第34話 取材の始まり
「さて、いきますか」
そして次の日。
いつも通り登校し授業を受けた俺は今は部活へ行く準備をしていた。
SNS上で俺の動画が大きく出回り、情報が拡散されたとしても1日や2日ではそう生活が変化するものでもなかった。元々俺はこの街では名が通っていたし、今拡散されている地域の主体はここら近隣だからだ。
そういった経緯もありまだ問題なく日常生活を送れている。
「莉央ちゃん、美沙、またあとで!」
「はい仁くん。部活頑張ってください」
「うん。またな」
「聖也、また明日ね」
「おう。お互い部活頑張ろうぜ」
教室からの去り際に級友たちに一声掛けておく。挨拶は大切だ。これを怠ると関係に歪みが生まれてしまう。
印象を良くしたいなら、兎に角元気に挨拶なのだ。
「よし」
それに、今日の部活では月刊スポーツ男子の取材が来る手筈である。テンションをあげて行かなくてはならない。
実は、俺は取材を受けること自体が初めてというわけではない。前世でインターハイ3位を勝ち取った時に、地元の新聞社数社から受けた記憶がある。まあ経験者から言わせれば、それほど大した質問をされるわけではない。差し障りのないものが大半を占めるだろう。
しかしそこで萌芽するのが、この世界においての取材という特異な状況について疑念である。
恐らく、俺は純粋な競技者として取材を申し込まれたわけではない。アイドル的側面も多分に考慮されているのは確実だろう。足立さんが俺を『希代の美少年弓士』と銘打つことを宣言していた事実がその証左だろう。
故に、前世と同じ取材だとは考えない方が得策だ。経験がない未知の世界に足を踏み入れる緊張と、アイドル的扱いへの期待とで胸中は複雑である。
そんな錯綜した思いを抱えながら俺は弓道場へ向かった。
校舎から出て弓道場へ急ぎ足で向かっていると、弓道場への道すがらであろう右京部長らしき後ろ姿が視界に入った。
俺は駆け寄り声を掛ける。
「部長、こんにちは」
「ん、おぉ前原。今日取材っていうのはちゃんと覚えているか?」
「きちんと覚えてますよ。取材って具体的にどんなことをするんですかね」
「月刊スポーツ男子とやらは読んだことがないから分からないが、恐らく写真を撮ったり、インタビューをしたりということになるだろうな」
「なるほど」
右京部長と雑談を交わしながら弓道場へ向かう。写真とインタビューだけなら、前世とそう変わりないようにも思える。
うーん、結局取材を受けてみないことには判断がつかないな。
弓道場の前で右京部長と別れた俺は、隣接されている男子専用……というか俺専用の更衣室に行き、
普段は着替えの時間短縮のためジャージで練習しているのだが、今日は取材が来るということなので格好をつけて挑もうというわけである。
着替えを終え弓道場に入ると、すでに大半の部員たちが既に準備運動を始めていた。
更衣室で思ったより時間を取られてしまったみたいだ。昔から俺着替えるのに時間かかるんだよな。
「こんにちは!」
俺は1年で、それに途中入部の身であるため、いつも通り元気よくハキハキと声を出すことを意識して挨拶する。加えて性別が男にも関わらず半ば強引に入部したのだ。挨拶くらいはしっかりと行わなければならない。
「こんにちは前原きゅん!はぁ〜……今日もかっこいいなぁ」「この時のためにいつも頑張ってるんだよねー」「神の降臨で空気が澄んだ気がする……」「今日の毛髪採取係は誰?」「はい私です」「しっかり務めを果たすのよ」
部員のみんなの反応も通常運転で健在と。
最近弓道部の雰囲気にも馴染めてきて居心地が良くなってきた。喜ばしいことである。
変態に包囲された生活というのは本来なら苦痛ではあるが、それが可愛い子ならさほど気にするものでもない。
俺は、常日頃から吐いた息、落ちた毛髪、ちぎれた服の繊維、滴った汗、その他ありとあらゆるものをこの学校の女の子たちから採取されている。そう、変態だらけなのだ。
しかし、もう慣れてしまった。
「僕も図太くなったなあ」
しみじみと自分の順応性に浸る。人は環境が変わったとしても、何やかんや適応してしまう生き物なんだろうな。
「こんにちは〜失礼します」
すると、弓道場の入り口から声が聞こえてきた。
声の発信源に意識を傾けてみると、2人の人影が立っていることが分かった。
そのうちの1人は見覚えがある。小柄な体躯を持った隠し切れない小動物感、スポーツライターの
距離があるため顔の細部まで確認することは叶わないが、もう1人は恐らく俺の知り合いではないだろう。スレンダーな体型で身長は俺と同じくらいはあるだろうか。メガネをかけた女性で、カメラを首にかけている。
足立さんはライターだと聞いているため、もう1人はカメラマンの方なのだろう。……カメラウーマンと呼ぶべきなのか?そう言えば前世でカメラマンが女性だとしても、カメラマンという呼び名で通していたっけ。正式にはどうなんだろうね。
まあ、とにかく。ついに月刊スポーツ男子が取材に来たらしい。俺が道場へ着いてから間もなくの時間だった。遅刻しなくてよかった。
まずは部長がその2人に対応していて、何か話しているようだ。予定時間や大まかな内容などを簡単に説明しているのだろう。ああいうのは俺のような1年ではなく、3年に任せておけば良い。
数十秒後、話がひと段落したらしく、部長が2人を俺の元へ連れてきてくれた。
「前原、月刊スポーツ男子の方々が取材に来られた。こちらは君も知っていると思うがスポーツライターの足立蘭さん。そしてこちらの方はカメラマンの
部長が改めて2人を紹介してくれた。足立さんは今にも走り出しそうなくらい体を忙しなく揺らしながら目を輝かせて、こちらを見ている。落ち着きがない人だ。
そして、もう1人の柊さんは―――。
「……」
……無茶苦茶美人だ。
シャンプーのCMに出てきそうな漆黒の髪。
厳然とした眼差しはどこか芯が強いことを感じさせ、思わず物怖じしそうになる。
美人が多いこの世界でも間違いなく上位に食い込むほどの美貌だ。前世なら絶世の美女、傾国の美女と称されてもおかしくない。
テレビの向こう側のレッドカーペットを歩くハリウッド女優に抱く印象と似ている。
「今日はよろしくね前原君っ!」
「本日はよろしくお願い致します前原様」
足立さんと柊さんが頭を下げながら言う。
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
俺も彼女達に倣って、ぺこりと頭をさげる。
美鶴さんは綺麗だ。確かに綺麗なのだが、それ故にどこか近寄り難いという所感が拭えない。個人的な意見だが、完璧すぎる女の子は、仲良くなりたいというよりかは眺めていたいという思いが内心の多くを占めてしまう。
せめて、何か
「かっこいい前原君を今日はどんどん見せてもらうからねっ!」
「存分に堪能させていただきます前原様」
「は、はい。……堪能、ですか」
足立さんの言葉はすんなりと理解できるのだが、美鶴さんの言葉が判然としない。
堪能。堪能とは、何を意味するのだろうか。こと取材において、何で満ち足りるのか。
どこか釈然としないそんな疑問を抱きながら、いよいよ取材が始まった。
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