第46話 ファンクラブ
「暑いし、汗はべたつくし、色々悩ましいし、朝から滅入る」
早朝の人が入り乱れる駅の入口。
独り、愚痴を吐き散らしながら到着した。
朝からアレだけ悪態をつかれてしまうとテンションも少しは下がるというもの。俺はマキさんの顔を思い浮かべながら文句を言う。自分で言うのもあれだけど、貴重な男性をあれだけ罵れるもんかね。まあ、仮に過去の前原仁が何か彼女達にしたのだとすれば、あの悪態も仕方ないんだろうけど。
「……天使がいる」「きっと朝から出勤して頑張る私たちへの天からの贈り物ね」「いつ見てもカッコいいなあ」「押し倒したい」「あの子から反射した太陽光を浴びたい」「いや、お前性癖のレベル高!」
今日も今日とて、ホームに立つ俺を噂する声が耳に届く。文脈からしていつもこの時間このホームから乗っている人達だろう。
こうして俺を肯定してくれるような言葉達を聞くと、萎えんだ心が浄化されるようだ。自己肯定感の高まりをひしひしと感じる。もっとください。
と、その時。
「え?いや、え!?あれ前原くん……?」
そんな一言が周りのざわめきから抜け出し、小さく空気を揺らしながら俺に到達した。
それを皮切りに、
「へ!?本当じゃん!前原くんだ!」「前原くんって?」「あなた知らないの?今月のスポ男の本命中の本命、前原仁くんだよ!愛称は『希代の美少年弓士』。巷では『美天使』とも呼ばれてる。んで、今ファンクラブの会員数は1万人ほど。もちろん私は所属していて会員ナンバー2658!」「ふっ……私は1470よ」「ぐぬぬ……」
そんな楽しげな会話が辺りから聞こえ出した。どうやら順調に知名度が高まっているようである。
鼻高々とは言わないが、こうして自分の名が広まっているのは素直に誇らしい。それが俺の力でなく、前原仁の外見によるものだったとしても、だ。でもいつかは俺の努力で世間に認められる日が来るといいなと思う。
「……」
それにしても、ファンクラブなんてあるのね。いやファンクラブなんて前世にも腐る程あったし、当たり前なのかもしれない。
でも、会員数が1万人は多くないか。多すぎて会員ナンバーマウントが始まってるじゃん。まだ俺が世間に認知され始めてから3日とかじゃなかったかな。情報化社会の拡散能力侮り難し。
「写真で見た時はカッコよすぎて鼻血噴き出しちゃってスポ男汚しそうになったけど……生はもっとヤバイかもしれない。この鼻をつまむ手を離したらホームが血の惨状に早変わりするでしょう」「右に同じく」「本当に生きてるのかな?実は精巧に作られたロボットでしたとかいうオチじゃないよね?」「確かに嘘かと思うくらいの美貌だけどそれはない……はず。きっと。おそらく」
いや、生きとるわ。
少しずつ騒がしくなって来た。今の所は大丈夫だけどそのうちパニックになりそうだ。そうなれば事態の収拾がつかなくなる。
『まもなく1番線に電車が参ります』
俺が現状を危惧していると、良いタイミングで電車が駅に到着した。
よかった、あのままでは、そのうち誰かに声を掛けられそうだったからな。それは嬉しい事なんだけど、ここには人が沢山いるから際限がなくなってしまうんだよね。そして抜け出せなくなって結局学校に遅刻とかいう事態になったら目も当てられない。
幸運に感謝しつつ、そそくさと俺は電車に乗り込む。当然ながら男性専用車両ではなく、一般車両である。いつもガラガラの車両より、可愛い女の子がたくさんすし詰めになっている車両の方が幸せだよね。そういうことです。
そしてどの位置に居ようか見定めようと首を巡らせると、見知った顔が3つあった。この3人とは本当によくこの電車で会う。時間が同じならば当然ではあるんだけど。
「おはようございます、先輩方」
一点に集って全員でスマホを覗いている様子の2年生3人組、片岡すみれ先輩、中川楓先輩、田島奈々先輩に声を掛ける。朝っぱらから何をしているのやら。
「……えっ!あ、おはよう仁!」
「あら〜。おはようございます、前原さん〜」
「ふわわっ!おはっおはよう!」
各々快く返事を返してくれた。しかし田島先輩はいつも通りの挙動不審だとして、すみれ先輩と中川先輩の態度には何処と無く違和感がある気がする。心無しか俺の姿を見て驚いているような。
「どうかされました?」
「あー……えっと、これを見ててね?本人が登場でちょっと驚いちゃっただけなんだ」
気まずげなすみれ先輩がスマホを差し出してくる。訝しげにその画面を見てみると。
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「『前原仁様に全てを捧げようの会』
これは前原仁様のために、彼に全てを捧げる覚悟のある女達が集う聖なる会合。神が遣わした美天使、前原仁様は私達愚民に大いなる加護を授けてくださり、私達愚民はそれをありがたく享受するのだ。
集え、女達よ。祈れ、前原仁様に。
現在:10089人」
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「……」
上記の謳い文句が書かれていた。
以下には、ずらっと会員規約が並べられ、サイトポリシー、新規入会案内バナー、ログインバナーなど、凡そファンクラブサイトと呼べるような代物であることは間違いない。
今この瞬間にも更新を入れると、着々と会員数は増えているようだ。
先程ホームで小耳に挟んだファンクラブとは、正にこれなのだろう。
それにしても、なんなんだこの危ない宗教団体は。10000人に加護を授けた記憶はないぞ。
これが俺のファンクラブなのか。嘘だよね?嘘だと言って欲しい。もっと女の子たちからキャーキャー黄色い歓声を浴びられる自分の姿を想像していたのに、なんかこの宗教団体はじっと静かに俺を凝視してそう。いやイメージだけどね。
「これが前原さんのファンクラブらしいんですよ〜」
……そうでしたか。
なんで中川先輩はこんなに愉快げなのだろう。新しい玩具を与えられた幼児のようだ。
ファンクラブの存在はとても嬉しいし、ありがたい。感謝したい。それなのに、湧き上がるこの複雑な感情。
「それでね!」
俺の胸中など露知らず、すみれ先輩は今日も元気一杯に話し出す。
「私達も入ろうかなと思って!」
そうですか。先輩方も俺のファンクラブに入ると。なるほどなるほ……。
「ちょ、え?ファンクラブに入……って下さるんですか?」
震えそうになる声を抑えつつ恐る恐る問う。
意味が分かっているのだろうか。あの、1歩歩みを違えば洗脳されそうな宗教団体に入るということ。いや、1万人も俺のために集まってくれているわけだからあまり失礼な物言いはしたくないんだけども。
それでも声を大にして言いたい。あの団体は怪しすぎる、と。非公式のファンクラブなら若しかしたらまだ他にあるかもしれないし考え直さないかな。
「うん!ねっ?」
「私も僭越ながら加入させて頂こうかと思います〜」
「わた、私も入るぞ、うん!」
しかしそんな俺の心の叫びが通じることはなく、この御三方のファンクラブ加入が決まった瞬間である。
「それは……あ、ありがとうございます」
なんてことだ……嬉しいのに。嬉しいのに、何故素直にお礼が述べられないのだろうか。この3人からの好意を無下にはできないけど、諸々の要素から歓迎することもできない。
俺はどうするのが正解なんだ、誰か教えてくれ。この3人の今後が心配だ。突然前原様とか呼び出さないでくださいね、お願いします。
頬が引きつるのが分かりながら、俺はその後も先輩方との会話に花を咲かせるのだった。
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