第60話 結果とこれから
「じゃあ時間だから始めて〜」
腕時計と教室の壁掛け時計を見比べながら、スーツに身を包んだ古文の教科担当が開始の合図を口にする。
一斉に生徒たちが机に裏返しに置かれたテスト用紙をめくり、筆を走らせる。
前世と何も変わらない、変わる必要が無い定期テストの様式美。
今の俺の席の位置は、窓際。カンニングを疑われてしまう可能性があるため普段は目線を上げることはないが、今回は開始の合図に反応を示すことなく外の校庭を眺め続ける。
「……」
古文なんて、ただの古いだけの日本語だ。単語や文法など必要な知識を覚えさえすれば、何も難しくない。数学や物理などの理系科目と違い頭を悩ませる必要がない暗記科目は、のんびり回答していけばいい。
どうせ、今回もテストの成績は学年1位なのだ。勉学は、努力すればするだけ結果がついてくるから良い。
「……はあ」
どうしても、溜息をついてしまう。溜息は幸せを逃がすと言われているが、どうにかして悪いものの除去に転換できないだろうか。
窓越しに見える校庭の端では、教頭先生が成長しすぎた雑草を毟っている。
窓のすぐ裏側には、いつ張られたかも分からないボロボロの蜘蛛の巣が垂れ下がっている。
窓と反対の教室へ目を向ければ、一心不乱にテストに耽る生徒たち……ではなく、俺をチラチラと視界に収めようとする数人の生徒たちがいる。
「……」
今日は定期テスト週の初日である月曜日だ。ただ、俺が思い返すのは、先週末に行われた部活の大会である。3年生の先輩たちの引退がかかった大切な大会だった。
しかし、俺たちは優勝を逃した。
その結果、右京先輩をはじめとする先輩たちは先週を最後に引退となり、もう部活動に参加することはなくなった。
誰が悪いわけではない。
誰かを責めたって仕方がない。
右京先輩とすみれ先輩の涙が印象的だった。可愛い女の子が泣いている姿は、胸が痛む。本当に、情けない限りだ。
とにかく、今大会で俺たちは世代交代となる。次期部長は片岡すみれ先輩になるだろう。
勉学は努力を重ねれば重ねるほど知識が蓄えられていくが、その通りに運ばない事象など世の中には腐るほどある。だから、思い通りに行かなかったからといって一概にその原因を努力不足に擦り付けるのも少し違う。
ただ、あとほんのちょっと頑張れていれば、と考えてしまうのは、逃れられない後悔の仕方なのだろう。
「……ふう」
そろそろテストに手を付けなければならない。大会の結果は芳しいものではなかった。しかし、やるべきことは時間の流れに身を任せて容赦なく俺を襲う。同窓会もある。ソフィにお願いしたいこともある。
あの時頑張れていれば、と後悔しないためには、こういった後腐れを削り、次の指針への準備の時間に充てるのだ。
切り替えは、早ければ早いほどいいのだから。
* * *
三科目のテストを終えた俺は、午後の早い時間に教室を出て帰路に着く。
テスト自体の出来栄えは、前回の中間テスト同様全問問題なく回答できた。ケアレスミスを考慮したとしても95点以上はかたいだろう。まあ一年生一学期のテストの難易度などたかが知れているので、二学期からが本番だと考え油断せずにいきたい。
莉央ちゃんと美沙は学校に居残って勉強するとのことだったので、今日は一人で帰る。
「ん、ご主人様今日もお疲れ様」
いや、一人ではないな。校門に差し掛かった時、黒スーツを着こなした銀髪の小柄な少女が歩み寄ってきた。
「ありがとうソフィ。帰ろっか」
「ん」
親に迎えに来てもらった子供のような心情になり気恥しいが、ここは忍んでおく。こういった状況なんてこれからいくらでも増える。今のうちに慣れておかないとな。
二人で並び歩いていると、近くの小学校生徒らしき集団が遠目に見て取れた。
そうか、テスト週間の帰宅時間は、ちょうどあの子達と被るくらいなんだな。幼気な彼女達もあと数年すれば、変態に成ってしまうのだろうか。なんとも……むごいことだ。
「……ん、もうあまり落ち込んではいないみたい」
幼女の将来を案じていると、ソフィが俺を真横から見上げながら呟いた。
そういえば、大会が終わり気持ちが沈んでいた俺を最も近くで支えてくれていたのは彼女だった。心配をかけてしまっていたのだろう。
「もう元気だよ、ありがとね」
「ん」
ダメだな、落ち込んでいては。
この世界に飛ばされてから飛ぶ鳥を落とす勢いで快進撃を続け、何処か万能感を抱いていたのだ。だから、思い描く理想の軌跡を辿れなかった時に酷く動揺し落胆してしまう。それは、心のどこかで二度目の人生をボーナスステージか何かだと勘違いしているからだ。
今の人生は夢でもゲームでもなく、ただのおかしな現実なのだ。挫折なんてこれからも数え切れないほどあるだろう。
ここらで、意識改革をしなければならない。これからも落ち込むだろうし、気分は沈むだろう。しかし、それは決して良しとしない。
この焼けるような日照りも、踏み締める砂利も、安堵している隣の少女も、全部現実なのだから。
「ふぅ」
よし、もう大丈夫。
ハーレムを作るという俺の尊大な夢は、まだ道半ばだ。序章も序章である。
やるべきことなどいくらでもある。さしあたって着手すべき問題を洗い出そう。
「ソフィ、頼んでおいた
「……ん、ご主人様の理想通りは厳しいけど、限りなくそれに近い形で実現してみせる」
「わかった、お願いね」
「まかされた」
これは、順調に進んでいると。ソフィのことだから、近々具体的な話を持ってきてくれるだろう。
とするならば、直近で解決しなければ問題はやはり。そのためにしなければいけないこと、できることは何か。
「……ソフィ」
「……ん、なに?」
「今週末外出するよ、ソフィも付いてきてね」
「了解した。ちなみにどこ?」
勇ましく銀髪を揺らした美少女が立ち止まって問うてくる。SBMとして事前に目的地までのシュミレーション等、準備が必要なのだろう。その周到さには頭が上がらない。
「僕の出身中学校……かな」
「……ん、どうして?」
どうして、か。
答えるべきは単純明快。ただ、期待値はこの上なく低い。寧ろゼロと言ってもいい。でも、これはやるべきことで今できることだ。ならば、妥協はできない。
「そうだなー、無くなった記憶を取り戻しに行く……みたいな?」
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