第83話 イケメン四天王





「いってきまーす!!」


 今日は寒威が厳しい。

 『ガシャンガシャン』とシャーベット状の積雪が、俺の歩調に合わせて音を奏でる。太陽の光を反射し煌めく雪は情緒がある、気がする。

 硬い雪に足を取られて歩きづらい。


 息が白い。

 寒さのあまりに、鼻の奥がツーンとする。

 学生服の上からコートを着込んでも尚寒く、思わず嫌気がさす程。


 しかし俺はこの季節が大好きである。理由はー、んー。クリスマス、正月があるでしょ?花粉がないでしょ?雪が綺麗でしょ?

 ……そんな感じ。


「さみぃ〜。雪で電車止まってないといいけど」


 今の季節は身も凍るような冬。


 あの夏の中学校の同窓会から、そしてオープンキャンパスから半年が経った。



* * *



「莉央ちゃん、美沙おはよう」


「仁君おはようございます」


「おはよー仁!」


 いつもの3人組で今日も登校する。


 夏までは部活の朝練があったりなかったりでこの3人で毎日登校するというのは厳しかったのだが、元部長の右京雫先輩に変わる、新部長片岡すみれ先輩の意向で朝練が自主的なものに変わった。

 俺の持論としては、努力は大切だが練習しすぎてもあまり良い方向には進まないというものがある。よって、朝練としては、弓道にふれることはせず、朝ごはん前にランニングを軽く行う程度で済ませている。


 その為こうして莉央ちゃんと美沙といちゃいちゃらぶらぶしながら登校することが出来るというわけなのだ。


『ガタンガタン』


 電車に揺られながら、同窓会のことを思い出す。

 とは言っても参加はできていないし、記憶は殆どないんだけど。凛海のせいで血を流しすぎたため、あの時は意識が朦朧としていたのだ。しかし雛菊と真紀とはあれから定期的に連絡をとっているし、間違ったことはしていないのだろう。

 結局家族との仲を見直すきっかけにもなったし、良い機会だった。


 そうそう、あれから凛海は行方不明になった。俺が監禁暴行されたので、母さんが鬼の形相で警察に通報したんだけど、半年たった今でも消息は掴めず。今頃何をしているのやら。


 オープンキャンパスに関しては、まあ見たかった子達の顔も拝めたし成果としては上々。そういえば、そろそろ受験の時期だ。あれから心変わりしてくれていなければ、蜜柑ちゃんと凪ちゃんは我が春蘭高校を受けてくれるはず。今年は俺のせいで倍率が上がることが予想されているため、不安ではあるが是非頑張ってほしい。


 俺が目を瞑り、可愛い後輩の健闘を祈っていると、



「主人、トマトジュース飲んでいいか?」



 隣から、意味の分からない許しを請われた。


「……」


 先程3人組と言ったな、あれは実は嘘だ。実は莉央ちゃん、美沙の他に2人程少し離れた位置で俺を見守る人たちがいる。


「なあ、主人」


百鬼なきりは本当にトマトジュースが好きだね」


 この寝癖マシマシの黒髪長髪、スーツが張り裂けんばかりのダイナマイトボディの女性は、百鬼薙なきりなき。あの天才変人集団の男性特別侍衛官、通称SBMである。3ヶ月ほど前から俺への担当に配属されている。


「……ん、百鬼なきり。電車内での飲食はよした方がいい。その無駄にでかい異物を胸に垂れさせているから、脳内に栄養が行ってないと見える」


 さらに隣から割り込むようにして入ってきたのは、同じくSBMのソフィア・マルティス。白銀の髪に小柄な体型。百鬼とは真反対と言えるだろう。

 彼女は半年前から俺の担当に着いてくれている。一時は、凛海の監禁暴行騒動で責任問題になり、任を解かれる事態に陥りそうになったのだが、俺の家族と、俺の強い要望により継続して俺の侍衛を任されている。

 しかし、その一件で新人1人だとやはり不安だということで、新たに俺のもとに配属されやって来たのが、


「あれ?嫉妬?ソフィはおっぱいちっちゃいから……あ、いや、無か。おっぱい無かったな、すまんすまん」


 この、百鬼薙なきりなきというわけだ。ソフィとは同期に当たるらしい。


「……良い度胸をしている。今すぐ抹殺しても文句は言わないで欲しい」


「やれるかなー?無乳ちゃんに」


「……ん、気持ち悪い垂れ乳くらい造作もない」


「「……」」


 この2人は仲が悪い。性格が合わないらしい。尚且つおっぱいを巡る論争が激しい。事ある事に喧嘩している。まぁいざとなれば協力してくれるだろうし、さほど気にはしていない。喧嘩するほど仲がいいって言うじゃん。


 でもここは公共の場所。


「はい、二人共そこまでね。一般の人もいるんだから迷惑行為はしない」


「……ん、申し訳ない。ご主人様のおかげで命拾いして嬉しい?垂れ乳」


「そうだな、主人、すまん。子供みたいな幼児体型女をボコらずに済んで安心したよ、無乳」


「「……」」


「はぁ……」


 何故こんなにも煽り合うのか。

 まぁ騒がしいのは嫌いじゃないし別にいいんだけど。本気では無いだろうことは伝わってくるし、じゃれ合ってるだけだとは思うんだけどね。


「相変わらず仲悪いね?この2人」


「なんだか可愛く見えてきます」


 美沙と莉央ちゃんが、バチバチと目線で火花を散らす2人を眺めながら微笑ましそうにそう零す。

 おい、それでいいのかお前ら。高校生に舐められてるぞ。



* * *



「さむ……」


 一日の授業を終え、今日も部活が始まる。しかし体を激しく動かして暖まることも出来ない弓道は、冬場はまさに地獄。ゆったりと動きながら半分外みたいな道場でじっくりと寒さにいたぶられるのだ。


「ご無沙汰してます!足立だよー!」


 冬の寒さに打ちひしがれながら部活に精を出していると、道場に月刊スポーツ男子のスポーツライター、足立蘭さんが元気に入ってきた。相変わらずの小動物感。


 月刊スポーツ男子。何かしらの競技を熱く頑張る美少年、美青年を中心に掲載する女性達に大人気のスポーツ雑誌である。俺の知名度を爆上げするきっかけになったのはこの月刊スポーツ男子……略してスポ男だ。


 この半年でこの雑誌に、俺は2回ほど追加で掲載された。何でも俺が載る月の売上は、他月と比べて格段に良いらしく、何度も掲載させてくれとお願いされたのだ。別に目立つのは嫌いではないし、快く了承した。


「こんにちは、足立さん」


「相変わらずかっこいいねぇ前原君!」


「あはは。ありがとうございます」


 そういえばここ半年で身長も5センチほど伸びた。脅威の伸び率だ。成長期真っ只中なのである。

 前が165くらいだったから、今は170センチだ。前世だと男性の平均身長辺りだが、この世界では平均が低いので170という数字は少し高めということになる。丁度前世の俺と一緒くらいだな。


 足立さんもこう言ってくれてるし、もしかしたら身長が伸びてさらに男前になっているのかもしれない。まだまだ男を上げていくぜ。


「それで本日はどのようなご用向きで?」


「あ、それなんだけどね、練習中本当に申し訳ないんだけど、ちょっとだけお時間いいかな?」


「僕は構いませんが……すみれ先輩、いいですか?」


 練習を一時抜けるということで、2年生の先輩であり部長の片岡すみれ先輩にお伺いを立ててみる。


「あ、いいよ〜!でもできるだけ早く帰ってきてね!」


「了解です!」


「じゃあ行こっか」


 ということで、足立さんに連れられて道場の外に出る。いや、寒。学校の敷地内も見事に雪化粧されている。綺麗だし嫌いじゃないけど、寒いものは寒い。


「あ、寒いよねごめんね!私の車の中で話そっか」


「ありがとうございます」


 俺が腕を擦りながら震えていたせいか、足立さんが気を使ってくれた。そうだね、車の中は暖かそうだし、いい感じだ。俺は男子高校生で足立さんは大人の女性。前世で考えれば、働き盛りのお兄さんが密室である車の中に女子高生を連れ込んでいるという図で、何だかイヤらしい気もしないではないが、ここは黙ってついていこう。

 だって、寒いし。


「じゃあ、少しだけお話聞いてね」


「はい」


 車の中に移動した俺達は早速本題に入る。改まって、一体なんの話なのだろうか。おそらくまた取材の依頼だと思うんだけど、もう質問されすぎて答えることもないんだよね。

 俺がいくら人気を博しているとはいえ、同じような内容ばかり載せてもマンネリ化すると思う。ファンに飽きられるのは辛い。


 足立さんが数秒の間を置いて、意を決した様に発言する。



「実は、イケメン四天王のファン達が小競り合いを引き起こしているらしいんだよね」



「……」


 ほう、イケメン四天王とな。そのファン達が小競り合いを。

 それは嘸かし、ただ事では無いのだろう。足立さんがこうして仕事の合間を縫って来てくれているわけだし。

 ただ、ここで問題となってくるのは。


「イケメン四天王ってなんですか?」


「えっ!?前原君、イケメン四天王知らない!?」


「全く知らないです」


 その恥ずかしい称号が初耳な件である。

 いや、本当になんなのそれは。イケメン四天王(笑)だろそれ。真面目な表情でいきなり変な単語出さないでほしい。困惑してしまう。


「何かの作品……アニメとか、ゲームとかですか?」


「違うよ!実際に存在する超〜イケメンたちだって!イケシテだよ!?イケシテ!」


「ぶふっ」


 いや、イケメン四天王をイケシテって略さないで。思わずちょっと吹いただろ。

 誰ですか、そいつらは。そんな変な称号恥ずかしげも無く引っ提げてる奴らがこの世界にはいるのか。男性アイドルのグループ名か何かだろうか。それにしてもセンスが残念すぎると言わざるを得ないけど。


「本当に……ぶふっ。知らないので、教えて貰っても……ぷっ……いいですか?」


「え、う、うん」


 ヤバい面白すぎて笑てまう。


「こほん」


 足立さんが咳払いをひとつ。今から話すからちゃんと聞いてくださいって事かな。

 居住まいを正して、傾聴する姿勢になる。


「イケメン四天王って言うのはね、この国の高校生で最もイケメンな上位4人のことを言うんだよ。誰かが言い出したわけじゃなくて、その4人が余りにも圧倒的すぎて自然とそういう風潮が出来てたの」


「なるほど」


 そんなイケメンがまだこの国に眠っていたのか。

 基本的に今世の男はあまり容姿が整っていない場合が多いし、何より俺自身の外見が最強だと自負しているため、確かにそういったコンテンツに興味は示してこなかった。

 どれだけ持て囃されている男を見た所で、どうせ俺の方が美少年なんでしょ?って感じになるからだ。


「まず、まるで貴族のような上品な振る舞いとその圧倒的なオーラで国中の女の子を瞬時に虜にしたと言われる、有栖川涼ありすがわりょう君。ファンクラブ会員数は約850万人」


「850……」


 え、ちょっとまって、850万?多すぎない?

 国の人口が1億と仮定したら、10分の1に若干届かないくらいか。街ゆく人の10人に1人がその有栖川のファンクラブに入ってるかと思うとその凄さが分かる。バケモンだろ。イケメン四天王(笑)と馬鹿にしてたけど、もしかしたら馬鹿なのは俺の方だったかもしれない。


「次に、女性と紛うほどの華奢な体格にキュートな顔。国中の女の子がおねショタに目覚めたと言われる、結城雪ゆうきゆき君。ファンクラブ会員数は、780万人」


「……」


 こいつも多い。いよいよ嘲笑出来なくなってきたかもしれない。

 そういえば俺にもファンクラブがあった。最近確認してないけど、今何人くらいいるんだろうか。4ヶ月ほど前に見た時は80万人くらいだった気がする。イケメン四天王に較べて随分と少ないな。

 なんだか、負けた気分でむかつく。


「そして、クールで何事にも興味を示さない、超冷酷王子様。国中の女の子が罵られたいと心からお願いしたと言われる、大和雅やまとみやび君。ファンクラブ会員数は825万人」


 その国中の女の子が〜っていうの毎回何ですか?いらないよその情報は。

 冷酷王子様か。何か、いかにもって感じだな。


 次の人で最後か。

 滑稽だと小馬鹿にしていたイケシテだが、少しだけ興味が出てきた。乙女ゲームの世界ならありそうな設定だけど、現実世界だからなここは。

 この世界に来てからずっと美少女ばっかり追っ掛けてきたから、ここにきて男性の話題は新鮮味があって楽しい。


「そして、最後が……」


「……?」


 一旦そこで区切り足立さんが俺の顔をチラリと見やる。

 なんだろう、そこはかとなく嫌な予感が。



「新顔にして、期待の星。超新星とはまさに彼のこと。超正統派イケメンとして人気バク上げ真っ最中!国中の女の子がガチ恋したと言われる……



 君、前原仁君。



 ファンクラブ会員数は430万人」



 

 ……は?



「……は?」


 なんてことはない、俺は知らぬ間にこの国のイケメン四天王の一人に数えられていたらしい。

 



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