第43話 母が妹で、俺が兄をする




 居てもたってもいられないとばかりに瞳を輝きで満たすねねちゃんに手を引かれながら入室する。


「お邪魔します」


 一見したところ広々としており、中々過ごしやすい大広間だ。入り口から向かって右側には木製のテーブルがあり、左側には大きめのアームソファがある。右奥には綺麗なキッチンも整備されているようだ。また、部屋角に観葉植物を設置したり、額縁に入れた美術画を壁に掛けたりしているなど、雰囲気作りにも余念が無い。


 そんなののちゃんの家のリビングなのだが気になる点が2つ。


 1つ目はテーブルの上に豪勢な料理が所狭しと並べられている事だ。食欲を掻き立てられる香りが此処まで漂ってきている。ご飯を食べている途中だったという事は恐らくないだろう。となれば、俺のために用意してくれた品々という結論になる。

 どうやら気を使わせてしまったようで申し訳ない。まあ勿体無いので勿論美味しく頂こうと思う。


 そして2つ目なんだけど。


「……」


 ソファとテーブルの中間、リビングの中心に位置する辺りに背筋を美しく伸ばし、仁王立ちしている人物が1人いた。しなやかな黒髪を胸元まで伸ばし、当然の如くアホ毛を生やしている。この一家に漏れなく発現する特性なのだろうか。

 目を瞑り、まるで瞑想中のように静かである。

 この人物は一体。


「お、お母さん……?」


 俺より少し下がった位置に居たののちゃんがそうおののく。愕然とした様子である。


 ですよね。この人物は一体とか言っちゃったけどののちゃんのお母さん以外あり得ない。一目で確信できる、この人は変人であると。


「ようこそ来てくれたわね」


 暫定ののちゃんのお母さんは大仰に目をゆっくりと開けていく。

 どういった趣旨のキャラ作りなのだろう。それともありのままの姿なのだろうか。


「我が娘のお友だ……ぇ?」


 何処と無く尊大さを意識しているかのように話し始めるお母さんだったが、俺の顔を視界に入れた瞬間フリーズしてしまった。俺の秘められしメデューサの能力が解放されてしまったらしい。


「……あぁ……ああぁあ……」


 小刻みにプルプルと腕全体の筋肉を震わせながら俺の方を指差す、ののお母さん。こら、人に指差しちゃいけません。めっ。


「じ……じじっ!じじじじじじ!!!!」


 どうしたんだこの人は。

 電撃でも食らっているのかな。やはり話に聞くとおり、ののちゃんのお母さんはユニークだな。初対面の人の前で電撃芸を披露するとは。

 いや、まあ彼女が何を言いたいかは何となく分かってしまうんだけども。


「仁きゅぅううんッ!!!!」


「うわ!?」


 ちょっと。

 分かったからそんな血走った目でいきなり距離を詰めないで。この人むちゃくちゃ速いな。瞬き一度の間に肉迫してきたぞ。今の技を縮地と名付けよう。


 俺も有名になってしまったのだと改めて実感する。恐らく月刊スポーツ男子経由で俺の事を知ったのだろう。まあ有名になるのは嫌な気分ではない。


「えっ!仁きゅんなの!?そうなのよね!?本物?モノホン?ちょ、ちょっとその男性器触らせてもらえるかしら?」


「……」


 なんか、急に強烈だな。


 この世界に来てから数ヶ月経つが、初対面でいきなり俺の息子を握りたいと申し出てきた人は貴方が最初ですよお母さん。かなり図太い神経を持ち得なければできない芸当だ。

 では、その無謀とも言える勇気への賞賛として我が息子を捧げるか。


 俺はそんな事を半分本気半分冗談……じゃなくて、100%冗談で考えていたのだが。冗談だよ。本当だよ。


「何言ってんの!?」


「えっ?えっ?だんせいきって何?」


 ののちゃんは俺ににじり寄るお母さんを必死に引き止めている。母の奇行にしどろもどろになっているみたいだ。

 ねねちゃんはというと、男性器という言葉自体よく分からないでいるね。それはそうか、小学生ではそんな言い方はしないだろう。その無垢さを生涯忘れないで。


 さて、無言を貫くのはここまでにしておこう。変態とは言え、ののちゃんの母親は母親だ。


「おっしゃる通り僕は前原仁と申します。男性器は触らせません。挨拶が遅れて申し訳ありません、ののちゃんとはいつも仲良くさせて頂いております。本日はお家に上がらせて貰って感謝いたします。宜しくお願い致します。男性器は触らせません」


 胸に手をそっと当て、優雅な雰囲気を意識して礼をする。2次元創作物で執事とかがするアレだ。

 前世ではこんな礼を本当にやったら笑い者になること請け合いなのだが、何故かこの世界ではこれがとても女子には効くらしい。莉央ちゃんにこの間頼まれたのでしてあげた事があるくらいだ。


「はぅ……!仁きゅんカッコいい……高尚で人類の究極的存在ぃ……」


 微痙攣する手で胸の辺りを抑えてお母さんが膝を着く。

 なるほど。ねねちゃんが先程あれだけ年齢に不相応な言葉遣いをしていたのはお母さんの影響が色濃く出ていたみたいだ。全く同じ語呂であるから、多分ねねちゃんはマネしてたんだな。


「昨日、今月号の月刊スポーツ男子を買って仁きゅんを見た瞬間から一目でファンになったの……本物カッコよすぎるぅ……萌え死ぬ……はぁはあ……おぇ」


 ののお母さんは何か色々と限界に達していそうだ。吐かない?大丈夫?とても怖いです。


 しかし、ファンか。目にする耳にする機会は数あれど、よもや自分にファンがつくような人生を送れるとは。本当に、出世したものだと思う。これからは、ファンからの期待に恥じないような行動を心掛けたい。期待を裏切ってしまうのは心苦しく、そして情けない。


「ファン、ですか。嬉しいです、ありがとうございます」


 心からのお礼を述べておこう。いくら変態とは言え、俺を好ましく想い、応援してくれている人だ。無下にはできないし、したくない。


「はぅっ!!」


 それだけで銃に撃ち抜かれたように仰け反るののお母さん。紙装甲だ。俺はお礼を言うだけで人1人を倒せるらしい。


「お兄ちゃんごめんなさい……変なお母さんで」


 ののちゃんがとても申し訳なさそうに目を伏せ、頭を下げる。

 その隣でねねちゃんがよく分からないといった顔をしつつも、お姉ちゃんに合わせるように一緒に見よう見真似で頭を下げているのがとても可愛い。


「ううん、楽しいお母さんだね。僕は嫌いじゃないよ」


 本音を言えば、あの手の賑やかな人は大好きであるが、少し控え目に言っておく。もちろん大人しい人も好きだ。可愛らしい女の子はみんな好きなのである。女の子という歳でもないけど……。


「よかったです……」


 娘に頭を下げられる親とは、どのような心境なのだろうか。あなたが常軌を逸した醜態を晒している中、家族が心を削っているのですよ。


「ちょっと待ちなさいッ!」


 すると、そこで満を持して又もや登場したのは手のひらをこちらに向けストップの合図を示すののお母さん。眉を吊り上げ、凛々しい面持ちである。何か事件でも起きたのだろうか。異常な事態は何も起きていないように思うが。

 また、変態の発作か?


「どうしたんです?」


「お母さん今度は何……?」


「なにー!」


 今度はどれだけ突飛な事を言い出すのかと、少し期待しながら問う。ののちゃんは辟易したように、ねねちゃんは愉快げに追従する。


「のの、仁きゅんに向かって『お兄ちゃん』とは一体どういう了見なのかしら?」


 先程までの欲望丸出し状態ではなく、双眸を細め、表情を厳かにしたののお母さんが口を開く。


 おお、こういった態度を取ることもできるのか。四六時中賑やかに過ごすのではなく、やるべき時はきちんとやるそのメリハリはとても大切だと思います。まあ、何故今そんな態度に変えたのかはよく分からないんだけど。


「えっ?いや、お兄ちゃんがそう呼んでいいって……」


 心なしかお母さんの豹変振りに少したじろいでいる様子であるののちゃんがそう返す。

 実の娘でさえも少し動揺するほどの切り替えの早さ。一体お母さんに何があったというのだろうか。


「……そう」


 ののお母さんは、重く言葉を漏らしながら顎に手を当てる。

 眉間に少しばかりの皺を寄せながら何事か考え込んでいるようだ。その難しい表情と思考時間の長さから荘重たる内容に違いないだろう。たぶん。


 それからしばし待つこと。

 ようやくののお母さんが重々しく口を開いた。そのくっきりとした両眼は俺を射抜いている。


「……仁きゅん」


「はい?」


 もう俺はきゅんには突っ込まないぞ。弓道部で慣れてしまったからな。呼び方なんてなんでもいいのだ、俺が俺だと認識さえできれば。


 ののお母さんは改めて俺の前に仁王立つ。

 その端正な顔立ちを引き締め真っ直ぐにこちらを見つめてくるその姿には思わず気圧されて物怖じしそうになるほどである。

 そして彼女は言い放った。


「私も……私も仁きゅんのこと『お兄ちゃん』って呼んでもいいかしら?」


「……」


 あー……。


 何なんだこの人は。何を考えているんだ。

 悉く俺の予想を超えなければ気が済まないのか。


 いや、あなた今何歳なんですか?女性にご年齢を尋ねるのは失礼にあたるためそれは聞かないが、俺の倍近く生きているのは確定のはず。そんな歳の女性が俺をお兄ちゃん呼びか……シュールだ。シュールというか、もう怖い。


「お、お母さん……」


 ほら、娘さんもドン引きしていますよ。そりゃ母親が自分と差して変わらない歳の子をお兄ちゃん呼びは少々来るものがあるだろう。俺ならもう前の関係に戻れないよ。


 隣で『その気持ちわかる!』みたいに同感の念を醸し出して頷いているねねちゃんは例外とする。


「お母さん……さすがにそれは……」


「皆まで言わないで、のの。これは、そう。止めることのできない途方も無いリビドー!人生の頂上決戦なの!」


 大きくでたな。


 あと笑いそうになるから変なポーズを取りながら宣言するのはやめて。関節すごいことになってるよ。


「さて……仁きゅ……いえ、お兄ちゃん。答えを聞かせてもらえるかしら?」


 いや答えも何も、俺の承諾を得ずに既にお兄ちゃんって呼んじゃってるよね。わざわざ言い直してまで。絶対に故意でしょ。既成事実を作り上げようとしている気がする。


 まあどんな問答を経ようと、俺の答えは既に決まっている。この世界では、自重も遠慮もしないのだから。


「もちろん構いません。お好きにお呼びください」


 俺はすべての事象を包み込むかのような包容力を持った笑顔で快諾してあげた。

 窓から差し込む昼光が体を照らす。そこには慈悲も同情もなく、ただただ抗いきれない性癖が立ち尽くしていた。


「ッシャア!!!……お兄ちゃん!」


 性癖剥き出しお母さんは、一瞬野太い声でガッツポーズをしたかと思えば、すぐに声色をすげ替えて迫ってくる。


 改めて、これだけ年上の女性にそう呼ばれると、なにか人として大切な欠片を落っことしたような気がしないでもないが、これは俺が選択した道。甘んじて受け入れよう。

 それに、それほど悪い気分というわけでもない。変態と常人との間で賛否両論は捲き起こるかもしれないが、俺は案外好きかもしれない。たぶん。


 隣で絶望したように、失望したようにお母さんを見やるののちゃん。

 親としての威厳も、尊厳も、面目も、全て一人の男性への呼称契約に全賭けした変態。それでも、どれだけアブノーマルな性癖を持っていたとしても、自分に素直に生きられる人は魅力的だと俺は思う。

 あそこまでタガが外れた人間は強い。


 ののちゃんへのフォローは、後で頭を撫でてあげることで行おうと思う。流石に俺にも責任の一端はあるからね。お母さんの秘められた欲望を叶えさせてしまってごめんなさい。


 それにしても『お兄ちゃん!お兄ちゃん!』と嬉しそうに舞いながら何度も繰り返すののお母さんに追従するように、ねねちゃんも『おにいちゃんっ!おにいちゃんっ!』と可愛らしく踊ってる姿はとても和むな。こう、親子の微笑ましい交流を目にしているようで。


 ののちゃんは疲れたような表情で、俺は爽やかな表情で、それぞれ対称的な面持ちでしばらく2人のお兄ちゃんの舞を鑑賞するのであった。



* * *



「さ、腕によりをかけて作らせてもらったわ。是非召し上がってちょうだい」


 我が妹(ののお母さん)に促されて俺は豪勢な食事が並ぶ食卓へと座る。上座に案内されてしまったけど、断るのも失礼な気がするので大人しく従っておく。


「ありがとうございます。とても美味しそうです」


「ええ、ええ。いっぱい食べてね。お兄ちゃんが使用した食器類をあとで私物化するなんて真似はしないから、安心してちょうだいね」


「……」


 なんでこう、節々から変態成分が滲み出るのだろう。言葉に出さなければ何も心配せずに過ごせたのに。

 まあ俺が使った食器がどうなろうとも俺の知ったことではない。今は料理に集中しよう。


 どれもこれも盛り付けや装飾に拘っており見た目もかなり美味しそうだ。人は見かけによらないとはよく言ったもので、まさかののお母さんが料理が得意だとは思わなかった。変態とのギャップである。


「貴方達もこちらに座りなさい。私はここに座るから」


 ののお母さんは娘達に俺の正面の位置に座るように指示し、自らは俺の隣の席に座るという。テーブルは4人席であり、2人と2人が向かい合うように座る形である。

 それにしても、この人は自らの願望を全く隠そうとしないな。遠慮とか配慮とかそういう単語は子宮に置いてきたのだろう。いっそ清々しい。


「……なんでお母さんがお兄ちゃんの隣なの?」


「ずるいずるいっ!」


 案の定娘達から苦情が飛ぶ。いざこざが巻き起こるのは予想できる事態ではあるが……。


「あら?このテーブル上にある料理の数々は一体誰が作ったのかしら?」


「「うぐっ……」」


「嫌なら!嫌なら、テーブルにつくことなく食べなくても、いいのよ?」


「「……」」


 しかしそんな逆境もなんのその。ののお母さんは随分と逞しいらしく、澄ました顔でカウンターを惜しげなく決めていく。これには思わずたじろいでしまう娘達。


 この人かなり大人気ないぞ。

 中学生と小学生の娘に本気で対抗している。自尊心とか痛まないのだろうか。譲り合いの精神は。日本の古き良き和の心が私欲によってすり潰されている。


「ふふんっ」


 愛すべき娘達にドヤ顔を晒しながら俺の隣へと腰を下ろす母親の図。何と痛ましい光景なのだろうか。心が泣いているよ。


「「うぐぐぐッ……」」


 娘達が唸るに唸る。

 唇を強く引き結びながら恨みがましそうにののお母さんに視線を集中させている。当の本人はそんな怨嗟などもろともせず俺を眺めながら相好を崩しているみたいだ。


 妹達のフォローをしてあげたいが、それはののお母さんには期待できないだろう。ならばここは兄である俺が妹達の苦悩を和らげてあげなければならない。

 というか、この3人は全員俺の妹なので、ののちゃんとねねちゃんは俺の妹であり、俺の妹の娘でもある。何か途轍もなくややこしい事態になってしまっているみたいだ。深く考えると混乱しそうなので取り敢えず放置の方針でいこう。


「ののちゃん、ねねちゃん」


 取り敢えず、柔らかな口調を心掛けて話しかけてみる。香り立つ料理が冷めないうちにいただきたいところだけど、少しだけ時間をくれ。


「……何ですか」


「……なにー?じんおにいちゃん」


 やはりというか何というか、妹達はすっかりと拗ねてしまっているようだ。むすっとした顔も、それはそれで可愛らしいとは思うが。俺が発端の一因を担っていると捉えられないこともないため、心苦しい。


 ほら、大部分は貴方の所為ですよお母さん。隙を見ながら椅子を俺の方に少しずつ近づけている場合じゃないでしょう。まったく。


 俺は椅子からそっと立ち上がり妹達に歩いて近づく。

 ののお母さんが『あっ……』と声を漏らすが、すぐ済むから少し我慢してほしいところだ。それくらい頑張りなさい。


「ごめんね。お母さんも料理作るの頑張ってくれたみたいだから、許してあげて。ね」


 右手でののちゃん、左手でねねちゃんの頭を撫でながらそう優しく諭す。この子達が間違っても疎外感なんて抱かないように、しっかりとケアしてあげなければならない。お母さんは今はちょっと舞い上がってしまっているみたいだから、今この役目は俺が担おう。


「……む、まあお兄ちゃんがそう言うなら仕方ありません……」


「ふぉおお……ふぉおおおおお!」


 ののちゃんは相変わらず赤面しながら口を尖らす。

 ねねちゃんは……うん、かなり盛り上がっている。奇声をあげながら自分から頭をぐりぐりと俺の手に擦り付けている。まあお姉ちゃんの方とは違って男に頭を撫でられた経験があまりないのだろうと思う。ののちゃんは普段から割と俺が撫でる頻度高めだし多少なりと耐性がついているのかもしれない。


「よし、じゃあご飯いただこっか」


「はいっ」


「ふおぉおおお……!」


 2人にそう声をかけた俺は席に戻り、さっそく食事を楽しみ始めた。食事前に争いがあると折角のご飯が勿体ないからな。

 これで心置き無くいただけるというものだ。



 そして、食事を始めて10分ほど経っただろうか。その間俺たちは取り留めもない会話を交わした。

 意外なことにののお母さんは喋り上手聞き上手でありとても話しやすかった。さらに料理もとても美味しく、内在(外在?)する変態性が異常な点を除けば美人な高スペックお母さんで通っていただろう。


 と、ここで俺は少し気になっていた事を聞いてみることにした。良い機会だからな。


「ところで皆に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「構わないわよ。私のスリーサイズでよかったかしら?」


「全然いいですよ!」


「いいよ〜!」


 三者三様の了承をいただいた俺はさっそく本題に入る。ののお母さんのボケか本気なのか分からない発言はスルーの方向でいこう。変態に構うと際限がないからね。


「月刊スポーツ男子に僕が掲載された事は当然知ってると思うんだけど、実際それはどれくらいの影響力を持ってるのかなって思って。芸能人並とまではいかないまでも、そこそこの知名度になっちゃうのかな?」


 そう俺が聞きたかった事は前述したとおりのことである。


 人気雑誌と噂の月刊スポーツ男子に載るという事実ははどんな意味を表しているのか。 

 もし有名になりすぎて俺の行動が制限されるような事態が起こり得るなら、最悪変装などの策を弄さければいけないかもしれない。

 しかし出来ればその手段は取りたくない。コソコソと日陰を生きるみたいで肩身が狭いし、何より性にあわない。

 一応別案は考えてあるんだけども。


「……そうねえ。一概には言えないんだけど知名度がかなり高まる事は確かね。……これを見てくれるかしら?」


 ののお母さんが差し出したスマホの画面を見てみると、どうやらSNSのアプリを起動しているようで『スポ男』と検索をかけている。


『今月のスポ男買わない奴っているの?』

『スポ男の前原くんカッコよ過ぎません?聖地巡礼する仲間募集』

『スポ男の初日売り上げが歴代のトップ3にランクインしたらしい』

『今月号のスポ男は絶対買ったほうがいい!!見たら分かる!』

『スポ男の仁くんのファングループを作りたいと思います。入りたい人は私まで連絡下さい』

『スポ男一冊5万で売ってくれる人いませんか?もうネットでも近所でも売り切れてて……。観賞用と使う用と保存用が欲しいんです』


 などといった投稿が羅列されていた。今俺が見ているこの瞬間にも投稿は随時されているらしく、どんどん新しく更新されていく。

 思ったより反響が大きいみたいだ。


「うわぁすごい人気」


「いっぱい、じんおにいちゃんの事言ってるよ?」


 ののちゃんとねねちゃんも俺の横からスマホを覗き込み驚いたように、また感心したようにそう零す。


「まあこんなところよ。お兄ちゃんはこれからグッと人気が出るでしょうね。注意事項としては、狂った変態に襲われないようにあまり1人では出歩かないことかしら?何なら私が護衛しましょうか?」


 そう、狂った変態が助言してくれる。

 しかしそれは心配ご無用!狂った変態が常に近くにいたら気が休まらな……じゃなくて、俺の体のスペックがあれば変質者の撃退など容易い。加えて俺の周囲の人達を守る手段についても現在方法案を煮詰めている段階である。


「そうですね、少し考えてみます。あと護衛は結構です」


 とりあえず今は曖昧に返しておこう。

 この人が変態とはいえちゃんと此方を気遣ってくれての提案だ、ばっさり切り捨てるのは失礼だろう。護衛の件はばっさりと切り捨てさせてもらうが。


 まあ何にせよ全く今まで通りに過ごすというわけにはいかないかもしれないな。



* * *



「今日は美味しいご飯をありがとうございました。またお邪魔しても宜しいですか?」


 あの後2時間ほど家で寛がせてもらった俺は今玄関にてお見送りをされている。全員名残惜しそうな面持ちだ。


「私も素敵な時間を過ごさせてもらったわ。ええいいわよ。お兄ちゃんがお邪魔なんてとんでもないわ、むしろ私達が邪魔なくらいよ」


「……?」


 何を言っているのかよく分からない。

 あお変態の思考を理解しようとする行為が間違いなのか。そうなのか。


「じんおにいちゃん来てくれてありがとう!じんおにいちゃんが居たこの匂いの残滓を逃さないように戸締りはちゃんとしておくからね!」


「う、うん」


 ねねちゃん、やっぱり難しい言葉知ってるんだね。薄々勘づいてたけど、この子お母さんの血を色濃く継いでないか。変態の兆候が垣間見える。どうか清らかな心を忘れないで。


「はぁ……じゃあ私はお兄ちゃんを駅まで送るから」


 そんな2人に疲れたように溜息をつくののちゃん。苦労してるんだな。心労が蓄積していそうだ。


「ありがとう、その心遣いだけ貰っておくよ。僕は1人で大丈夫だから、ね。ののちゃんは料理の後片付けを手伝ってあげて」


 年下の女の子に男である俺を送らせるわけにはいかない。有難い申し出だが此処は辞退させて頂こう。男としての僅かながらのプライドが叫んでいるのだ。


「えっ……でも……」


 俺の言を聞いて、ののちゃんはとても不安気な顔になる。恐らく先程話していた変質者に襲われるといった懸念事項を思い出しているのだろう。その気遣いはとても嬉しい。だけど、俺のことは心配無用である。寧ろご褒美……じゃなくて、特に危険視はしていない。ここらの住宅街を抜ければ、俺の家までは比較的人通りが多い道だしね。


 その後渋るののちゃん達を時間をかけて説き伏せた俺は、これからの身の振る舞いについて思考を巡らせながら帰路に就くのだった。

 

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