第30話 取材



 場所は喧騒が渦巻く選手控え室。


「ふぅ.....」


 人知れず俺は息を吐いた。


 この息には多様な意味が込められているが、最も比重を占めるのは安堵の感情だろう。優勝できたことは素直に喜ばしいと思うし、練習の成果が実ったことも嬉しい。

 ただ、それ以上に周囲からの期待に応えられた現実に心底ほっとしていた。家族たちは俺の活躍を心待ちにしていたようだし、右京部長からは全幅の信頼を寄せられていた。おまけに莉央ちゃんと美沙も招待した。


 ここで格好の悪い様を見せる訳にはいかなかったのだ。ハーレムのためにも、俺は完全無欠のイケメンで居続けなければならない。


 優勝の後には、右京部長やすみれ先輩を筆頭に『流石だ』と称賛を頂いた。俺はこの先もずっと『流石』を周りから引き出し続けたい。

 なんと言っても男だからね。女の子にはカッコつけたいところだ。



「こ、こんにちは!!そこの君、ちょっといいですか?」



 後片付けを終え帰宅の準備に差し掛かった頃、横合いから溌剌とした声を掛けられた。

 発声源に意識を向けてみると、小柄でラフな服に身を包んだ女性が輝く眼差しをこちらに送っていた。


「こんにちは。どうされました?」


 俺のファンなのだろうかと、イケメンならではの疑問を抱きつつ応対する。


「単刀直入に言うと、取材をさせていただきたいの!」


 しかし、俺が予想していた内容とは大きく逸れた嘆願が彼女からは為された。そしておそらくファンではない。


「取材……ですか?」


 俺は唐突な機会の参入に対して、自分の理解を促進させるために相手の言を反芻する。

 人生でそう経験することがなかったからだ。

 

「そう!是非!ぜひぜひ!させていただきたい!」


 この人の熱意が強く伝わってくる。余程取材したいと考えてくれているようだ。


 取材、取材ね。


 確かに前振りもなく訪れた依頼だが、前々からいつかはそういった類の案件がやって来るだろうなとは思っていた。

 聞けば、前原仁くんは中学まで外出の機会を殆ど持たず、学校に登校することもあまりなかったらしい。それゆえにこれほどまでの顔面偏差値を誇りながら、世間からの認知度は低かったのだ。

 しかし、そこで現れる俺というイレギュラー。俺こと前原仁は、過去の自分が押し込んでいた欲求を解放したように自由気ままに行動する。そうなれば自然とせき止められていた情報は氾濫し、世界に流れ出る。

 そこからの潮流は容易に予想できるというものだ。


「何の取材かお聞きしても?」


「あ、え、興味持ってくれた?」


「まあ話を聞いてから、ということになりますかね」


 別に取材くらいいくらでも受けるのだが念の為予め内容は確認しておきたい。リスク管理だ。


 俺がそう返事を返すと、ライターさん、でいいのだろうか。彼女は喜色に溢れた表情を浮かべた。


「あ、ありがとう!よかった〜。いつも大体は男の子に取材断られるものだから、今回も冷たくあしらわれるのかと……加えてこんな美少年だし……」


 あぁ、それで少し驚きの感情も混ざっていたのか。恐らく今までも当たって砕けろ方式で色んな男の子に取材を申し込んで来たんだろうな。涙ぐましい。


「それで、どのような取材ですか?」


「あ、ああごめんね?とりあえず、自己紹介からするね」


 そう言って名刺を手渡してくる。

 中々年季が入った名刺入れだな。


「……足立蘭あだちらんさん。スポーツライター?月刊スポーツ男子……」


 とりあえず確認の意味も込めて声に出して読んでみる。何処かのスポーツ雑誌の記者、という理解でいいんだろうか。月刊スポーツ男子という雑誌を耳にした記憶はないが、俺はまだこっちの世界に来てそう長くない。若しかしたら有名な会社なのかもしれない。


「はい!改めて、よろしく!スポーツライターの足立蘭だよ!うちの本はスポーツや武道を頑張るかっこいい男子を掲載させていただいてるんだよ」


「よろしくお願いします。前原仁です」


 じゃあ俺は弓道に関係する取材を受けることになるわけだな。


「さっそく本題なんだけど、前原君にはうちの本に載ってほしい!そして、私は君さえ良ければ特集を組ませてもらおうかと思ってるんだよ。『希代の美少年弓士』ってね」


 なにそれかっこいい。俺、もしかして希代?

 そういう別名みたいなのってかっこいいよね。足立さんからはそこはかとないネーミングセンスを感じる。


「もちろん謝礼は弾むし、前原くんの都合の悪いようなことも一切書かないよ!さっきの前原くんの試合を見させてもらってたんだけど、圧巻の一言だった!一瞬で惚れ込んで、こうしてお願いにきたってわけ!」


 なるほど。なんとも行動力がありますね。


「そ、それでどうかな?取材受けてくれるかな……?」


 足立さんは小動物的可愛らしさがある女性だ。抱き締めたくなると言い換えてもいい。こんな女性に上目遣いで懇願されると男なら断れないと思うが……。

 このお願いを聞き届けるにあたっては、ちょっと俺個人では完結できない可能性が高い。弓道の取材となると、当然俺が弓を引いている写真などを撮影することになるんだろうけど、その場合足立さんは春蘭高校に立ち入る必要がある。


「僕は全然構いませんが……1度学校側に確認を取らせて下さい。念の為足立さんの方からも学校の方にご連絡お願いします」


「学校から許可が降りたら、取材OKなんだよね!?」


「もちろんです」


「やった!ありがとね!インタビューとか写真撮影とか色々させてもらうよ!あと抽選の読者プレゼントでその景品を前原くんの直筆サインにするっていう計画を勝手に立ててるから、良かったら自分のサインのデザインを考えておいて!それじゃあね」


 こうして、事が決まれば名刺に記載された連絡先に連絡をいれる手筈にして、足立さんは去っていった。

 きっと学校からの許可は問題なく降りるだろう。そうすれば俺も晴れて雑誌デビューか。月刊スポーツ男子とやらの規模は不明だけど、できるだけ有名になりたいものだ。


 そうなれば、かわいい女の子たちと出会う機会も増えるだろうからね。

 目立つのは嫌いじゃない。


 俺は吊り上がる口角を腕で隠しながら、家族と莉央ちゃん、美沙が待ってくれているであろう武道館出入り口に向かった。

 サインの構想も練りつつね。



* * *



 さて、優勝校の一員として胸を張っていこうか。俺は誇らしげな達成感を携えて出入口へと続く通路を凱旋の如く踏み締める。


「うわあ……近くで見るとむちゃくちゃ美形じゃん……」「あんな殿方見たことありません……」「っていうか、あんな子私月刊スポーツ男子で見たことないんだけど?あれだけ美形なら取材くらいくるでしょ?」「なんか新入生らしいよ?」「「マジで!?」」「1年生で全て矢が的に的中か……」「ヨダレ出るね」「おい1年!彼が歩いた軌跡の残り香をこのビニール袋に保管しておいてくれ!」「「はい!」」


 当たり前なのだが、他校の弓道部や観客たちから好奇の目に晒されてしまった。

 会話の中身までは聞き取れないが、話題が俺という一点については察せられる。だって

怖いくらい見てくるもん。


 何となく俺は張っていた胸を心なし控えめにする。目立つのは嫌いじゃないが、高慢な態度だと捉えられるのは好ましくない。謙虚に、かと言って舐められない程度の温度感でいかないとな。


「でもさっき女の人に話しかけられてたよ?」「うんうん、ナンパとかじゃなかったっぽいから、もしかしたら取材とかインタビューだったのかも!」「お、じゃあ来月のスポーツ男子に載るかな?」「可能性は大いにある」「私帰りに予約しておこ」


 彼女たちはまだ俺について会話を巡らせているみたいだ。

 まさか、悪口とか言われてないよな?1年のくせに生意気だ、みたいな。念の為愛想を振り撒いておくか。

 笑顔だ。人間関係を円滑に保つには兎に角笑顔が有効だ。


「ちょ、今私に!私に微笑みを!ふ、ふふ……どうやら彼は私のことが気になっているようね」「はあ!?そんなわけないでしょ頭おかしいのあんた!子宮から人生やり直しなさいよ!」「「そうだそうだ!」」


 え、なんか言い争いが勃発してるんだけど。とてもじゃないが動向が掴めない。

 まあ今の様子を観察する感じ、特に俺の悪口を口にしている様子はないみたいだ。それなら良かった。可愛い女の子たちに嫌われてしまう事ほど悲しい事件はないからね。


 俺は髪の毛を引っ張り合うなどしてじゃれ合っている彼女たちを尻目に出入口から武道館を後にした。


 その後、家族と莉央ちゃん、美沙から素晴らしい労いの言葉の数々とたくさんの礼賛を頂戴することができた。

 どうにか身近な人達からの期待には無事応えられたみたいだ。


 俺は今回の大会に出場するにあたって、ただの部活大会という位置付けのみに目的を定めていたわけではない。

 勿論大会で優勝するという目標が最優先事項な点に誤りはない。ただ付随する効果として、俺の知名度上昇を期待していのだ。

 この大会は言うなれば前原仁にとって、衆目を集める初めての機会になり得る。だから、ハーレム計画に一石を投じる布石として、今回の大会だけはどうしても仕損じるわけにはいかなかった。


 その点に関して言えば、今回の成果としては上々も上々。最適解を出せたといっても過言ではない。

 それは周囲の他校生徒からの反応を見るに明らかだ。

 加えて取材の話が舞い込んできたのは棚から牡丹餅。今風は俺に吹いている。


 今日の大会を経て、俺の生活が一変することに疑いの余地はない。


「とりあえず、まず一手だ」


 総じて、本大会は大成功だった。

 そう心の底から言える。

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