第52話 莉央ちゃん宅へGO 前編
「……んー」
窓から差し込む朝日を顔に浴びたことで睡眠から意識が半浮上する。個人的にはあまり好きな感覚ではない。自分のタイミングで起床したい。
「ふぁあ」
欠伸をしながら時計を確認すると、まだ起きるには少しだけ早い時間だ。
このまま二度寝と洒落込みたい所だけど、今日は用事がある。寝過ごしては少々まずいのでここは心を鬼にして体を起こそう。
未だ微睡みの中にいるような感覚のぼんやりとした頭でそう思考した俺は、鈍重な動作で起き上がる。
「……ねむ」
本日は3連休の2日目の土曜日だ。
ちなみに昨日の金曜日は祝日で、春蘭高校にて学校説明会があった。一般生徒の俺は本来なら昨日も休みのはずだったのだが、桐生先輩直々のお願いで生徒会に混ざって色々と仕事を務めさせて貰った。
休日が潰れた形になったが、結果的には俺は満足している。たくさんのファンの人達の顔や反応を見れたし、みんな可愛かったしね。特にあの2人、蜜柑ちゃんと凪ちゃんがとても良い子だった。蜜柑ちゃんなんて別れ際に急にプロポーズしてくるものだから少し驚いた。でも『お嫁さんにして下さい』なんて可愛らしいお願いされたら断れないよね。来年あの子達が入学してくるのが楽しみだ。ぜひ頑張ってほしい。
微笑ましい記憶を思い起こした俺は、ベッドを後にする。
「眠気覚ましも兼ねて朝風呂でも入るか」
朝風呂は、この世界に来てからの日課となっている。毎日身なりを最大限整えてから女の子に会いたいというささやかな望みである。
* * *
「この時期の風呂の後は汗かいちゃうな……」
朝風呂を終えた俺は、バスタオルで髪を拭きながら自室へと帰ってきた。髪が長めだから乾かすのも時間かかるんだよね。
ベッドに無造作に置かれたスマホを見てみると、画面が何かの通知で光っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
莉央:いつでも大丈夫です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ん」
どうやら莉央ちゃんからの連絡だったようだ。
何を隠そう俺が今日抱えている用事とは、彼女とのお家デートである。
以前、美沙と莉央ちゃんと3人で下校していた時、つい美沙と話し込んでしまったことがある。その時に莉央ちゃんが拗ねてしまい、なんとか機嫌を直して頂こうと提案したのが今回のお家デートというわけだ。
むこうとしては俺の家に来たがっていたようだが、残念ながら今日は家に家族全員揃っている。俺は莉央ちゃんの家に行きたかったため、莉央ちゃんの家で、というかたちで納得してもらった。
「じゃあ莉央ちゃんの家に遊びに行ってくるね〜」
鏡でいつもよりも入念に髪型を確認した俺はリビングで思い思いに寛ぐ家族にそう言う。莉央ちゃんとうちの家族は見知った顔であるため、大手を振って出かけることが可能だ。
「は〜い気をつけるんだよ」
「莉央ちゃんだからって気を許し過ぎたらダメだからね?女は獣!」
「行ってらっしゃいお兄ちゃん!」
上から母さん、姉さん、心愛の順だ。
知り合いであっても不安はあるのか姉さんだけは注意を促してくる。まあ男性は貴重な存在だ。こうして自由に出歩けるのは、この街の住人のモラルと、家族の信頼あってこそである。
外出できて当たり前、とは考えない方がいいだろう。
「わかったよ。じゃあ行ってきま〜す」
そう考えれば、姉の心配を過保護だと切り捨てるのは躊躇われる。ここはきちんと助言を聞いておこう。とは言え、俺も年頃の男であるため、自分も獣であることは否定できない。
「……あっつ」
これはもう夏だ。産毛がチリチリと炙られるような感覚。
外の空気へ体を触れさせた瞬間確信した。
家の中は冷房をふんだんに使用していたからとても快適だったが、流石に外はそうはいかないようだ。この一瞬で汗が滲み出る感覚がどうも苦手である。
「急ぐか」
高い気温の下、あまり長く居たくない俺はそう呟き少し歩くスピードを速める。かと言って早く歩きすぎても発汗が加速してしまうという矛盾を抱えているため、なんとももどかしい。
とにかく、向かうは莉央ちゃん家だ。
いつも通りならば、駅で待ち合わせをして合流してから家へと一緒に向かうといった形をとるのだが、今日に関しては事前に住所を教えて貰いそれに従って俺が1人で向かう手筈になっている。
特に重要な理由はないが、単に俺が、可愛い女の子の家へ訪ね、玄関から『いらっしゃい』と素敵な笑顔で迎えて欲しかっただけだ。この思想は恐らく世界で俺にしか理解出来ないに違いない。とても崇高なものなのだ。
スマホで地図を見ながら移動する。勿論歩きスマホではなく、時々立ち止まって画面を確認する形である。
全く便利な世の中になったものだと思う。この便利な機械一台あれば、迷うなんて事態には絶対陥らない。
その地図によると、俺の家から莉央ちゃんの家までは徒歩30分ほどの距離らしい。まあ決して近いとは言えないが、遠すぎるというわけではない。
早めに家を出たことだし、のんびり行こうか。
* * *
と、俺は楽観的に考えていたのだが、なんと俺が莉央ちゃん宅へと到着したのはそれから1時間経った時だった。予定時間の2倍を費やした計算になる。
不測の事態が起こる確率を見落としていた俺のミスである。
「えっ!?うっそ前原君!?」「カッコいい……」「仁様仁様仁様ぁ!」「生命の神秘」「大ファンです!抱いて下さい!」「2次元の世界から来たという噂は本当ですか?」「『葉月ちゃん愛してるよ』って10回耳元で囁いてくれませんか!?」「髪の毛一房下さい。頭皮でも可」
ちょうど駅前を通過しようとした時である。そそくさと駅を後にしようとしていた俺を、1人の女性が目ざとく発見し、それに連なる形で収拾がつかなくなってしまった。
1つだけ述べさせて貰うとすれば、有名人も大変だということ。彼らがこぞってマスクや帽子で顔を覆い隠す行為も、理解出来るというもの。
ただ変装はなあ。あまり俺の好みではないというか。折角この顔面を天から与えられたのに隠しちゃうのは勿体ないと思ってしまう。まあ今日のように人を待たせている状況だと、変装も視野に入れようかな。
結果的に予定時間の倍かかってしまったが、早めに家を出たおかげでほとんど定刻通りに着くことができた。
先程までのプチパニックを思い起こすのを止め、改めて莉央ちゃんの家を眺めてみる。
一般的な二階建ての一軒家だ。しかし何処か先鋭的なデザインも所々に散見され、全体的な印象としては小洒落ている。色合いも淡い水色が主であり、とても可愛らしい。主観を述べれば、莉央ちゃんにピッタリの家だと思う。
インターホンの呼び出しボタンを押す。
『はい』
それから間髪入れずに返事が返ってきた。
いや、いくらなんでも早すぎないか。恐らく室内インターホンの前で待機していたのだろう。その行動からして、声の主は莉央ちゃん本人だと思うが……。
『前原仁と申します。莉央ちゃんの……将来の旦那さん的な感じです』
まずはジャブのような自己紹介から。インターホン越しの声って知り合いであっても誰か判断出来ないくらい不鮮明だから、ご家族の方の可能性も考えてとりあえず名乗ってしまうよね。
あと莉央ちゃんとの関係性を言おうと思ったんだけど、友人というのもちょっと違うので、少しばかりの遊び心を取り入れさせていただきました。ありがとうございます。
『……。……は、はい。私は仁くんの将来の、お、お嫁さんです。今玄関の扉を開けるのでちょっと待って下さいね』
僅かな静寂の後、控えめにそんな返答が返ってきた。
「……」
自分で振っといてあれだけど、小恥ずかしい。
まさか、これが噂に名高い青春というやつなのだろうか。なんて甘酸っぱいんだ。前世の高校生はみんなこんな経験を積んでいたのか。
高校生とはかくも、素晴らしきかな。
「い、いらっしゃい仁くん」
時間を置かずに扉が開かれ、そこから顔を覗かせるのは、恥ずかしそうに頬を染めてはにかむ莉央ちゃん。
少し口元が緩んでいるのは、先程のやり取りが嬉しかったのだろうと、希望的観測で思っておきたい。
「こんにちは莉央ちゃん」
「は、はい……。どうぞ上がって下さい」
「お邪魔します」
お互いに気恥ずかしい雰囲気になりつつも言葉を交わし、敷地内へと足を踏み入れる。庭の中を通り抜けて玄関へ向かうような構造みたいだ。庭に植えられた木々も家のデザインと調和して、とても映えている。
では、ついに屋内へとお邪魔しますか。
* * *
「おぉ……」
意識せずについ声が出てしまった。
扉を抜けるとそこは開放感あふれる広々とした空間が広がっていた。この、木目の素材が全面的に押し出されるようなデザインは確かウッド調と言うんだったかな。どこか落ち着く雰囲気を漂わせている。
それに外観を見ただけでは分からなかったのだが、奥行きもあり中々広い敷地を持つ家のようだ。
もしかしたら莉央ちゃんの家庭はお金持ちなのかもしれない。そう考えてみれば、彼女の立ち居振る舞いがどことなく上品に見えてくる……気がする。
「今日ご家族は?」
「お母さんは仕事でいません」
「そうなんだ」
とすれば、この家には俺達2人しかいないというわけだ。うら若きこの少女だけ……煩悩が出てきそうだ。
若さ故の猛り狂いそうなこのリビドーをとう処理しようか。俺は実体は高校生ではあるものの、精神的には20歳近い。それでもぎりぎり犯罪にはならないわけだけど。倫理的にどうなんだろうか。
うーん。
まあ、たとえ暴走したとしてしまってもそれは思春期真っ盛りである高校生という時期が悪い。俺は決して悪くない。だから仕方ないのだ。仕方ないったら仕方ない。
莉央ちゃんが嫌がるようなことは絶対しないけどね。
「そういえば、着くのに結構時間かかったみたいですけど何かあったんです?」
俺用のスリッパを準備してくれている莉央ちゃんが尋ねてきた。
「ああ、実はファンの子達に捕まっちゃってさ。そのおかげで来るの遅れちゃった」
「……へぇ〜そうですか。仁くんは相変わらずモテますね」
とりあえず実際にあった事実を正直に話してみたんだけど、どうやら莉央ちゃんはお気に召さなかったみたいだ。表情を曇らせむすっとした彼女の姿からは、それが顕著に伝わってくる。
う、選択を誤ったか。
「ま、まあその話はいいじゃん。早く遊ぼう?」
ここは、秘技、話題逸らし。別名、臭い物には蓋をするともいう。
「あ、そうですね。仁くんのためにチーズケーキ作ったんです!一緒に食べましょう」
「本当に?嬉しい。チーズケーキ好きなんだよね僕」
よし、なんかわからんけど成功したようだ。今日はせっかく久しぶりの2人っきりで居られる日なのだ。わざわざ莉央ちゃんが嫌がる話題を出す必要もないだろう。
それくらいの気遣いはできる男でありたい。……もう遅いかもしれないけど。
「じゃあリビングに行きましょう!こっちです!」
「はーい」
軽やかな足取りで歩き出す莉央ちゃん。彼女も、きっと今日を楽しみにしていてくれたのだろう。
こんな可愛い子とお家デートなんて素敵シチュエーション、そうそう訪れないぞ。今日は楽しみ尽くそう。
「早く早く!」とこちらを急かす女の子を初々しく思いつつ、俺は彼女に着いて行った。
* * *
その後莉央ちゃんお手製の美味しいチーズケーキを頂いた俺たちは片っ端から遊んだ。
1番印象に残っているのは、2人で本気で対戦した格闘ゲームだ。莉央ちゃんの家にある格闘ゲームは残念ながら前世で見た事がなく(水着の男キャラしかいなかった)初見プレイとなってしまったのだが、其処はオタクのプレイスキルで抜かりなくすぐにコツを掴んだ。
さらにどうやら莉央ちゃん本人もこの世界ではオタクにカテゴライズされているらしくかなりの腕前ではあったが、なんとか競り勝つことができた。本人はかなり悔しがっていたようだけど。
他には、一緒に恋愛映画を見たり(出てくる男性の顔は微妙だった)莉央ちゃんの中学校の卒業アルバムを見たりした。やはりと言うか、特筆すべきような男子生徒は見つからなかった。そのことは、この世界の男の顔面レベルは、前世に比べて低いという俺の持論をさらに固めた。
「あークーラー快適〜」
そんなこんなで一通り遊び尽くした俺たちは現在莉央ちゃんの部屋で寛ぎながら雑談に興じている。
この家に遊びに来た当初は思春期特有の欲望を抑えきれるか不安ではあったのだが、どうやら問題ないようだ。この体はこの世界のモノなので、性欲が溜まるような作りではないのかもしれない。残念なような、そうでないような。……いや残念だろ。この体の意気地無し!
「仁くんは今かなりの有名人ですよね?」
俺が下半身を呪っていると、ベッドにうつ伏せに寝転ぶ莉央ちゃんが少しジト目で俺を見てきた。
「そうだねー。ファンクラブの会員も3万人超えたみたいだしね」
昨日ファンクラブの公式サイトを確認してみたら、飛ぶ鳥を落とす勢いで増加していた。最初はファンのお遊びかと微笑ましく眺めていたのだが、ここまでの規模になってくると流石に運営がどのような組織なのか気になる。個人運営ではないと思うんだけど……。
そういえば前世の某超有名アイドルグループのファンクラブ会員数は確か200万人を超えてたんだっけな。それに比べたら俺はまだまだだな、という感想を抱いてしまう。上には上がいる、というやつだ。
「今日もそうだったみたいですけど、ファンの女の子達に囲まれることがあるんですよね?それについては実際どう思ってるんです?」
「どうって、何が?」
「だから……その、嬉しいとか、困ってるとかそう言う事です」
なるほど。俺が出かける度に女の子達に行く手を阻まれるが実の所どう思っているのか、か。
うーん、そうだな。改めて言語化するのは気恥しいけど。
「そりゃ毎回毎回囲まれるわけだから困ってないとは言わないけど、まあ嬉しいかな。可愛い女の子達が僕の顔を見た瞬間笑顔を見せてくれるのが、心地良くて、楽しい」
これは掛け値なしの本音。時々覗かせる下心は勿論あるし、毎回毎回大歓迎モードというわけでもないけど。楽しい、というのが主たる感情なんだと思う。
「……仁くんはほんとに変わった男の子です。普通の男の子なら女の子に囲まれたら泣いちゃってますよ?」
泣く、まで行ってしまうのか。美少女達に囲まれたら世の男性達は漏れなくとても良い笑顔になると思うんだけど。
いや、だがここは男女比が偏った世界。冷静に男女を、そして貞操観念を逆転して考えてみよう。
女性が圧倒的に少ない世界で女に飢えた野獣のような男達に周囲を取り囲まれる。うん、泣くわ。号泣だわ。あまりにも怖すぎる。
「あはは……」
「まあいいですけど、襲われないように気を付けて下さいね?」
「任せて!」
「心配です」
2人でのんびりと過ごすのも悪くないな。可愛い子の部屋で2人きりなんて失われた青春を取り戻しているようだ。オタクの古傷が痛む。
「……」
こうしてゆったり時間の流れに身を任せていると、ついつい思考に耽ってしまう。体を動かさない分、脳へリソースを割けるのだろう。
今思い出したけど、そういえばそろそろ男性特別侍衛官、SBMが赴任してくる時期だ。四六時中侍衛してもらうわけではなく、主に学校への行き来を担当してもらう予定である。堅苦しいのは、息が詰まるからね。
折角なら可愛い子、若しくは美人だといいけど。
まあ、噂では美形揃いだと聞いているのでかなり期待はしている。
ひとつ屋根の下に家族以外の女性が住まうというのはどうにも慣れないけど、よく考えてみればこの世界にやってきた当初3人の知らない女性と一緒に住み始めたんだった。
ただ、家族の一員だった俺とは違い、侍衛官は他人も他人。上手く馴染んでくれればいいけど……。
俺は、杞憂に終わればいいそんなことを考えながらなんとなしに莉央ちゃんの部屋を見渡す。
「……ん?」
すると、少し開いている押入れの扉と、その少しの間からはみ出ている一冊の本が目に留まった。
部屋は全体的にかなり丁寧に整理整頓されており、莉央ちゃんの性格からしても珍しいことだ。
「よっと」
俺は床に腰を下ろした状態から四つん這いで押入れへと向かう。
「……ッ。じ、仁くん?どうしたんです?」
すると、何故か少し早口になり声が上ずる莉央ちゃん。
「なんか押入れから本が出てるからさ。僕が中に戻しておこうと思って」
「いえ大丈夫です!置きになさらず!私が片付けておくので!」
「え?あ、そう?」
莉央ちゃんのあまりの剣幕にたじろいでしまう。
まあよく考えてみれば人の家の押し入れに不用意に近づくなど、厳しい人からすればマナー違反と捉えられてもおかしくない行為だ。ほら、たまにいるじゃん、勝手に友達の家の冷蔵庫の扉を開け放つやつ。ああはなりたくないよね。
反省した俺は大人しく身を引こうとする。
その時、ぽてっと間抜けな音を響かせながら、一冊の本が押し入れの隙間からフローリングの床へと落下した。
俺は触れていなかったはずだけど、どうやら本の側が自然と重力に耐えかねてしまったらしい。
「莉央ちゃん、本落ちたよ」
言いながら、俺はその本を手に取った。
手に取ってしまった。
「あっ!!ダメです!ちょっと待って下さい!!」
「えっ?」
俺が表紙を見ると同時に莉央ちゃんが叫んだ。思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、それは彼女の叫び声に対してではなく本の表紙に対してだ。
その本の表紙には、
『男だらけの楽園へようこそ!ヌプヌプ大運動会!!〜弾ける男のマグナム〜』
という題名と、数人のイケメン男性キャラに絡みつかれるように囲まれている1人の女の子が描かれていた。何故か男性陣はヌルヌルした液体を身体中に纏っており、これは一体何の運動会だとツッコミを入れたい。あと意味わからん副題やめろ。
まあ、早い話エロ本だな。それに結構業が深そうなジャンルだ。
「……」
「……」
先程までの平和な空気は見事に一掃され、気まずい沈黙が流れる。
立場を冷静に分析すると、莉央ちゃんは前世の世界でいう男子高校生。しかも異性の数が極端に少ない。エロ本なんてあって然るべきだろう。むしろない方が正気を疑うね。
だから、俺は寛容でありたい。
「こ、これ戻しとくね」
よし、これがいいだろう。見て見ぬ振りというのは先人の偉大な言葉だ。エロ本があったからといって特に何も言う事はあるまい。理解がある男だよ、俺は。
本を定位置に返すべく、俺は押し入れを少しだけ押し開ける。
「「あ……」」
その瞬間隙間から覗かせた光景は、山のように積み上げられたエロ本、エロ雑誌、AV。その数は数えるのも億劫になる程だ。
思わず目が丸くなってしまった。
なんということだ。俺としたことが、1冊のエロ本に動揺して油断してしまった。ますます被害を拡大させてしまうとは。
今の今まで忘れていたのだが、そもそも莉央ちゃんと俺の出会いは彼女が俺に痴姦してきた時なのだ。そう、何を隠そう、莉央ちゃんは変態なのである。その言葉遣いや丁寧な所作など、普段あまり表に出さないからその事実をすっかり失念していた。
俺は無言で押入れの扉をきちんと閉める。ここでも発揮される、臭いものには蓋をする精神。大切だと思います。
「あ、あはは」
自分でも分かるくらいに引きつった愛想笑いを浮かべながら振り返り、莉央ちゃんの顔を確認する。
「……」
彼女は、顔をトマトのように真っ赤にさせ、震えながら俯いていた。目には大粒の涙が溜まっており今にも泣き出しそうである。
……やってしまった。俺には、莉央ちゃんの性癖を暴き、辱しめを受けさせる気など微塵もなかったのだ。
これは、ただただ俺の油断が招いた結果だ。実は変態なのに日頃は清楚ぶっている彼女を嘲笑う意図なんて、本当に持ち合わせていなかった。いや本当に。
「ご、ごめんね莉央ちゃん。年頃だからね、仕方ないよ」
なんでこんな下手くそなフォローしかできないのだろうか。持ち前のスーパー頭脳はどうしたよ、前原仁。いつもならもっと落ち着いて対処できるのに、肝心な時に能力を発揮できない。
「なんで……なんで見ちゃうんですかぁ……うぇええ」
ついに、堰を切ったように泣き出してしまった。その涙がどんな意味を持つにせよ、これは俺が全面的に悪い。可愛い女の子の涙なんて、見たくないな。
「ごめん、配慮が足りてなかったね。でも本当に僕は気にしないよ」
「……」
「僕が悪いから許してほしいなんて言わないけど、どうか気にしないで。莉央ちゃんも女の子なんだからさ、男の僕でも理解できるよ」
んーむ。この慰め方は、前世ではほとんど見られないだろうな。あるにはあるんだろうけど。
「……ゆるして、ほしいんですか?」
沈黙を貫いていた莉央ちゃんが、顔を伏せながら蚊の鳴くような声を出す。
「そりゃ、許してくれるなら、そうだね」
「……なんでも」
「うん?」
「……なんでも、しますか?」
「えっ?」
何やら、怪しい雰囲気を醸し出している。一度冷静になろう。
こういう時は誠心誠意を心掛けて接するのが良いはずだ。今彼女のために俺に何が出来るかを考えなければいけない。莉央ちゃんの傷付いた心を癒すためにはそれこそ俺が何でもしてあげなければならないのかも、しれない。
ふう。ここは、腹を括るべきだ。
「うん、なんでもするよ」
「言いましたね!?」
瞬間、弾丸のような勢いで射出された莉央ちゃんが俺に迫り、両肩を力強く掴んできた。
鼻息荒く、頬を上気させ、興奮状態であることは一目瞭然だ。先程までの涙はどこへ蒸発したのかと問い質したくなるが、それも仕方ない。
これは間違いなく、エロいことを考えているのだから。
「……」
どうするのが、正解なのだろう。
俺が犯した罪と、見合うだけのペナルティ。倫理的な問題を孕んだ、俺の実情。きっかけがこれでいいのかという、初心な葛藤。
そして、莉央ちゃんが好きな俺と、その彼女の望み。
これらを考慮して、磨き上げて、そして築いた答えは。
「莉央ちゃん」
「……はい」
莉央ちゃんが俺の肩を掴む力が一層強くなる。それに抗うことはせず、はっきりと告げてあげる。
「謹んで、お受けいたします。莉央ちゃんの好きにしていいよ」
―――次の瞬間俺は野獣のような眼光になった彼女に、ベッドへと押し倒された。
拝啓、顔も名前も知らぬお父さん、お母さん、俺は今日男になります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます