第84話 スポーツ大会
「だから、イケシテ最後の1人は前原くんなんだよね」
あ、あっしですかい?
スポーツライター、足立蘭さんはなんとも言えない表情で衝撃の事実を告げる。それは、俺にとって青天の霹靂ともいえる情報だった。
本人が知らぬ所で四天王に任命されてたってことなのか。というかそれはそれとして、ファンクラブ会員数が4人の中で1番少ないの、これ四天王最弱だろ。なんかそこ立ち位置が凄く嫌なんだけど。
「……いつから僕が四天王に?」
しかし四天王最弱とは言うものの、それでもファンクラブ会員数400万人超えか。
前世の某超有名アイドルグループよりも圧倒的に多い。嬉しいんだけど現実味がなさすぎて、ただただ莫大な数字に圧倒される。400万って言ったら、1つの県の人口くらいはありそうだ
なんてこった。俺の自称十二使徒たちはファンクラブ運営を問題なく行えているのだろうか。相当な労力だろうに。
「何で本人が知らないんだろ……」
足立さんが首を傾げる。
いや、仰る通りで。
無知な私めを許して下さい。本当にそういうことに興味がなかったんです。
「実はちょっと前までは、イケメン
足立さんが、小さな指を3本立てる。
イケメン四天王の前名称は、イケメン三天だったのか。なんだかそっちの方が小洒落てないだろうか。俺が加わってネーミングセンスが弱体化している気がする。
「そこに怒涛の勢いで知名度とファンクラブ会員数を増やしていく前原くんが現れて、これは加えるしかないっていう民意が働いたってこと!」
そうか、民意ね。そりゃ俺も気付かないよ。だって誰も言ってくれないんだもん。
こう、四天王称号授与式とかないの?誰が授けてくれるのかは知らんけども。殿堂入りイケメン王とかかな。
「他の3人は昔っから超有名人だったからね。ファンクラブ会員数のここ半年間の伸び率だけでいえば前原くんがぶっちぎりだね!」
『やったね!』と言わんばかりに足立さんが親指を立てる。
俺自身が知らなかったため実感は伴わないが、間違いなく、そやつらは有名なのだろう。イケシテ全員合わせたら、会員数3000万人近くくらいだ。なんだその数字は。
ここに来て事態の壮大さに頭がクラクラする。
あ〜なんかもう頭痛い。頭痛が痛いわ。
「……それでイケシテのファン同士の小競り合いというのは?」
いきなりのビックリ情報に処理が追いつかないので、取り敢えずさっき足立さんが言っていた本題の方に話を戻す。部活から長く抜け出しすぎるのもよろしくないのでね。
「そうそう!それね!端的に言ってしまうと、イケシテの中で誰が1番素敵かっていう争いなんだよね」
「……」
まぁ四天王なんて銘打ってるわけだし、そういう類いの争いは避けられないとは思う。要するに、数人組アイドルグループの中で、ファン達がどのメンバーが一番カッコイイか言い争ってるってことでしょう。
「それで、それがどうしたんですか?」
部活を抜け出してまで聞くような話何だろうか。小競り合いって、ネット上でレスバトルでもしているのだろうか。ああいう匿名同士の口論ってどんな生産性があってやっているのだろうね。
「これが、大問題なんだよね!報道とかはされてないんだけど、ファン同士の口論からヒートアップして殴り合いの大喧嘩に発展!なんていうケースが何件か起きてるの」
足立さんがシャドーボクシングのように宙に拳を何度も繰り出す。可愛らしい行動とは裏腹に、その口から出す情報は看過できない。
「殴り合い……ですか?」
「うんうん。学校で友達同士が仲睦まじく自分のイケシテ推しについて語ってたのに、気付いたら喧嘩になってて……みたいな」
「えぇ……」
そんなの『何とか君もカッコイイけど、何々君もかっこいいよね』と、それだけで終わるような話じゃないのだろうか。なぜわざわざ殴り合いにまで。他人の価値観を認められない人はモテませんよ。
「実は……とっても言い難いんだけど、イケメン三天時代にはこんな争いはあんまりなかったんだよねー」
「……そうなんですか?」
「そら喧嘩はあっただろうけど、今くらいの件数はなかったし、殴り合いなんて滅多に起こらなかったと思うよ」
「ふむ」
イケメン三天時代にはなかった。
イケメン四天王時代に突入したことによって頻発し始めた、と。
三天と四天王との違い。
三天にはなくて、四天王にはあるもの。
その原因とは。
…………。
「……僕ですか?」
「……あはは」
いや笑ってないで。
「……」
はぁ、俺か〜。俺のせいなのか。
なんだか、すごい落ち込んでしまう。知らぬ所で俺が原因で殴り合いが起きていたとは。
「なぜ僕がいると争いが起きるんですか?」
「ん〜これはただの予想なんだけどね、前原くんのファンは……何というか、良く言えば一途、悪く言えば狂信的というか」
「何故そう思うんですか?」
「えっとね、まず、ファンクラブ会員は『掛け持ち』が出来ることは知ってるかな?」
『掛け持ち』ね。
要するに1人で何人かのファンクラブに加入するってことでしょう。今の話の流れからすると、イケシテの4人のうち何人かのファンクラブを掛け持ちしてるファンも存在するのだろう。
「分かります」
「それでね、イケシテのファンクラブを掛け持ちしてる人がいるんだけど……というか結構な人数、5割弱くらいかな?半分くらいの人が掛け持ちをしてるんだよね」
「はい」
半分か。それが多いのか少ないのかはよく分からないけど、イケシテ全員合わせた会員数3000万はまやかしで、実体としてはそれよりもかなり少ないってことか。まぁ3000万は多すぎだよね、冷静に考えて。
「……ここからがさっきの話に繋がるんだけど、実は前原くんのファンクラブに入ってる人達って1人たりとも掛け持ちをしてないっていうデータをうちの社で入手したの」
「……」
『ゴクリ』と唾を飲み込み、神妙な顔付きで足立さんが静かに語る。その1文字1文字の重みは、腹に鈍く溜まっていくようである。
「イケシテ他の3人のファンクラブを掛け持ちしてる子はいっぱいいるんだけど、前原くんのファンクラブに入りながら他のファンクラブに入ってるような子は存在しないの。1人たりともだよ、1人たりとも」
「……」
ナニソレ。
本当に実在した怖い話ですか?
イケシテ他の3人と、俺のファン層は完全に分断されているということなのか。イケメン四天王とは称しているが、実質的にはイケメン三天とその他イケメン1人だったというわけだ。
そして、故に一途、故に狂信的ってわけですか。なんともまあ。
「それで、えっと、喧嘩沙汰を起こしてるのって大体が、その、前原くんのファン、ってことなの」
「……はい。なんかすみません」
ですよね。話の流れから、予想はできていました。
何やってんの、俺のファンは。自分の子供がおいたした気分だ。全員整列させて1人1人懇切丁寧にお尻ペンペンお仕置きしたい。他人に迷惑かけちゃいけません。
「あ、いや前原くんは悪くないからね?そこは勘違いしないで!」
それは頭では分かってはいるものの、どこか責任を感じてしまう。俺に責められるべき過失はなくとも、問題の中心に居座るのは間違いなく俺自身なのだから。
「……コホン。気を取り直しまして、やっと!本題の方に移りたいと思います」
「あ、はい」
そう言えばまだ足立さんが訪ねてきた肝心の要件を聞いてなかった。
俺が無知すぎて、本題の事前情報の聞き込みに大分時間を割いてしまったみたいだ。
突如勢いよく足立さんが立ち上がる。
そして小ぶりな体を大袈裟に振り、奇怪なポージングを決めながら言い放つ。
「うちの社『月刊スポーツ男子』はこの事態をチャンス……じゃなくて、早急に解決しなければならない重い問題だと考えました。どうすれば解決するだろう?ファン同士の争いを治めるには……。その答えはズバリ、『イケシテ同士の直接対決で決着をつけてしまえばいい』だ。前原くん、君には我社が主催する『イケメン四天王の頂点を決するスポーツ大会』に参加してもらうよ!」
「……イケメン四天王の頂点を決するスポーツ大会」
口論では決着がつかないから、殴り合いにまで発展してしまう。ならばいっそ、本人たち同士で白黒つけるために四天王最強をスポーツで決めるってこと?
「……へぇ」
おもしろそうじゃん。
「まだ開催日時は不明だけど、観客も集めて大々的に行うよ!我社がお金儲けできるし、ファン同士の争いも直接対決で終わらせることが出来る、我社の知名度も上がる!我社が利益も得る!ウィンウィンだと思うでしょ!?」
『グイッ』と顔を近づけてきて、輝かんばかりの笑顔を浴びる。煌めく瞳は無垢な子供のようだ。
なんだかあまりにもそちらの利益が多い気がする。
まぁファン同士の争いを止めたいというのは建前で、腹の中はこの波に乗ってパッとお金儲けしようってことね。
「他のイケシテからの了承はもう得てるよ!後は前原くんだけ。どう?どう?」
あとは俺の了承を得られれば、開催決定か。考えるまでもないな。
「勿論僕は構いません。それでファン達の争いを止められるなら」
というのも理由にはあるけど。
あぁ、直接対決でイケメンボッコボコにしたら嘸かし気持ちいいんだろうな。完膚無きまでに叩き潰したい。
最近はなりを潜めていた陰キャラの妬みがここぞとばかりに溢れ出てくる。
ハーレムを作るにあたって俺以外のイケメンなど邪魔でしかない。この際上と下をはっきりさせてやる。
「前原くんならそう来ると思ったよ!じゃあ細かなことが決まり次第連絡するね!」
上機嫌な足立さんを傍目に俺は黒い笑顔を浮かべる。
俺以外のイケメンか。
一体どんなヤツらなんだろうな。
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