第47話 お願い




「ファンクラブって何やるんだろうね?」


「何も知らずに入会したんですか?」


「こう、勢いで!えへへ」


「アイドルのファンクラブだと、ライブチケットの先行販売とか、会員限定イベントとかやってますね〜」


「おー!仁もライブしちゃいなよ!」


「いや僕は一般人ですよ……」


「みんな仁がステージに立ってるだけで嬉しいと思うなー」


 俺は今2年生3人組の先輩方と登校している最中である。主に俺とすみれ先輩が会話をして合間合間に中川先輩が相槌を挟んでくるといったパターンが構築されている。ちなみに田島先輩は俺の顔を見ては顔を赤くさせて足をモジモジさせている。

 仲良し3人組に割り入って話すのも悪いと思ったのだけど、3人とも気にするなと言ってくれたのでこうして輪に入っているのだ。


「それにしてもスポ男の仁、無茶苦茶カッコ良かったよ!あれは人気出るよ!」


「私も拝見しました〜さすが前原さんって感じですね〜」


 2人が頬に手を添えながら笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます」


 こちらの世界に来てからは褒められる経験がかなり多くなったのだが、それでも美少女に持ち上げられるのはまだ少し照れてしまう。ダメだな、もっと精進しなければ。


 俺がそう意気込んでいると、


「あっ!!ちょっと仁に教えておきたいことがあって。スポ男に掲載された男の子って、その翌日とか翌々日とか、とにかく近いうちにその男の子目当ての人達が学校に集まっちゃって大変らしくて。だから、今日大丈夫かなって」


 すみれ先輩が突然何かを思い出したようにポンと手を叩くと、人差し指を立てながらそう言った。


 あー……。

 そういえば高校名の掲載許可も出したんだっけ。その現象は自明の理、というやつか。寧ろ訪れない方が不自然というものだ。

 俺自身にとっては喜ばしいが、学校側に迷惑にならなければいいな。


 田島先輩は『ミーハー共が……』と憎らしげに呟いているが取り敢えず放置させてくれ。


「SNSにも、本当か冗談か分からないんだけど、車で7時間かけて聖地に行くって投稿してた人がいたからねー」


 すごい執念だ。

 なんかもうそこまでしてくれたら、最大限のファンサービスをしてあげたくなる。

 ……ファンサービスってどうすればいいのだろう。笑顔でいいのだろうか。7時間かけて来てくれた人に対して本当に笑顔だけでいいのか?

 うーん……。


 そんな会話をしている間に段々と学校に近づいて来た。

 いつも通りの青々とした並木道を4人で歩く。木漏れ日が肌を照らした。

 そろそろ校門を確認できる位置に来たので、少し緊張しつつ目を向けてみる。


「……」


 いる。


 遠目からでも、春蘭高校の制服ではなく、私服や他校の制服を着ている人達が30人ほど校門付近でたむろしている。

 取り敢えずパニックに陥っているという事態には至っていないみたいで一安心。ただ割と通行人や春蘭高校生徒の邪魔になってしまっている。


「沢山いらっしゃいますね〜」


「ハイエナ共め……!」


 中川先輩は手を頬に当てながら微笑む。相変わらずおっとりしてますね。

 田島先輩は何故かさっきから辛辣である。新参者には厳しいタイプの古参なのかもしれない。


「では先輩方この辺りで失礼します。僕と一緒にいると皆さんまで騒ぎに巻き込んでしまうのかもしれないので」


 校門まであと数十メートルという距離で俺は先輩方にそう提案する。30人とは結構な数でありその人数に囲まれてしまうと身動きが取れなくなってしまうのだ。それが先輩方にまで及ぶのは、俺の想定するところではない。


「……あー、そっか仕方ないよね。じゃあまた部活でね」


「それは納得です〜。では私達は失礼しますね」


「う……わかった」


 3人は概ね残念そうにしながらも了承してくれた。先輩方と早く別れるのは心惜しいが、ファン達を無下にするわけにもいかないし仕方ない。


 先輩方が先に校門へ入っていくのを確認した俺は、また歩を進め始める。


「……」


 少し、緊張する。

 

 実物を見て落胆されたら嫌だし、俺がどういう顔をして登校すればいいのか分からない。

 俺に突発的に出会って喜んでくれる女性は沢山目にしてきたが、俺を求めて意図的に集まってくれる女性に会ったことはない。見てくれは同様だけど、その2つの中身の差は大きいように思う。

 何故ならば、向こう側は既に期待値を手にしているからである。カメラマンの柊美鶴さんの腕が良く、写りが良かったスポーツ男子の写真に魅せられた女性が、果たして実物で満足してくれるのだろうか。


「はぁ、なんかマッチングアプリで初めて会う時みたいな悩み」


 俺が心の底からイケメンならば、大して気にしなかっただろうに。生来の陰キャは、世界が変わっても、外見が変わっても、とにかく自信が無い。

 でも、やるしかない。


 臆しつつ少し足を小刻みに震わしながら歩く。そしてついに校門まであと10数メートルといったところまで来た。


 すると、俄に喧騒が膨れ始めた。

 それは朝という時間帯に似つかわしくない、大きな騒めきへと成っていく。


「……ねぇ、超絶美少年が向かって来てない?」「あ、あれ?来た?前原くん来た?」「あぁ……間違いない……後光が見えるあのお方は仁様」「来たぁあああ!」「ふぉおおおおお!!」「ぼぇえええええ!!!」「ぉえぇえええええッ!!」


 各々の有難いお言葉が聞こえて来た。

 ヤベェ叫びも耳に届くけど聞かなかったことにする。あと最後の人吐いてない?大丈夫?


「ふぅ……」


 心臓が高鳴る。手汗が滲む。顔が強張る。

高揚と緊張で今までにない感覚だ。


 かつてこれほどまでの人数の美女、美少女に囲まれた記憶があるだろうか。確かに多数の視線を浴びた事は幾度となくある。

 だけど、これは。


「ま、前原仁君ですか!?そうですよね!?」「カッコいい……」「結婚して下さい!」「ほ、本物!?」「仁様ぁああああ!」「実物ヤバイ」「えっと、その、握手を!」「ファンクラブ入りました前原仁様!!」「スポ男のあの笑顔を私に向けて下さいお願いします!!」「仁君こっち向いてぇえええ」「写真いいですか!?」「な、なにか体の一部ちょうだい!皮脂とか!」「ちょっとこのビニール袋に息吐いてください!すぐに封印して持ち帰るので!」


 女子中学生、女子高生、女子大生、OL、主婦。

 俺を取り囲み口々に言葉を投げ掛けてくる女性達。その一体感は、まるで壁のようだ。

 前世のアイドルはこんな気持ちだったのかもしれない。堅牢のように俺の周りを固く閉ざし、弾丸のような圧力と速度で話す。凄まじいとしか言いようがない。

 前世の俺ならば、まず間違いなく尻込みしてしまうだろう。


 しかし。


「おはようございます皆さん。初めまして前原仁と申します。僕のために春蘭ここまで来てくれたんですか?とっても嬉しいです」


 俺は、俺という偶像を全うする。求められていることを、求められている以上に。

 一度死んだ俺は、正に、死ぬこと以外かすり傷という思想を体現できる。

 例え美女美少女達に取り囲まれたとしても、例えゴリマッチョ強面お兄さん達に身体中を締め上げられようとも、笑顔で爽やかに接してみせる。それが、自重しないということ。


 心の中でそう考えている通り、俺は笑顔でファンたちに返答した。

 我ながら猫被りが上手いものだな、と思う。一体どこで身に付けたスキルなのか、もしかしたら生来のものなのかもしれない。


「「「……」」」


 俺が笑顔を保ちつつそう思考していると、あれほど騒がしかったファンたちが沈黙し、いつの間にか無音の空間に早変わりしていた。

 皆、一様に目を丸くさせ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔の状態で固まっているようだ。


 どうしたのだろう。

 なにか下手を打っただろうか。特筆すべきミスはしていないはずだし、あれだけの短文で失言をしたとも考えにくい。

 内心で俺は少し焦った。


 しかしそれは杞憂で、やはりこの世界は俺に甘いもので。どこまでも、最高だった。


「うぇえ……がっごいいよぉ……」「神よ……感謝を永遠に」「美天使美天使美天使美天使美天使」「眩しすぎて目がぁあああ!!」「おろろろろろろ」


 涙を流す者。

 天に祈りを捧げる者。

 無表情で同じ言葉を繰り返す者。

 目を抑える者。

 吐く者。

 多様な反応を見せてくれるものだが、どうやらガッカリさせたわけではないらしい。よかった。


 俺が胸をなでおろしていると、俺と、俺を取り巻くファンたちの周囲が騒々しくなってきた。


「何あれ?」「天使君のファン達みたいだよ?」「あ〜やっぱ来ちゃったか。そんな気がしてたんだよね〜」「まあ気持ちはわかるよね」「うんうん」「人生の意味」「前原君今日もカッコいいなあ、春蘭来て本当に良かった」「舐め回したいよね」「「うん」」


 ファンの子達とのやり取りはとても楽しいけど、校門は春蘭高校関係者の通り道だから迷惑になるかもしれないし、この辺りが潮時か。あまり長居するべき場所でも、時間でもないな。


「皆さん、今日は来てくれてとても嬉しいです。でも、学校に来るのは他の生徒達や先生方、近隣住民の方々にも迷惑がかかるかもしれないのでこれ以降は控えましょうね」


 俺のためにわざわざ足を運んでくれたファンの子達にあまりマイナスな事は言いたくないのだが、ここは心を鬼にしなければいけない。

 人とはやらねばならぬ時があるのだ。


「……ごめんなさい」「だって前原くんに会いたかったんだもん……」「仁様に怒られてしまいました……」「怒られるのも……イイ……」


 俺としては怒ったつもりはなく、軽い注意喚起程度の意識だったんだけど、少しばかりのダメージを与えてしまったみたいだ。最後の人は、まあ強く生きて。

 ここはちゃんとフォローするべきか。


「勘違いはしないで欲しいんですけど、僕は皆さんが来てくれて本当に嬉しかったんですよ。朝から可愛い子、綺麗な人ばかりで照れちゃったくらいです。この場にいる人達、僕は全員大好きですよ。だから落ち込まないで下さい。ね」


 真っ当なやり方より、こうしてゴリ押しでいったほうがいい、気がする。励ましの言葉ではなく、甘い言葉を囁くのだ。

 イケメンのみに許される伝家の宝刀。


 このあざとさマックスのフォローは、自分で言ってて凄く恥ずかしい。莉央ちゃんはこれくらいの方が女の子は好きだと言っていたけど、こんな臭い二番煎じみたいなセリフできちんとフォロー出来ているのだろうか。


「はわぁああ!そんな!かわっ可愛い!?だっ大好き!?こんな所でプロポーズなんて……」「結納はいつにしようかしら」「お母さんに仁くんと婚約することにしたって電話するよ!」「婚姻届はこちらに準備してあります」「仁様ぁ……お慕いしております……」「ヤろう」


「……」


 よし、大丈夫みたいだ。うん、大丈夫、大丈夫。たぶん大丈夫。

 毎度毎度考えなしに発言しているせいか、話が飛躍する事が多い気がする。どうやって収拾をつけるべきか非常に悩ましいが……まあ放置でいいだろう。こういった手合いは放置に限るな、うん。



* * *



 その後俺はなんとか騒ぎを鎮静させ、教室へ向かった。

 かなりの数の生徒に注目されてて結構恥ずかしかったな。ファンの子達には一人一人握手をしてから帰って貰った。せっかく来たのに何も無しっていうのは気の毒だからな。


 俺が気疲れしながら廊下を歩いていると。


「よっ!おはよ!」


 後ろから肩を組んでくる奴が1人。この重量感と野太い声は。


「おはよう、聖也」


 クラスメイトの大垣聖也である。この世界では、同性の友人というのはとても珍しい。かけがえのない存在だといっていい。それにしても、相変わらずデカイなこいつ。


「なんか校門に人たくさんいたけど、お前関連か?」


「よくわかるね。僕のファンの子達だよ」


「あーそうだったのか。やっぱりスポ男か?」


「そ。でもみんな良い子達でよかったよ」


 朝一の雑談を交わしながら教室へと入る。

 やっぱり男友達っていうのはいいね。女の子と話すのも好きなんだけど、同性ってだけで少し気楽になるというか、安心感があるというか。


「前原きゅんきたぁああ……!」「これで今日も頑張れるよ……」「神が再臨された……」「……しゃあ!」「空気うめー……」


 俺が扉をくぐった瞬間、教室の至る所から歓喜の声が聞こえてきた。

 みんな小声なんだけど、残念ながら聞き取れてしまうんだよね。


「みんなおはよう。今日もよろしくね」


「「はぅっ……!」」


 このクラスはやはり居心地が良く、なにより楽しいな。俺の全てに反応してくれる。人によっては精神的に疲弊しそうだけど、俺は好きだ。

 莉央ちゃんと美沙はまだ来てないみたいだな。早く2人の可愛い顔が見たい。


「……お前相変わらずだな」


「えー、みんな反応が可愛いじゃん」


 聖也の呆れたような声を尻目に席に着く。

 聖也には、知り合いたての頃は女子に優しくする行為をよく注意されたものだが、最近は諦めたのか呆れるだけに留まっている。なんかごめん。でもこればっかりは折れるわけにはいかないよね。


 さて……始業まではまだ少し時間があるけど早めに準備でもしよう。1限目は確か現代文だったかな。

 そうして俺が鞄から教科書とノートを出そうと手を伸ばした時。



「前原仁くん!前原仁くんはいるか?」



 ドアが勢いよく開いたかと思えば、凛々しくも柔らかな声が朝の教室に広く響き渡った。僅かな喧騒に包まれていた教室がピタリと静まり返る。

 

 次から次へと……。今度はなんだろうか。

本当に俺は話題に事欠かない。

 朝からの怒涛のラッシュに、少し恨みがましげに入口を見やる。


「おはよう。早速だけど、君にお願いしたい事があるのだが」


 其処には鋭い笑みを顔に貼り付けた爽やかイケメン、桐生隼人きりゅうはやと生徒会長が立っていた。

 その輪郭がはっきりと認識できるくらいの存在感。カリスマの権化。

 少しだけ息を切らしている様子だ。


 ……お久しぶりですね。


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