第79話 オープンキャンパス2
また、戻って来られた。
憧れの人が在籍する、親友と目指す学び舎。そこは偏差値も高くて、更に今年の受験は倍率も跳ね上がる事が予測され、難易度は桁違いになると言われている。
でも、またここに立てた。
蒸し暑くて、粘っこく温い空気が頬を撫でる。ただ突っ立っているだけで汗が滲み出る不快感も、日差しの強さで肌が悪くなる不安も、今は気にしない。
今はただ、あの人の姿、声、雰囲気を想い出して。
恋焦がれている人。私の将来のお……お、夫になる人……。
親友とはその意味でライバルになるかも。でも私としては親友も一緒にあの人のお嫁さんになれたら、なんて我儘な願望を抱く。でも、それも案外すんなり叶ってしまうんじゃないかと期待している私は調子に乗っているのだろう。
将来の事は分からない。
今はただ、想って。
私はまた戻ってきましたよ。
あなたにどうしようもなく焦がれて。お慕いしております。
「……前原、先輩」
胸が『キュゥ』と締め付けられた。
それは焦がれたすぎた苦しさ故か、私の想いが大き過ぎた弊害か。
* * *
「やってきました春蘭高校!私達をもてなしてくれるのはこの雄大な並木道!青々とした木々の葉の葉越しに吹く風は何と清々しいことか!さらに……」
「蜜柑うるさい」
熱弁も熱弁。この身体の毛穴という毛穴から溢れ出る喜びをどう表していいものか。放っておくと地面を転げ回る勢いだったので、発散しようと言葉にしていたんだけど。
幼馴染の
氷点下の冷たい目でわたしを一瞥すると、日本人形のような所謂姫カットの黒く長い髪をフワリと揺らしながらさっさと歩き出してしまう。
「あ、ちょ、ちょっと!まって〜!」
私
凪の足取りは普段よりも早いものだった。この子もやっぱり楽しみにしてるんだ。そうだよね。そりゃそうだよ。
だって、だって今日は。
息を大きく吸い込む。肺の隅々まで行き渡らせ、勢いよく射出する。
「春蘭高校の!オープンキャンパスだも〜ん!」
「……恥ずかしいから黙ってもらっていいかしら?」
腹が立つくらい晴れ渡る青空に響き渡れ。
前原先輩の元まで。
中学3年生の夏休み。この間の学校説明会で確固たる決意を固めた私達は、志望校である春蘭高等学校のオープンキャンパスへと来ていた。
私の将来のお……夫である、前原先輩も参加するとの噂を耳にしている。眉唾ものなので真実かどうかは定かではないけど。けっこう期待してしまっているは確か。
そう、夫ね。だってプロポーズしてOK貰ったもん。ホントだもん。凪は未だに私が抜け駆けした事を根に持ってるみたい。ごめんて。
はー、楽しみ。生で前原先輩を……。くふふ。
「れっつらごー!」
* * *
『次に我が校の卒業生の進路について〜……』
綺麗な女の人が舞台上でスクリーンを使いながら色々と情報を教えてくれている。スーツに身を包み、こう、できる女!って感じでとてもカッコイイ。
オープンキャンパスのスケジュールの内の最初の項目である学校説明会が開始されて1時間半が経過していた。前回の学校説明会でも聞いた内容が殆どだし、あまり集中してはいない。
……というか集中できない。
私は手元の資料に落としていた視線を上げ、周りを見渡す。
「……」
人、人、人、人、人、人、人、人、人。
体育館は満員電車の如くすし詰め状態であった。今でこそ空調が行き届いてきてマシにはなったけど、開始当初なんて人の密度が高すぎて熱気が尋常じゃなかった。
「(凪、いくら何でも人多すぎない?)」
すぐ隣で資料に目を通している幼馴染に話し掛ける。ちなみにこの子との距離はほぼ0で身体は当然の如く密着している。その為凪の横乳が腕に押し当たるんだけど……意外と良い物を持っているようだ。悔しい。
「(……応募の数が多かったみたいだし仕方ないわね。当選者を少なくしていればもしかしたら私達は落ちていたかもしれないし文句は言えないわ)」
……む、確かに。そう言われるとぐうの音も出ない。仕方の無いことなのかも。
『以上で、学校についての説明を終わりにしたいと思います』
綺麗な女の人が一礼する。
どうやら学校説明会はこれで終了みたいだ。
えっと次は……。
スケジュール表を開き確認する。
模擬授業体験かな。部活動見学では、入部を希望している弓道部に行きたかったんだけど、弓道部は今日はお休みらしい。前原先輩のカッコイイ姿を拝めると思ってたんだけど少し……いやかなり残念だ。
資料によると、模擬授業と部活動見学は同時に行われるらしく、好きな方でいいとの事だ。弓道部がないなら私は部活動見学はパス。模擬授業体験の方に行こうかな。
そんな事を考えながら資料を見ていると。
『ザワッ……』
「……ん?」
体育館に詰められた人々が一斉に一瞬だけ沸いたのが分かった。それはほんの少しだけ地面が揺れる程大きなもの。だけどそれは刹那のもの。
……。
私は、この大衆の反応を知っている。
水面下で色めき立つような違和感。皆が皆必死に抑え込んでいる興奮。隠し切れない歓喜。
まさか。
まさかまさかまさか。
乾いた喉へ水分を送り込むように『ゴクリ』と誰かの喉が鳴った。それは隣の幼馴染の音か、それとも自分かもしれない。
期待に胸を膨らませ、ゆっくり、ゆっくりと顔を上げる。
舞台上に立つのは想像通り……いや、想像以上にカッコイイ、未来のお……夫だった。
『こんにちは、1年生の前原仁です。猛暑の中足を運んで下さりありがとうございます。皆様がこの学校に通いたい、とそう思えるようなオープンキャンパスになることを祈っております。そして、微力ながらその助力をさせて頂きたいと思っております。では早速ですがこのあとの予定について説明させて頂きます』
……。
……か。
かっこいいいいぃいいいいッ!!!
無茶苦茶カッコイイ!
上流貴族みたいな一連の動作も、慈しむような愛しさMAXの笑顔も、あの人の一挙手一投足が私を虜にする。天使っていうか大天使?いや私達女を極楽に堕とすという意味で堕天使なのかもしれない。
なんかもう尊い。
尊すぎてしんどい。息切れする。
『模擬授業体験はいくつかの授業を同時に行いますので、どれかひとつ興味があるものに参加して頂ければと思います。その後の施設見学については〜……』
はぁ……あの人が未来の……。くふふ。
模擬授業体験なんて受けなくていいから前原先輩とお喋りしたいなぁ。聞いてみたいことが山ほどある。
『施設案内は春蘭高校の生徒会と私が分担しますので、自由に校内を回って頂ければと思います』
何歳くらいで結婚しようかな?
前原先輩も経済的に安定してからの方がいいだろうし、後10年後とか?あー待ち遠しい。子供の名前はどうしようかな。あの前原先輩の子供だから嘸かし美形なんだろうなぁ。男の子が産まれてくれるなんてことないかな。
『では以上で説明を終わらせて頂きます。皆様が楽しめるよう願っております。では失礼致します』
そうだなー名前は……って。
「え!?」
ちょ、ちょっと!
変な妄想してる間に前原先輩が!
あぁ!舞台から!あぁ!
前原先輩はにこやかに群衆に手を振りながら舞台の脇へと消えていった。それはさながら民衆にサービスをする一国の王子のようだった。
「あぁあ………」
私は膝から崩れ落ちた。なんと滑稽な、なんと愚かな。前原先輩との妄想なんていつでも出来るのにも関わらず、何故このタイミングで耽ってしまったのか。私は……。
「大うつけだ……」
「……何やってるのかしら?早く模擬授業行くわよ、蜜柑」
「凪!なんでそんなに冷静なの!前原先輩ともうしばらく会えないかもしれないんだよ!」
「……話聞いてた?前原先輩は、模擬授業はいくつかの授業に参加するみたいだし、施設案内係も担当してるって言ってたじゃない」
……なんと!?
妄想に没頭しすぎて前原先輩の話を聞き逃していた。これは一生の不覚。妻だからといって慢心するな蜜柑。初心を忘れずあの頃の真っ直ぐで真摯な心を取り戻せ。1番は前原先輩の気持ちだ。
よし。
「……うん、そうだったね。じゃ行こっか」
「……?えぇ、行きましょ」
願わくば前原先輩が参加する授業でありますように。
私達は人でごった返す体育館を抜け、模擬授業が行われる校舎へと向かった。
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