第38話 月刊スポーツ男子発売





 雨上がり。

 爛々と輝く太陽の下、俺は少し濡れてテカテカと光を反射するアスファルトの地面を歩き本屋さんに向かっていた。

 今日は土曜日で部活の練習は午前のみであったため、午後からこうして出掛けているのだ。ちなみに明日日曜日はとある用事を組んでいる日だ。月曜日は祝日で休暇なので、ののちゃんのお願いを叶えてあげる日である。


 どうして俺が本屋さんに向かっているかというと、俺が掲載される『月刊スポーツ男子』の発売日が本日だからである。自分が載ってると考えただけで気分が高揚してしまう。


 俺が今向かっている本屋さんは客入りが多い大手の方ではなく、閑散とした商店街の少々お客さんが少ない方である。

 何でも聞くところによると、月刊スポーツ男子は毎月必ず即売り切れるという事なので、予約しておいたのだ。個人経営の店だと客層も限られているので予約枠いっぱいで売り切れという事態にはそうそうならないだろうという判断である。

 そうして今月刊スポーツ男子を受け取りに行ってるというわけだ。


 人通りがあまりなく少し物悲しい雰囲気の商店街を進む。


 一般的に、男はできるだけ1人で出歩かない方が良いと言われている。こういった人が少ない場所では尚更だな。何故なら察せると思うが、そういった行為は女性に襲われる危険性を高く孕んでいるからである。これは前世においての、若い女性にも同様の注意喚起ができるだろう。


 しかし俺はそこを敢えて孤高に突き進むのだ。外出する度に誰かを連れていかないといけないなんて窮屈で仕方がない。それにこの体のスペックを持ってすれば女性に襲われた所でいかようにも対応できるという自信もある。


 まあ正直この世界の女性はみんな美人である点は疑いようがないので、是非とも襲ってもらってかまわないと言いふらしたい所なのだが、残念ながら俺が襲われる事によって悲しむ女性たちがいるのだ。だから、それは看過できないのである。


 実際に俺は、幾度か女性たちからの襲撃を受けた。『このまま身を委ねたいなあ』なんていう下賎な欲が顔を出したが、其処は鋼の精神で耐え切り、優しく優しくあしらってお帰りいただいた。苦渋の選択だよ、本当に。


 美女たちから襲われるという素敵な体験を思い返して余韻に浸っていると、遠目にお目当の本屋さんが見えてきた。

 さらにその入り口の道路をほうきではく若い店員さんもいる。少し背の高めの女の子だ。


「こんにちは」


 とりあえず近付いて、背を向けている店員さんに話しかける。


「ほわちゃっ!?」


 驚かせてしまったみたいだ。

 彼女は、どこぞやの拳法使いみたいな声を上げた。


「あ、美少年……前原さん!この間はご予約ありがとうございました!例のブツのお受け取りですね!」


 ほうきをぽいっと放り投げて俺との話に興じてくれる店員さん。確かこの子は女子高生で、この本屋でアルバイトをしていると以前紹介を受けた。

 あとブツってなんだよ。


「ええ。予約しておいた本を受け取りに来ました」


「やはりそうだったんですね!ではご案内致しますので参りましょう!」


 店員さんは溌剌にそう告げて『ささ!こちらへ!』と腰を低くして俺を案内してくれる。なんだか下っ端のような物腰だが、気にするまい。


「よ、宜しくお願いします」


 お礼を述べつつ、スキップで移動する店員さんの後をついていく。自動ドアから入店すると、本屋さん特有のなんとも言えない香ばしい本の匂いがする。これは印刷されたインクの匂いなのか、紙の匂いなのか。

 俺、新品の本に顔を押し付けて思いっきり匂い嗅ぐの好きなんだよね。人にはあまり言えないんだけど。


「店長!美少年の来店です!ご予約を頂いた商品の準備を!」


 少し狭い店内を見渡してみても人を見つけられず、この店員さんだけなのかと思っていたのだが、どうやらカウンターの奥の部屋に店長さんがいるみたいだ。


『ガタタ』


 何やら慌ただしい雑音が店内に響く。出処は奥の部屋だ。何をしているかは不明だが、取り込み中だと悪いからちょっと待たせてもらおう。


『ガチャ』


 それから数十秒後、静かに木製の扉が開いた。何とも控えめな開け方だ。


「あ、あら。ご機嫌よう前原様。ご無沙汰しております」


 そして扉の隙間から顔を出したのは、かなり濃いめの化粧を施して、明るい髪の毛に凝ったウェーブがかかっている妙齢に見える美人さんだった。

 喋り方も何処か違和感を抱かないでもないが、上品にまとまっている。この人が店長というわけだ。


「……て、店長。その格好と喋り方は……?」


 店員さんは、そんな店長さんを目にして愕然とした様子で疑義を問い掛ける。

 衝撃をうけているようだ。


「……なんの、事かしら?」


「店長、美少年が来るからってそんなおめかしまでしちゃって……涙ぐましいです……!」


 一体どこから取り出したのか、ハンカチを目に当てながら泣く演技をし始める店員さん。

 俺が原因なのか……。なんだか申し訳なくなってしまうな。


「う、うるさいわね!予約した本を取りに来るのが今日なんだからちょっとくらい張り切ってもいいじゃない!」


 図星を突かれて動揺したのか、口調が変化した。こちら側が彼女の素ということなのだろうか。仮にそうだとしたら、着飾らない素の方が好みなので無理して演じなくていいんだけど。


「あっ、これは失礼致しました。オホホ」


 普段の自分に戻っていることに気付いたのか、店長さんは口に手を当てながらどこかのセレブマダムのような笑い方を披露する。

 なんというか痛々しい。


「店長さん、僕は先程の飾らない口調の方が好きですよ。どうか、自然体で接してはいただけませんか?その方が魅力的だと思います」


 俺なんかのために四六時中仮面を被る必要なんてないのだ。それに関係性のために無理をし続けると歪みが生じてしまい、いつか破綻する羽目になる。人間関係なんて、頭空っぽで接するくらいが丁度いい。

 だからフォローしておく。


「しゅ、しゅき!?み、みりょきゅてき!?」


「はい。ですから、口調はどうか自然体で」


「う、うふふ。好き……美少年が私の事好きか……むふふふ」


 なんだか少し勘違いさせてしまっているような気もするが、問題は無い。

 美少年や美少女なんて、思わせぶりな態度をとってなんぼだろう。たぶん。


「いいなあ……店長……」


 隣で指を加えながら何やら独り言を呟いている店員さん。

 とりあえず店長さんはこのまま復帰しなさそうだから、この人に商品の準備をしてもらおうかな。


「店員さん」


「きゃいっ!?ごめんなさいごめんなさい、私も好きって言って欲しいなあなんて考えて本当にごめんなさい」


 彼女はあたふたと両手を振りながら弁明する。そもそも別に店長さんにも好きと告白したわけではないんだけども。好きになるには接した時間が足りなさ過ぎる。

 まあ少なくとも女性として、という意味ではなく人としてという枕詞がつくのなら。


「僕は店員さんのことも好きですよ」


 ここらで1回モテ行動の秘技でも実践してみようと、指先で店員さんの鼻頭にツンと触れる。冷静に立ち返ってみれば鳥肌が立つような愚行だが、女の子にとっては効果覿面らしい。まあ絶世の美少女にされたと場面転換してみれば、分からなくもない感覚である。


「……ぎゅぼっ!?」


 店員さんは白目を剥いて立ち尽くした。これほど見事な白目は滅多にお目にかかれない。


「うふふふふふふふ」


「鼻……鼻が……美少年に鼻が……」


 不気味に笑い続ける店長さんと気を失いつつも幸せそうな顔で鼻が鼻がと言い続ける店員さん。何とも奇妙な空間に陥ってしまった。

 早く月刊スポーツ男子が欲しいな。




* * *




 数分後何とか元どおりになった2人から商品を受け取った俺は、今意気揚々と家への帰路へついている。

 濡れて光の反射で煌めいたアスファルトの道路は、既に干上がり元の様相を呈していた。


『す、すみません取り乱しました……。またのお越しをお待ちしております前原様。ところで結婚はいつになさいましょう?』


『前原さんって言うんですね。って事は将来私は前原という苗字になるという事ですか。子供は3人程でどうでしょう?奥方様は他にもおられると思いますので私はそれで我慢します』


 とは、先程の本屋の店長さんと店員さんの有難いお言葉である。

 何かとんでもない選択ミスを犯した気がするが気にしないが吉だろう。

 今は月刊スポーツ男子を早く読みたいのだ。気にしないったら気にしないぞ。


「ただいまーっと」


 今は家族のみんなは不在だが、誰もいない空間にとりあえず習慣の挨拶を飛ばす。頭で理解していてもそう簡単に習慣は抜けないのだ。


 俺はそのまま自室へと直行する。


「よし」


 逸る気持ちが抑えられず、少し乱雑に月刊スポーツ男子の保護フィルムを剥がしていく。

 表紙には『月刊スポーツ男子』と一面を占めるほどデカデカとプリントされており、野球、サッカー、バスケから剣道や弓道まで幅広くスポーツ男子を網羅していることが窺える謳い文句も書かれている。あと、記事掲載者の直筆サインが抽選でもれなく20名様にプレゼント、ともある。俺は20枚もサインを書いた記憶がないため、今月のスポーツ男子では20人の男の記事が載っているということなのだろう。


 また、数人の男子生徒の写真がバランスよく方々にプリントされており、それぞれのスポーツに合ったユニフォームに身を包んでいる。中でも俺の写真は中央寄りに大きく配置されており、今月号の目玉的存在なのだろうかと、少し調子に乗ってしまう。

 さて、表紙はこれくらいにして中身を見ていきますか。


 なんでも、この本の人気は他出版とは一線を画しているらしいからね。不動の地位を得ているそうだ。どんな内容なのか楽しみだ。


「俺のページは……あ、1ページ目だ」


 本全体のうち、どの辺りに俺の記事が掲載されているのかと探そうと思った瞬間のことだ。なんと巻頭カラーであった。

 俺が巻頭カラーを飾る日が来ようとは思いもよらなかった。

 思い起こせば、ライターの足立さんが俺の特集を組むとかなんとか言っていた気がする。そりゃ巻頭カラーだよね。


 俺の写真は、全部で4枚採用されているようだ。


 1枚目は、俺が弓道をしている正に最中の写真だが、かなり顔にズームアップしており1ページを贅沢に使用している。読者への掴みとして、顔という最大の要素をふんだんに盛り込んでいるのだろう。

 こうして第三者的立ち位置から落ち着いて観察すると、本当に綺麗な顔をしていると実感する。競技中であるため、引き締まった表情をしているのだが非の打ち所がない。


 2枚目は俺の袴姿の全体図だ。1枚目の顔に焦点を当てた写真とは違い全身をバランスよく枠に当てている。左手には弓、右手には矢を持っており、顔を何処と無く恥ずかしげに染めている。我ながらとても可愛いと思う。

 まあこれは決して恥ずかしかったわけではなく、この体勢の維持がとてつもなく辛かったというだけなのだけど。


 3枚目は俺が足立蘭あだちらんさんからインタビューを受けている時の写真だ。いつ撮ったのかは俺自身分からないが、ごく自然な表情をしている様に見える。どうしてもカメラを意識すると表情がぎこちなくなるからな。

 これはカメラマンの柊美鶴ひいらぎみつるさんの腕が良いのだろう。


 4枚目は……何の変哲もない俺が微笑んだ写真である。これは恐らく足立さんと美鶴さんとの別れ際で撮られた、あの神業写真だろう。友人と笑い合うように、恋人に笑いかけるように、ごく自然に破顔したのだ。


「……それにしても」


 この写真からは、抗いきれない魔性の魅力が滲み出ている。


 カメラ目線をした記憶はないが美鶴さんがきちんと俺の目線に合わせてシャッターを切ったのか、俺がまるでこの本を読んでいる人に直接微笑みかけているかのようだ。

 ただの紙に印刷されたインクだというのに、本当に紙一枚隔ててそこに居るかのような圧倒的な存在感。

 本人である俺でさえ、そう自己分析してしまうほどに異質な写真だ。


 これをこの世界の女性が目にしてしまったら一体どうなるのだろうという一抹の不安を抱きながら、俺は次のページへ移行する。

 そこには、


『「希代の美少年弓士」前原仁くん。今大会で見事優勝を果たした春蘭高校に所属する前原くんは12本の矢を全て的に的中させるなど凄まじい活躍を我々に見せつけてくれました。そんな溢れ出る才能を感じさせる前原くんですが、真に驚くのは弓道歴なのです。その弓道歴はなんと2ヶ月。わずかなその期間で前原くんは今大会の頂点へと至ってしまったのです。また……〜〜』


 という旨の記事が書かれている。

 うん、ここは結構真面目なんだよね。写真はともかく文面については、事前に確認させて貰って知っているからな。

 弓道歴を偽っている点には罪悪感を抱かざるを得ないがそこは許してほしいところだ。


 まあここまではいいんだ。問題は次のページだ。俺はそこから紙を1枚捲る。

 すると、


『「前原仁くんの恋愛事情!?素顔に迫る!」この企画は、前原くんの女性に対する考え方、捉え方を包み隠さず読者の皆様にお伝えしていこうという趣旨の企画です!実は、なんと!前原くんは女性に対して紳士的である性格で巷で有名なのです。その証拠として、同じ弓道部に所属する春蘭高校の女子生徒にインタビューをしてみたその記録をここに記載致しましょう。


女子生徒A「仁はとっても優しいんだよ!いつもニコニコしてて、頭を撫でて!ってお願いしたらすぐにナデナデしてくれるんだ〜えへへ」


女子生徒B「前原は素晴らしい男だ。あれほどの器を持ち得る人物は私は他に知らない」


女子生徒C「神ですか?神は尊大にして至高の存在。私ども愚民があの方を測ろうとすることすら烏滸おこがましい」


 との応えを頂きました!どうでしょう?さらにさらに……〜〜』


 あ〜うん、なんか話し方から本人の顔が透けて見えるようだ。編集者も、回答者たちの口調を統一するとかもうちょっとあったでしょうよ。これそのまんま載せちゃってるよ。


 俺の記事はその後も何ページも続き、結果的に本全体の5分の1ほどの分量を占めていた。今月掲載されている男子が20人ということを考慮すれば破格の待遇だといえる。

 それにしても、何ページにも渡って枠を埋められるくらいインタビューを何百問も答えてはいないのに『男に優しくして欲しい女の子の割合』『街角で聞いた理想の男性像』などのデータをあいだあいだに挟み込むことによって見事に引き伸ばしていた。

 

 それだけ月刊スポーツ男子の編集部が俺を推してくれていると受け取って良いのだろうか。

 しかし、こうも極端に持ち上げられると背中がむず痒い。それが俺の功績ではなく、生まれ持った容姿と、この世界の現状という生来の要因のおかげだから尚更だ。まあ悪い気分とかでは全然ないんだけども。


『〜〜……というわけで、これからの前原くんの活躍に期待したい』


 そう締め括られた最後の一文に目を通した俺は、再び最初のページへと戻る。大長編で、読み切るのに10数分かかってしまった。

 そして、性懲りも無く読み直しの作業を始めるのだった。


 べ、別に読みたいわけじゃないんだからね。



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