第59話 変化の朝
生温い夏風が俺の髪を揺らす。
朝方独特の澄んだ空気を頬に感じながら登校生達で賑やかな並木道を進む。すっかり見慣れてしまった、いつもの変わらない風景だ。
「前原きゅん、おはよう!」「お、おはおはっ!おはようござい、ますぅ!」「仁くん今日もかわゆす」「朝からもう我慢できない」「結婚してくださ……ぐはぁっ!?」
春蘭高校のみんなも通常運転。よくも、こう飽きずに毎日下卑た目をできるものだと感心してしまう。性欲か?性欲が彼女達を突き動かしているのか?
あと最後の人、隣のお友達にフルスイングで殴られてたけど大丈夫そう?白目剥いて地面に伏してるけど。
「みんな、おはよう」
今日は部活の朝練への参加はパスした。
そのため比較的多くの生徒達と登校時間が被っている。来週には定期テストが待ち構えているというタイミングでもあり、早くに登校して教室でテスト勉強を行う生徒もいるらしいけど。
そういえば前世の知り合いで、受験期間中は始発の電車で学校に1番乗りして勉強してる奴がいた。あいつ元気にしてるかな。
「きゃぁあ!仁君仁君!本物!!」「……すっごい。なんかもうすっごい」「ベロッベロに舐め回したい」「皮膚の……皮膚の欠片、それか皮脂辺りの、あなたの肉をください」
校門を通過する時、春蘭ではない制服を着た女の子達が俺に群がってきた。この子達は、所謂俺のファンというやつだ。入り待ち、出待ちは日常茶飯事。
此処までは毎日経験している通りだ。
しかし。
「……ん、それ以上はご主人様の許可なく近付かないように」
今日からは、俺の隣に頼もしい警護がいるのだ。
彼女はソフィア・マルティス。俺の身辺を守ってくれる、男性特別侍衛官、通称SBMだ。登下校中が主に侍衛適用時間。本来ならば24時間警護して貰うべきなんだろうが、そこは俺が無理を言って時間に制約を掛けてもらった。束縛は性に合わないからね。
「えーっ!!何でですか!っていうかあなた仁君の何なんです!?」
一人の女の子が、自分と俺との間に立ち塞がるソフィに納得がいかない様子で文句を垂れた。他のファンの子達も口は開かないものの、似たような心境であることは表情からうかがえる。
それに対してソフィは、
「私はご主人様と将来を誓い合った仲。その証拠として、現在同棲している。あなたが割り入る隙間はない」
出鱈目を澄ました顔で言い切った。
しかし同棲というのもあながち嘘ではないところが、ソフィのやらしいところだ。嘘と真実を絡め合わせ、俺に全否定し辛くしている。普段はボーッとしてるのに、なんでこういう時は頭が回転するんだろうねこの子は。
「いやぁあああ!!嘘!絶対嘘だぁ!!」「許嫁ってこと?……やだよぉ。じんくぅん…」「あばばばばばば」「皮脂だけでもどうか」
「ふふん。分かったら早急に去るといい」
広がる阿鼻叫喚の図を前に、ソフィは勝ち誇っているみたいだ。どうしてすぐにマウントを取りたがるんだろうか。全くこの子は、世話が焼ける。
「はいはい。嘘つかないつかない。うちのソフィがすみません。別に将来を誓い合った仲じゃないので安心して下さい」
俺は一歩前へ踏み出し、ソフィに並び立つ。そして、女の子達に笑顔で言い切ってあげた。別にソフィとはまだ結婚する約束をしたわけではないのだ。いずれそうなる可能性は決して否定したくはないのだけど。
「……むう」
当の本人は御機嫌斜めなようだが、今は許してほしい。前原仁には既に婚約者がいるため手は出せない、なんて噂が広がってしまえば、ハーレムが遠くなってしまう。男の最低な夢をどうか継続させてください。
「ほ、本当ですか!?……良かった」「まだチャンスがあるってことね……!」「あばばばばばば」「……皮脂」
女の子達は、一様に胸を撫で下ろす。どうにか誤解が解けたようで何よりだ。俺のハーレム物語はまだまだ終わらないぞ!
というか、さっきから白目剥いてる子は大丈夫かな?死んじゃわない?あとずっと俺の皮脂を欲しがってる子はどういう性癖なの?流石にちょっと怖い。
白目ガールの容態と皮脂ガールの動向が心配ではあるが、取り敢えず場を納めることには成功したみたいだ。今の俺はそこそこの知名度がある。こういう些細な誤解も丁寧に解消していったほうがいい。思わぬスキャンダルに発展するかもしれないからね。
「じゃ、じゃあその、握手とかいいですか?」「わ、私も!」「あばばばば……ワイも」「……!皮脂採取チャンス」
ひと段落したところで、またいつものパターンに戻ったみたいだ。毎日のように、俺はこの校門で女の子達に握手を求められているのだ。普段は深く考えずに応じていたのだが、今日からはワンステップ挟む必要がある。
「大丈夫ですよ。ソフィもいい?」
「少し待って欲しい。……ん、大丈夫」
ソフィに許可を促すと、彼女は数秒間女の子達の体のあらゆる部位に目を走らせた後、許可してくれた。
これは何をしていたのかというと、女の子達が凶器を懐や腰、太ももなどに隠し持っていないか確認していたのだ。服の僅かな膨らみや、肩の上がり具合、体勢などからおおよそ判断出来るらしい。
ソフィ曰く、近づいて来る人物に対しては最初に全員漏れなく行っているとのことだったので、今の確認は2度目で、念には念を入れてくれたのだと思う。
「ありがとう。じゃあ、はい、どうぞ」
ソフィに一言礼を言ってから、女の子達に手を差し出す。
「ありがとうございますッ!!やったっ」「肌キレー……ありがとうございます」「自分、この指チュパチュパしていいですか?」「皮脂ゲット。朝ごはん」
手を握りながら、ある者は飛び跳ね、ある者は惚け、そしてある者は自らの願望を口にし、ある者は狂気じみた妄言を吐く。
なんだか今日のファンの子達は色んな意味でレベルが高いようだ。俺が未だ知らない深淵を披露してくれる彼女たちには頭が上がらない。いつか正常に戻りますように。
俺が女の子達の対応をしている間も、ソフィはずっと彼女達の一挙手一投足に注目し、警戒してくれているみたいだ。
流石プロフェッショナル。頼りにさせてもらおう。
* * *
「一生この手は洗わないでおきます!」「ありがとうございました〜」「はぁ……はぁ……れろぉ」「じゅぼぼぼ」
その後、女の子達は再度お礼を言ってから自らが通う学校へと向かっていった。
自分の手の、俺の手が触れた部分を必死に舐めていた女の子や、小汚い音を鳴らしながら指を吸っていた女の子たちの将来が本当に心配だ。俺が彼女たちを狂わせてしまったのだろうか。そんな罪悪を抱えたくないから、どうか元からド変態であってほしい。
さて、気を取り直しまして。
「僕はこれから学校だけど、ソフィはどうするの?」
「……ん、有事の際にご主人様から距離があるのは望ましくない。よって、この近くの男性侍衛特務機関支部にお世話になろうと思う。何かあればすぐに呼んで欲しい」
「そっか。わざわざありがとね」
「それが仕事。それに、好きでしていること。問題ない」
「はは、ありがと。じゃあまた学校終わったらね」
「……ん」
こうしてソフィと別れた俺は、1人で学校へと足を踏み入れた。
今週末は部活の大会、来週は定期テスト。学業も部活動も気合い入れないとね。
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