第48話 説明会





「君にお願いしたい事があるのだが」


 教室の入り口に立つ美丈夫、桐生隼人生徒会会長が精悍せいかんな顔付きで告げる。その言葉に呼応するように室内の生徒達が沈黙を貫き、俺と桐生会長を交互に見ている。


 この桐生先輩は、以前俺に生徒会入りを勧めてきた事がある。しかし俺は部活に入るつもりであったし、二足の草鞋を履くのは困難であるという理由でその話を断ったのだ。

 その件での後ろめたさもあり、この先輩にはできるだけ誠意を見せたいと思っている。取り敢えず願いを叶える叶えないは別として、話だけでも聞くべきだろう。


「おはようございます桐生先輩。お願いですか……そうですね、分かりました。まだ始業までは時間がありますしお話だけでも聞かせて下さい」


「ああ、それは喜ばしいな。では隣の空き教室で話そう、先生に利用許可は既にとってある」


「わかりました」


 随分下準備がいいんだな。恐らくこの人は、話も聞かずに俺がお願いを蹴るわけがないと踏んだんだろう。


「じゃあ聖也ちょっと行ってくるね」


「お、おう」


 聖也にそう一言告げた俺は桐生先輩の元へと歩を進める。

 近づいて見ると余計に分かるのだけど、この人は本当に美少年……いや、美青年か。個人的見解をいえば、今世の、テレビで極稀に見かける男性俳優よりも整っている。こっちの世界に来てから見た男性の中ではぶっちぎりの1位だ。まあ、俺自身を除くという前提になってしまうんだけど。


「では行こうか」


「はい」


 促されるまま桐生先輩の後をついていく。


 お願いというのは、一体何なのだろうか。まさかまた生徒会加入の再勧誘ということはあるまい。しつこく続けても逆効果にしかならないのは、この人もよく知っているはず。


「さ、入ってくれ」


 すぐに目的地である空き教室に着いた。まあすぐ隣だから当たり前なんだけど。


 ちなみに春蘭高校の1年生は7組編成だ。昔は9組まであったらしいが、男女比の圧倒的偏りによる人口低下により数年前に7組までになった。この空き教室はその時の名残りというわけだな。


「失礼します」


 そう一言かけながら、桐生先輩に促された通り教室に入る。

 もう使われていない教室とはいえ、掃除はきちんと行っているらしく整理整頓されている。何なら人がいない分清潔にも感じられた。机や椅子などはなく、何処か物悲しげな雰囲気である事は気のせいではないだろう。


「……よし、早速だが話を始めようと思う」


「お願いします」


 教室の中央付近まで歩いた桐生先輩はクルリと俺の方へ向き直り少し顔を引き締める。

さて、どんなお願いなのかな。


「月刊スポーツ男子拝見させてもらったよ。君らしい良い写真だったし、とても良い記事だと思う」


「……?ありがとうございます」


 何だろう。桐生先輩のお願いとやらについて話すんじゃなかったのか。何故いきなりスポ男の話を切り出したんだ。

 というか男性であるこの人も見たのか。まさか興味が……いや、ただの情報収集か又は俺が掲載されているから今月号だけ見たのか。


「特に最後の笑顔の一枚だな。あの破壊力は度し難いまである。さぞかし世の女性達を虜にしただろう」


 人差し指を立て、まるで演説を行うかのように話す桐生先輩。

 む、何が言いたいのか分からん。お願い事の件はどうしたんだ。時間があるとはいえ雑談をするような暇はないぞ。授業の前に軽く予習もしたいのだ。


「……どういう事でしょう?」


 早く本題に入ってください。

 そういう意味を裏に込めて問うてみた。この人はほっといたら延々と話しそうだからな。


「あぁすまない。要は月刊スポーツ男子の件と今回の俺のお願い事は無関係ではないんだ。ちょっとした因果関係がある」


「最初からそう言って下さいよ」


「遠回しに言うのが癖なんだ。許してくれ」


 そういうわけだったか。

 確かに今俺を取り巻くトピックとしてはスポ男が真っ先に挙げられるだろうし、そのタイミングで桐生先輩が俺の元へ来たという事はそう考えられるかもしれない。


「ではスポ男の件とお願い事がどう関係するのか教えてもらっても?」


「あぁ」


 ふう、これでやっと本題だな。

 今のところは一応余程厳しいお願いじゃない限り叶えてあげたい所存だ。生徒会入りを断った時の桐生先輩の悲しそうな顔が忘れられない。可愛い女の子ではないからといって、周囲の人間を蔑ろにするわけにはいかない。


「今週、春蘭高校で、現在中学校に在籍している生徒またその保護者を対象とした学校説明会を開く事は知ってるね?」


「はい」


 福岡先生が先週辺りにそんな内容の報告をホームルームで伝えてくれた。もうそんな時期なんだなと、薄っすら考えた事を覚えている。

 俺自身、実年齢は20歳近いが、既に高校の説明会の記憶はない。参加の可否すら覚えていない。おそらく参加したのだろうけど。


「実はね、前原くん。君にその説明会に参加して貰いたい」


「はあ」


 俺が説明会に?

 ここで言う参加とは、中学校生徒たちに混ざって説明を受けろという意味ではなく、開催する側つまり春蘭高校側で裏方をしろという意味を指すのだろうか。


 確かに生徒会員ならまだしも、一般生徒がそんな公の場に携わることはあまりないかもしれないな。だからこそ『お願い』という形で実現しようと考えた、と。

 それにしても、わざわざ俺に頼み込んで来るほど学校側には人員が足りていないのか。


「他の高校では、説明会は先生を主体に行うが、春蘭高校では生徒会が主体となるんだよ。流石に前準備は先生方がしてくれるけど、本番を進めるのは生徒会だ。まあ、何故俺たちがやるのかというと、悪い言い方をすれば"餌"だ」


 美形男子揃いの生徒会を表に出す事によって、説明会に来た女子生徒を釣り上げるというわけか。本当に悪い言い方だな!

 どうやら人員不足というわけではないらしい。


「歴代の先生方は、俺たち男子生徒の身の安全を危惧してこの制度の廃止に声を上げてくれていたんだが、代々生徒会はそれを固辞し続けてきた。春蘭という学校を存続させるためには、そういった手も必要なのだと皆が理解を共有していたからだ」


 えぇ……生徒会の権力と、何より学校への愛がすごい。何その自己犠牲精神。


「そして生徒会長である俺は司会進行役を務める事になっていたんだが……」


 そこで言葉を切った桐生先輩はチラッと俺の方へ視線を向ける。

 その先に続くであろう言葉は分かりますよ。言外にひしひしと伝わってきます。

 要するに、


「俺に新たな"餌"になれということですか……」


「悪い言い方をすれば、ね」


 桐生先輩は苦笑いしながらそう言う。ちょっと皮肉っぽく言ってしまって申し訳ない。


 俺が生徒会長の代役か。裏方などの脇役かと思いきや、司会進行役へのまさかの大抜擢。

 確かに自分で言うのもあれだが、スポ男で話題沸騰中の俺が説明会に参加するとなれば女子生徒達の食い付きはより強くなるかもしれない。アイドルか何かかな?


「さらに前原くんが説明会に参加することは事前に告知しないでおこうと思う。知らせたところで、既に参加募集は締め切ってるから参加者が増えるわけでもないからな。サプライズで前原くんが登場することで、インパクトはより強く、話題性も高まる。夏にはオープンキャンパスもあるし、それに向けた布石だな」


「……」


 桐生先輩はビジネスマンだな。悪く表現すれば腹黒い。この人くらい強かに計算高く生きたいものだ。本当に高校生?


「どうだろう?もちろん前原くんの要望は出来るだけ聞くし、絶対に悪いようにはしない。……引き受けてくれるか?」


 桐生先輩が少し緊張した面持ちでそう問いかけてくる。

 うーん、デジャビュ。懐かしいな、以前もこうして生徒会入りを頼まれて返事は保留にしたんだったかな。そして残念ながらその件は後日断った。

 しかし今回は。


「……ええ、構いませんよ。お引き受けします」


 うん、別に大丈夫だろう。説明会に参加した所で特に問題があるわけじゃない。

 強いて問題点を挙げるならば、人が多く集まる場所は俺の身が危なくなる危険性がある点だけど……真昼間の学校でそれほど暴走するやつはいないだろうし、いてもすぐに取り押さえられる。

 それに、女子中学生は流石にハーレムの対象外だけど、未来の美女候補だ。今すぐどうこうというわけには行かないけど、上手くすれば説明会は試金石として使えるかもしれない。


「……!そうか、そうか!それはよかった!ありがとう前原くん。じゃあ詳細は追って連絡する」


 桐生先輩は、破顔させて感謝の弁を述べる。一度断られた経緯もあるから嬉しさもひとしおなのかもしれない。

 この人の笑顔は結構レアだな。笑った顔も女性を虜にするのだろう。

 ぼんやりとそんな事を考えながら、俺は来たる説明会へ想いを馳せるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る