼している。百鬼は正しく男性特別侍衛官であり、人格者だ。彼女には何度も相談に乗ってもらっている。


 問題は、そんな信頼を置いている百鬼が俺を『別世界』だと認識していたということ。元異世界人などと俺から言い出さなければバレることはないと鷹を括っていたが、若しかするともしかするのかもしれない。


 百鬼だけならいいんだけど……。

 その内みんなに俺の存在感について聞いて回ってみるか?流石に異世界人だと思ってる人は居ないだろうけど……少し怖さはあるな。


 結局俺の長所は見つからなかったな。

 存在感も長所と言えば長所か?ただ目立つって意味なら大歓迎なんだけど、『別世界』と来たもんだ。喜んでいいのか、危惧した方がいいのか。


 まぁイケシテの顔も見られたし、有意義な時間だったと言えるだろう。百鬼の言葉通り存在感についてまた深掘りしてみるか。


 例えば、俺の特徴的な毛先の銀髪が関係しているとか、目力がすごいとか、そういった要素が関わっているかもしれない。まさか異世界人だから、だとは考えたくないが……。


『コンコンコン』


「はーい」


 思考の幅を広げて考察していると、またもや来客を知らせる音が鳴った。今度は誰だろうか。


「……ん、ご主人様。夜分に失礼する」


 長い白銀の髪を揺らしながら入室してきたのは、SBMのソフィア・マルティスだった。いつもこの時間は、彼女は自室で書類作業をしていることが多かったためこうして顔を合わせるのは珍しい。


「大丈夫だよ。なんかあった?」


「ん、ご主人様に報告がある」


 変わらない平坦な声色が静かな部屋に響く。無言で先を促すと、ソフィが口を開いた。


「『例』の件、どうにか実現できることになった。ご主人様の思う形ではない。でも、近い形」


「……!そっか、ありがとねソフィ。助かるよ」


「……ん、明日早速その関係で時間を作ってほしい」


「わかった。部活終わった後でいい?」


「問題ない。報告はそれだけ」


「りょうかい。わざわざありがとう」


「……ん、では失礼する」


「はーい、おやすみ」


 甘いシャンプーの香りを残して、ソフィが退出した。

 彼女が持ち寄った報告は、予てから俺が計画していた大切な要件だった。実現は限りなく無理だと考えていたが、信頼しているソフィに任せてよかった。

 どうにかまた、一歩進めそうだ。


「そろそろ寝るか」

 

 イケメン四天王という存在、自分の長所、そして『例』の件。

 頭を渦巻く要素をそのままに、来る明日のために俺は目を閉じた。


 これからに思いを馳せながら。

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