第40話 恵玲奈さんとのデート





 今は梅雨の季節。

 それにも関わらず今日は運良く空は快晴。最高のデート日和だ。

 鼻唄を歌いながら足を動かす。俺は今有名人の仲間入りをしたような気分で上機嫌なのである。モチベーション高くデートに挑めそうだ。


 恵令奈さんとの待ち合わせ場所は、前回俺が彼女にナンパされた場所である駅の時計塔の下だ。

 ここは、ここら近隣の中でも有数の待ち合わせスポットである。俺も重宝させてもらっている。


 俺は今日待ち合わせ時間の1時間半前に着くように向かっている。道中でサインをねだられるなどして多少予定がずれ込んだものの、概ね予定通りである。

 何故そんなイカれた早さなのかというと、前回の莉央ちゃんとのデートの時の失態を繰り返さないためだ。俺は1時間前に待ち合わせ場所に行ったのだけど、情けないことに女の子を待たせてしまっていた。

 次こそは、と意気込んで歩みを進めている。


 早足で僅かに汗ばんできた頃、ようやく駅に着いた。

 時計塔の下に恵令奈さんの姿がないか入念に確認する。


「……」


 見たところ、いない。

 よし、今回軍配が上がったのは俺のようでだ。まあ1時間半前に着いたというのに既に待たれていては困ってしまうんだけど。面目丸つぶれというか、もうお手上げである。


 どかっと、得意げに時計塔の下のベンチに腰を落とす。

 やはり男とはこうあるべきだ。現地に早入りして、やってきた女の子に『今来たとこだよ』とそう告げるのがテンプレなんだ。これは揺るぎない世界の理なんだ。


 俺が鼻息荒く勝ち誇っていると、件の如く周りの視線が俺に一極集中する。まるで肉食獣に包囲された草食動物に転生した気分だ。


「あの子無茶苦茶可愛いんだけど?」「知らないの?最近この辺りでは話題になってるんだよ」「……いや、話題っていうか、あれ『前原仁』じゃない?」「だれ?それ」「スポ男くらい毎月確認しろ非国民が!」「今から買いに行くつもりだったもん……」


 駅前は流石に雑多な人が行き交うだけあって、身バレというのだろうか。俺の身分の特定までが早い。決して気分が悪いものではないが……居心地はやはり悪い。


「話しかけにいってよ!」「人違いだったらどうすんの!」「あんな美少年が他にいるか!」「これだから処女は……」「「お前もだろ!」」


 その後数十分ほど、俺は好奇の視線に晒された。


 せめてナンパにでも来てくれれば間が持ったが、なまじ遠目に眺めるだけなので延々に落ち着かない。衆人環視とはまさにこのことである。


「……」


 うーん、注目されるとはなんと肩身が狭いのだろう。鼻でもほじろうものなら悲鳴があがって噂が広がり、俺の人生詰みそう。いや、しないけどね。

 

 早く待ち合わせ場所に来てください恵令奈さん。

 1時間半前に来た自分のことは棚に上げて俺はそんなことを考える。


「……恵令奈さーん」


 ついつい心の中に留めていた願望が、実現したい気持ちが強く声という実体を伴って口から出てしまった。

 独り言なんて柄じゃないけど、窮地を脱したくてつい。


 俺が人知れずため息をつこうとした、その時。



「だ〜れだ」



「うわ!?」


 背後から突然何かに視界を遮られた。

 僅かに汗ばんだ、暖かな肌の感触。

 

 これは……手か。


 まさかリアルだ〜れだをしてしまう人がいるとは。

 これは声と状況からして……近藤恵令奈さんとみて間違いないだろう。声色からして女性であることは確定だ。

 前世で男友達にやられた時はイラっとしたものだが、女性にされるとなんというか、恋心が芽吹いてしまいそうである。


「恵令奈さん……ですか?」


「おっピンポンピンポーン!!」


 軽快な答え合わせと共に解放される俺の視界。すぐさま振り返り、久しぶりの恵令奈さんの姿を視認する。最後の邂逅が母さんとのデート時だからな。


 そこには、悪戯が成功した子供みたいに無邪気な笑顔を浮かべた茶髪ロングの美人さん。外見に似つかわしくないそんな笑顔も様になっていて、やはりこの人はとても綺麗だなとぼんやり思った。

 しかし、茶髪。茶髪か。前回は金髪だったと記憶しているんだけど、染髪したと考えて良いのだろうか。でも、茶髪もお似合いです恵令奈さん。


「え?だれあの女」「彼女……ってこと?」「……いやいや、ないでしょ」「……」「ない……よね?」「どうしよう、拉致る?」「やめなさいって」「見て。羨ましすぎて今の一瞬で10円ハゲできた」「「マジじゃん」」


 周囲が一層騒がしくなって来た頃、噂の当の本人が後ろ手を組みながら距離を詰めてきた。なんだろうか。



「恵令奈さーん……だっけ?」



 それはそれは心底愉快げに相好を崩しながら、先ほどの俺の言葉を繰り返してくる。もう本当に嬉しそうに。

 先刻の俺の呟きが聞こえていたようである。


「……それは、違うんです。周囲の視線が多くてですね……。変な意味じゃ、ないんですよ?」


 何故か分からないが、顔の熱が一気に高まるのが分かる。

 求めていた女性の名前を口に出したところを他でもないその女性が耳にしていた。ただそれだけの話なんだけど、どうしてこんなにも恥ずかしいのだろうか。


「そんなに私に会いたかったのかな?ねえ仁くん?」


 どうやら俺は今、絶賛窮地に立たされているようだ。

 由々しき事態だと言える。緊急である。屈しそうだ。

 こうして異性を手玉に取るような行為は、この世界に来てからというもの美少年である俺の専売特許とばかりに過信していたが、そうは問屋が卸さない。


「んん〜?」


 年上美人お姉さんににじり寄られるこの現状に尻込みしてしまう。陰キャを脱却しモテ男になった錯覚に溺れていたが、陰キャは所詮陰キャだったらしい。井の中の蛙だ。


「……い、いや、そういうのじゃなくてですね」


「じゃあどういうことなのかな?」


「えっと、周囲の視線に耐えられなかったので、早く来てくれないかなって……」


 俺は何とかそう絞り出した。これでこの猛攻も終了を告げるはずとそう信じて。

 しかし、現実は甘くなかった。経験豊富なお姉さんはそんなにヤワではないのだ。


「なるほどなるほど。つまり、私を求めていたということだね?」


 いや、言い方。確かにそう言えばそうなのかも、しれない。けれど、言い回しを変えるだけで違う意味に聞こえてしまう。間違ってはいないんだけども。


 俺はこの時初めて、年上のお姉さんには敵わないのだと悟った。

 今まで同年代とばかり接してきたから俺主導で物事を進めてこられたんだけど、事ここに至って初めてはっきりと主導権を握られている気がする。これがお姉さんパワー。


「……そういう、ことです」


 とどのつまり、こう言う選択肢しか俺には残されていない。逃げ道は全て封殺されているのだ。


「そっか!……ふふ、そっかそっか」


 俺の返答を聞いて、恵令奈さんは本当に嬉しそうに微笑んだ。さっきの悪戯っぽいものではなく、親からご褒美を貰った子供のような純粋なものに感じられた。


「ほ、ほら周りの人に注目されちゃってますし行きましょう?」


 主導権を握られている今がどうしても耐えられない。

 俺はハーレムを作るのだ。取り込まれるのではなく、取り込む気概で行かなければ、作り得ない。

 そう自身に喝を入れ直した俺は、流れを変えようと移動を切り出した。


「ん、そうだね行こっか。……ふふ」


 音符が幻視できるくらいにはご機嫌がよろしいご様子だ。

 このままでは年上パワーで敗北を喫してしまうぞ俺。さすれば、こちらから攻めるべし。


「じゃあ、デートなんで手でも繋ぎましょうか。はい、どうぞ」


 先導する恵玲奈さんに対して、そう言って俺は慣れてる様相で手を差し出す。実はこれっぽっちも慣れていないが。

 俺は受け身ではなく、こちらから積極的に行動に移すことにしたのだ。超美少年である俺が能動的に動いた場合、耐えられる女性は存在しない。たぶん。


「ん?あ、そうだね。はい」


 しかし、何ということだろう。

 恵令奈さんは、さも当たり前のように俺の手を取り柔らかく握り締め、余裕淡々といった雰囲気で歩き始めたのだ。


 馬鹿な。

 この人は超人か何かか?


 恵令奈さんの態度とは打って変わって、俺は内心焦っていた。

 全く動じないんだけど。

 男性経験豊富だったとかか?まずい、似非モテ男の俺のテクニックでは、本物を陥落させる事なんて夢のまた夢。


 しかし俺は諦めない。


「どこに向かってるんですか、恵令奈さん?お昼前だから昼食ですか?」


 俺は少し猫撫で声を意識しながら問いを発し、それと同時に素早く恋人繋ぎに移行した。さらに恵令奈さんの方に幅を寄せ、ピタリと体を付けた。セクハラじゃないぞ。デートなんだから許されるはずだ。


 周囲で俺たちを興味深そうに観察していた女性達から悲鳴が上がるが、背に腹は変えられない。お願いだから熱愛スクープとかしないで。


 前世ではこういった行為は、主に女性の方からやっていたというイメージがあるが、こっちの世界では逆に男性がしてあげると、女性がとても喜ぶと昨日ネットで見たのだ。


 ふ、これは勝った。


 貞操観念が違うこちらの世界で俺のような美少年に身体を密着されて正気を保っていられる女性など居るまい。


 そう結論づけた俺は勝ちを確信しながら、ヒールを履き少しだけ俺より背の高い恵令奈さんの顔をそっと覗き見る。

 恵令奈さんは―――



 ―――スマホをいじっていた。



「……」


 どうして。


 どうして俺という神秘の美少年とのデート中に平然とスマホを弄られるんですか恵令奈さん。猛者ですかそうですか。

 こう見えて希代の美少年弓士として話題沸騰中なんですよ?


「そうそうお昼ご飯食べに行こうと思ってね。あ、此処の先に美味しいレストランがあるみたい。そこに行こっか」


 昼食をとる場所をスマホで調べていたのか、恵令奈さんは爽やかな顔付きで俺の方に顔を向ける。本当に何にも動じていない様子である。


「……」


 こんなに思い通りに行かなかった人は、この世界にやって来てから初めてだ。絶対このデート中に攻略してやる。籠絡というやつだ。

 俺は闘志を燃え滾らせ、確かな決意を新たにした。


「……どしたの?そんな可愛い顔して」


 なんなんだこの人は……。もうこわい。



* * *



 10分ほど歩いて恵令奈さんの言っていたとあるレストランに着いた。店名は『ミュート』。チェーン店ではないみたいだ。

 辺りを見渡してみたところ建っている場所も大通りというわけではなく、それ程人通りは多くない。穴場的な立地なのだろうと予想できる。


 ちなみにここに着くまでに、体を擦り付けてみたり恵令奈さんの肩に頭を乗せてみたりしたけど反応はなかった。

 なんだろうこの言いようのない悔しさは。俺の男としての自信に傷がついた心持ちである。


「い、いらっしゃいませ。お客様何名様でしょうか?」


「2人です」


 俺を見て吃る店員さん。男である俺が答えようとしたのだが、即座に恵令奈さんが口を開いた。


「ではご案内致しますので少々お待ち下さい」


 店内はシックな音楽が流れており、とても落ち着けそうな空間となっていた。何時間でも勉強していたい。

 上品な木々で机や椅子は作られており、第一印象はオシャレ。こういうのはウッド調というんだっけな。


「お待たせしました。ご案内致します」


「はーい。じゃ行こっか仁くん」


 俺は果たしてこの人の余裕を崩すことが出来るのだろうか。

 今も、俺が座る椅子を少し引いて座りやすくエスコートしてくれている。何これ、紳士……というかもうカッコイイ。見習いたい。


「……ありがとうございます」


 自信を砕かれ、少し落ち込んだ俺は先程までの元気に陰りが出てしまった。

 まずい、今日の俺ダメダメだ。せっかくのデートなのに、これだから。


「……もしかして体調悪かった?大丈夫?ごめんね、今日はご飯だけ食べて帰ろっか?」


 しかし、恵令奈さんはこんな俺をとても心配してくれる。不安げな顔で俺の顔を覗き込む彼女を見つめ返すと、自分が如何に卑小な存在かを実感させられてしまう。

 この人は、泣きそうになるくらいに優しい。


「いえ、大丈夫です!恵令奈さんとのデート楽しみにしてたのに、こんな所で帰るわけにはいかないですよ」


 なんか、もう恵令奈さんに勝つとかどうでもいいや。

 俺だけ意味の分からないプライドを抱えて、勝負だのなんだのと勝手に意気込んで、デートに水を指していたことが恥ずかしくて仕方ない。

 俺は吹っ切れた。デートに集中しないと恵玲奈さんにも失礼だろうしね。


「そ、そう。じゃあ今日はいっぱい楽しもうね」


 彼女は、俺のすべてを包み込んでくれそうな笑顔をずっとしてくれる。年上の魅力ってこういうところを言うんだろうな。

 何事にも動じず、芯が通っている。そういう人は、全ての物事に本当に強いのだ。まやかしの強さを撒き散らす俺のようなやつは、この人を見習わなければならない。


「はい!」



* * *



 その後レストランで美味しい昼食をとった俺たちは、恵令奈さんの車で空が暗くなるまでドライブを楽しんだ。

 車なんて何処に、と思ったんだけど、どうやら駅の近くに停めてあったみたいだ。

 しかもとてもオシャレな車で、オープンカーに変形できるタイプのやつだった。リアルで見たのは初めてだったので年甲斐もなくテンションが上がってしまった。いや、実年齢は高校生か。

 車にはあまり詳しくないため、車種が不明なのが惜しいところだ。


 恵令奈さんとはドライブ中本当に色んなことを話した。


 彼女はある大手保険会社に勤めており、金髪に染めていることを上司に指摘されて茶髪に染めたこと。

 男性と遊んだ経験はたくさんあるけれど、結局お付き合いに至ったことは一度もないということ。

 逆に俺のことも色々話した。恵玲奈さんは月刊スポーツ男子は定期購読しており、俺の写真もきちんと目にしていたらしい。本当に驚いたと、笑いながら話していた。


 ドライブ自体は、ちょっとした観光名所に寄ったり、隠れた絶景スポットに行ったりと充実したものだった。移動手段の乏しい俺が普段行かない距離まで行ったからね。近辺の土地すらまだあんまり知らない状態だったし。


 オープンカーの形態で車を走らせている時、助手席でふと恵令奈さんに目を向けてみたら、意識を吸い寄せられてしまったことが一度だけあった。

 沈みかけた夕陽がまるで恵令奈さんを祝福するかのように爛々と照らし、そのなびく綺麗な長い茶髪が夕陽の光を反射してまるで女神みたいだった。


 壮麗で、彩色の調和がとれた奇跡のような一枚。同い年の少女ではない、年上の美女の魅力が最大限引き立っていた。


 これから先、あの瞬間を忘れることはないだろう。


「今日はありがとうございました」


「私もありがと。楽しかったよ〜」


 暗い中、男を1人で帰らせられないと力説されたので、俺は恵令奈さんに家の前まで送ってもらった。そして今、別れの挨拶と今日のお礼をしているところである。


「お代も全部出してもらってすみません……」


「いいよいいよ、こんな美少年と遊べたんだよ?それくらい安いよー」


 手をヒラヒラと振りながら、あっけらかんと言い放つ恵令奈さん。どんな時、どんな状態、どんな言葉であっても、この人には余裕がある。


「そうですか」


 自然と笑顔が漏れ出てしまった。

 この人の人柄に、在り方に、とても惹かれてしまう。俺自身どこかフワフワとした生き方をしているため、対比でより魅力的に見えるんだろうな。


 こんな素敵な人は、前世だと絶対に男が放っておかない。この世界の男は本当に見る目がないようだ。


「恵令奈さん」


「ん、どしたの?」


「……また、遊んでくれますか?」


 俺はこの人をもっと知りたいと思った。好みも、生い立ちも、夢も、何もかもまだ知らない。だから、知るためにまたデートがしたい。


「ふふ!いいよ〜。こんな美少年にお願いされちゃ断れないよね!」


 白い歯を見せながら笑う恵令奈さん。

 車のヘッドライトが逆光になって鮮明に視認はできないけど、とても愛らしい笑顔なんだろうなってことは分かる。


 俺がこちらの世界で出会ったどの女性とも違うタイプの彼女。次はどんな時間を俺にプレゼントしてくれるのだろうか。

 俺の一挙手一投足で狼狽える女の子たちは最高に可愛いけど、俺を狼狽えさせてくれる女性もまた違う意味で最高だ。


 ハーレムに不可欠な能力のうちの、新しい何かをくれる気がする。

 そんな期待を胸に、今日のデートは終わりを告げた。





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