第33話 SNSのちから
まさか昨日の俺が撮られていたとはな。
いや、簡単に予期できた事態か。よくよく考えてみれば、寧ろ撮られていない方が不自然だ。あれだけの人数があの場にはいたのだ。撮られた動画も一つや二つではないかもしれないな。
俺は頭を掻きながら教室のドアを開ける。
「よ、どこ行ってたんだよ仁。昼飯食おうぜ」
すると目の前に、俺より頭一つ分ほど身長の高い男がいた。クラスメイトの大垣聖也だ。相変わらず大きい。
「あぁごめんね。ちょっと福岡先生に呼び出されちゃって」
「呼び出しって……一体何やらかしたんだよ」
俺と聖也は喋りながらいつも昼食を一緒に食べる俺の机へと向かう。俺は自分の席に、聖也は前の席に座るのだ。
「何もやってないよ。ただ、ね…」
「どうした?煮え切らないな」
「んー、実はね……」
席に着き、俺は取材を申し込まれた件や昨日の動画が拡散されている件など、凡その事のあらましについて説明した。聖也は真剣な顔付きで聞いてくれた。
「……ってことなんだ」
「……うぇえーマジかよ。確かに昨日は活躍したみたいなことを小耳にはさんだけどよ。取材に動画拡散か。これから大変になるんじゃねぇか?世間の仁の認知度が一気に高くなるぞ?むしろその容姿で今までそんなに高くなかったことの方が俺は驚きだったけどな」
「そうだよねぇ……」
有名になってしまうのもこの容姿で生まれ変わった俺の宿命とも言える。この体を持って生まれた以上『前原仁』のように引き篭るという選択肢をとらなければ、当然のように世間に騒がれてしまうのだ。
それは動画を拡散させた人が悪いという話ではなく、遅かれ早かれ似たような形で似たような境遇になっていただろう。男女比がおかしいこの世界で、それは避けようのない事態だ。
ただやはりハーレムを目指すという目標からしても、それは悪いことではない。
やはり今すべきなのは、対処法を考えつくことだな。
* * *
「あーなんか疲れた」
そして現在。
俺は今気だるげな全身を電車で揺らせながら帰路についていた。
お昼休みで気になる話をされたものだから、午後の授業や部活に参加するにあたって上の空状態であったことは否めない。
特に部活動の時間では、専ら他部員たちの話題は昨日の大会優勝の件や俺の動画が拡散されている件であった。
その日の的中率はいつもよりも心なし低いような気がした。まだまだ練習が足りないと、そう実感させられた。
そんな俺が乗車するのは、男性専用車両ではなく、もちろん一般車両である。比較的空いている時間帯なので、痴姦をされるような事態にはならないだろう。残念ながらね。
それにしても、多数の視線をひしひしと感じるのは日常なのだが、動画の事を考慮すると、不思議とその持つ意味合いが違う視線のような気がしてくる。
勿論それは気の所為でしかないんだろうけど、どうしても勘繰ってしまうものだ。一度思い込んでしまうと、特にね。
あといつもは莉央ちゃんと美沙と3人で帰ることが多いのだが、今朝同様2人には用事があるみたいなので、今日は俺1人で下校している。最近部活が忙しいみたいだ。
降りる駅に着き、俺は家へと向かう。
ふう、と息を吐きながら、
前世もそうだったが、俺はこういう1人の帰り道で空を見上げるのが好きだ。落ち着くのだ。
夕方に空を見上げれば、オレンジ色の世界が俺に落ち着きと安寧をもたらすような気がする。また夜の空を見上げれば、暗い世界に輝く星々がどうしようもなく圧倒的な存在に思えて、まるで足元が浮き上がっていくような不思議な感覚を感じられる。
「……」
この世界はゲームじゃない。
前世とは違う、男女比がおかしい奇異な異なる世界。そうであっても社会が存在し、人が生きている。すべてが俺の思い通りに進行して、すべての願いが成就するわけではないのだ。
そこを履き違えてはいけない。自重しないとは好き勝手にするという意味ではなく、本気で自由に生きるという意味を指す。
それを肝に銘じて、自重せずにこの世界を謳歌しよう。
そうして俺がすっかり感傷に浸りながら帰路をとぼとぼ歩いていると、少し前に見覚えのあるちびっ子3人衆の姿が目に入った。
片手で抱きしめられそうな小柄な少女達が並び歩く絵図は、愛らしい、という感想を持たざるを得ない。癒し枠のような存在だと言えるだろう。
声をかけてみようか。
「心愛、愛菜ちゃん、ののちゃん」
談笑にふける彼女たちの背後まで忍び寄り、至近距離からいきなり声をかけてみた。
「「「にょあ!?」」」
すると、3人衆は三者三様……ではなく三者一様に同じリアクションをしながらこちらに勢いよく振り返った。
息が合ってるね。長年の親友組だと聞いているし、体格も性格も波長が合っていると、リアクションまで似通ってしまうのかもしれない。
「あっ!?お兄ちゃん!」
「はえ!?おひ、お久しぶりっす!」
「あわわ……こんばんは!ボクびっくりしたよ……」
八重歯に加えて語尾が特殊な子、一人称に加えてアホ毛が特徴的な子。我が妹の交友関係は中々個性的である。
「こんばんは。3人とも今帰り?」
「そうだよ!お兄ちゃんも?」
「うん、僕も今帰りだよ」
「やった!お兄ちゃんと一緒に帰れる!」
心愛は天に拳を掲げる。
そう言ってくれるのは嬉しいが……。
「でも、愛菜ちゃんとののちゃんと帰ってたんじゃないの?僕がいると邪魔になっちゃうよ」
「愛菜ちゃんもののちゃんも別にお兄ちゃんいても大丈夫でしょ?ていうか、この前2人ともお兄ちゃんとまた会いたいって言ってたもんね〜?」
心愛がニヤニヤと口元を歪ませながら2人に言う。なんとも愉快気な雰囲気だ。
「……そう言うことは本人の前では言わないで欲しいっす」
「そ、そうだよ……心愛ちゃんのバカ!わぁあ…….」
そんな妹とは対照的に、2人は顔をトマトのように染めて顔を手で覆う。
いやまあ確かに俺が言うのもなんだけど、本人の前で暴露されるのは嫌だろう。この世界の女子は男性に飢えているとはいえ、全員が全員積極的というわけではないのだから。
しかし、俺はそんな2人を心から歓迎する。
「そうなんだね。ありがとう2人とも。そんな事を思ってくれててとても嬉しいよ」
少し屈み、目線の高さを合わせた上で微笑む。この3人の身長は150cm前後といったところだろう。小柄とは言え、まだ中学生。成長の余地はまだまだ残されている。
それに、女の子なんて身長が高ければ綺麗だし、身長が低ければ可愛いし、どんな身長であっても構わないのだ。
「「……ふぇ」」
そりゃ積極的に距離を詰めてくる女の子は勿論大好きだが、受け身で狼狽えてくれる女の子も当然のように好物である。
食べ物の味の濃淡と貴賎は決してイコールではない。大切なのは自身の好みと、質だ。
……女の子を食べ物に例えるのはどうかとも思うが。
「……むぅ」
そんなやり取りをしていると、蚊帳の外に置かれた心愛が頬を膨らませて拗ねてしまった。まだまだ子供っぽいというか、なんというか。
「僕も心愛と帰れてとても嬉しいよ。さ、帰ろう?」
「ふへへ……よし、帰ろう!」
心愛は、両手のひらで何度も手櫛をして髪型を整えると意気揚々と歩き出した。
我が妹ながら、扱いが簡単だと思ってしまう。将来悪い男に引っかからないかとても心配だ。
その後、4人で並び立ちながら雑談を交わす。俺だけ身長が飛び抜けているため、傍から見れば子供の引率者だろうな。実際俺の意識としても、心愛は当たり前として他の2人に対しても、女の子というよりかは妹のように感じている。
その時、おもむろにののちゃんがスマホを取り出した。
「あの、お兄さん」
「ん?どうしたの?」
「これなんですけど……」
そう言っておずおずとスマホの画面を見せてくる。どうやら何かの動画のようだ。動画、動画ね。ちょっとタイムリーすぎるな。
ののちゃんが画面をタッチすると、動画の再生が開始された。
「……」
そこに映っていたのは、やはり俺。紛う事なき俺。もれなく俺。どこまでも俺。
「これ今学校で話題なんですけど……お兄さんに似てたから心愛ちゃんに聞いたら、本人だって」
「あ!そうそう昨日のお兄ちゃんの勇姿がすごい勢いで広まってるんだよ!」
「それ私も見ましたっす。あり得ないくらいかっこよかったっすね〜。学校の友達から会ってみたいって言われちゃったっす」
「そ、そうなんだ」
まあ流石に近隣の交友関係中心に拡散されているか。あと数日もすればその垣根も消えて、全国的に広がってしまうかもしれないな。
ただ、この件についてはもう仕方がない。それに一日を費やして考え付いた案があるので、追々実践に向けて尽力していこうと思っている。
取り敢えず今は明日の取材だな。これをしくじるわけにはいかない。
今日寝不足になってしまい、肝心の取材の時に顔にクマを作ってしまったとか肌が荒れてしまったとか。そういった失敗は十分に有り得るし、最悪のパターンだ。
もう一度気合いを入れ直し、妹たちを横目に街道を突き進む。これからの生活に思いを馳せながら。
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