第28話 大会の始まり




 大会の開会式を終えた俺は今春蘭の弓道部のみんなと競技者控え室に集まっているところである。

 周りに目をやれば、緊張した面持ちの人や目を瞑り精神統一に励む人、俺を見て発情している人などがいる。


 開会式の時に思ったが、男はほぼ出場していないようだった。参加人数は300人で60チームだ。一校から何チームも出場させることができるため、中々の大人数となっている。我が春蘭高校からも何チームか出ている。

 その全体出場者の中で男は数人といったところだった。


 まあ、男女比1:20の世界だからな。単純計算でも15人だし、そこから部活に入る人数に絞られ、更にこんな女子がひしめく会場に来ようって物好きな男って条件が付く。 俺1人じゃなかっただけマシといえる。


 あと式の時に観客席へ目を向けたが、俺の家族と莉央ちゃん、そして美沙はかなり打ち解けたようで親しげに話していた。うちの家族は俺至上主義みたいな所があるから、排他的に俺の女友達を敵視しないか心配していたのだ。しかし見た感じ、一先ずその点は安心していいだろう。


「気合入れていくぞ。春蘭ファイッ!」


「「オーッ!」」


 円陣を組んでいた俺たちは右京部長の掛け声に合わせて声をあげる。気合いが入りやすい優秀な儀式だ。


 うん、懐かしいなこの感覚。何故か涙が出そうだよおじさんは。こう、失った青春を取り戻しているようで感慨深い。学生のうちに青春を謳歌しておかないと後悔するぞと大人は言うけど、実際大人になってみないと本当の価値に気付かないもんだ。


 ちなみに円陣で俺の両隣に誰を配置するかで戦争が起きそうだったので、結局俺の一声で仲の良い右京部長とすみれ先輩ということになった。本番前にいざこざは勘弁願いたいからね。


「よろしく頼むぞエース。春蘭は毎年この大会では上位に食い込むものの、1度も優勝したことがないんだ。期待してるぞ」


 右京部長が清々しい笑顔で俺の肩を叩く。  彼女からの信頼は厚い。


「あ、あはは。精一杯やらせて頂きます」


「では5人の射る順番はいつも通り、前原、片岡、吉村、沢村、私の順で行くぞ」


「「はいっ!」」


 弓道は5人チームで1人ずつ、1本ずつ矢を射っていく。そうして5人全員が1本目を射終わったら、また最初の人に戻り2本目を射るといった感じだ。それを4本続ける。5人で計20本だ。


 チームのエースは大体、1人目か5人目に配置される事が多い。チームの最初の矢を『ビシッ』と決め勢いづけるのと、チームの最後の矢を『キチッ』と決め締めるのは大事だからな。所謂キーマンというやつだ。


 その後軽くウォーミングアップをして待つことしばらく、ついに春蘭高校の出番が回ってきた。うちは60チーム中42番目だったので、少し遅めである。緊張する時間も必然的に長くなってしまったが、それに体を慣らすという点では良かった。


 入場口の前で5人1列に並ぶ。みんな顔が強張っている。何度も道具を確認したり、落ち着きなく顔を動かしたりと、かなりの緊張が見て取れる。

 そして、かく言う俺も手が少し震えている。久しぶりの大会にビビってるのか俺。


 いや、違うな。

 美少女達に黄色い目線を向けられる未来を想像して歓喜で細胞が震えているのだ。待っててくれ皆、俺は顔だけじゃないってところを見せる。よし行くぞ。


 さて、久しぶりにあれをしますか。

 前世はよくしていたあれだ。


 まず息を細く小さく吐きながら、全身の力を抜き脱力。極限まで脱力。

 加えて頭を空っぽに。


『スーーーハーーー』と時間をたっぷり使い、ゆっくり深呼吸。軽く目を閉じて、ゆっくり5秒数える。


 1、2、3、4、5。


 双眸を緩やかに開く。

 真っ暗だった視界が、明るい白い世界に切り替わる。同時に、意識も切り替わる。さっきまでの俺を置き去りにする。


 うん、集中のスイッチが入った。


 体の震えが治まり、周りの音が消える。うん、悪くない。俺には今、的と美少女しか目に映らない。


 そう、これは俺のルーティン。小学生の頃から弓道を始め10年も歴があれば嫌でも身につくというもの。大会前は必ず行っていた。


 俺の人生は自慢できることなどないが、弓道だけは努力をしたと胸を張って言える。弓を持つ手が疲労骨折するまで練習した。弦を引く手が出血するまで矢を射続けた。体力が尽き倒れるほど毎日頑張った。それを、10年。なんでこんなに頑張ったのか自分でも分からない。だけど、俺は弓道に対して中途半端なことはしたくなかった。

 その、中高ともマネージャーが可愛かったとかはあんまり関係ない。うん、関係ない。俺はただ武道の真髄を極めようと高尚に努力を重ねたのだ。うん。


 こほん。


 つまり、今の動作によって、俺は大会用の集中状態に意図的に入る事が可能なのだ。トップアスリートなんかは皆出来るんじゃないかな。


 まあ中二病的に言えば今の俺は、


 "本気モード"というやつだ。


 うん、完璧にハマった。かなりいい感じ。

 今日の俺は、きっと良い。傍から見れば嘸かしカッコイイだろう。


 さあ、行こうか。美少女達の目に俺の勇姿を焼き付けるために。全身全霊を賭して、あの舞台に上がる。


 俺の順番は1番のため、入場するのも1番目。

 俺が入った瞬間、係員と観客が驚いたような気配を察知するが、残念ながら今俺は集中状態なのでよく分からない。分かるのは、今は的が良く見えるという事実と、係員も観客もみんな可愛いという真実だけである。


 俺たちのチームが的を射る位置に着く。


 心を穏やかにしていけ、波風を立てるな、まるである昼下がりの日にぼんやりと本を読んでいるような気持ちで、かと言って気を抜くのではなくある程度の緊張感は持つ。


 気楽と緊張という相反する感情のちょうどいい場所を探る。深く、深く気持ちを沈めて。

 そして的の中心を視線で穴を開けるほど凝視する。イメージを構築する。お前が放つ矢がそこに吸い込まれるイメージを。

 

 そして想像しろ。優勝して美少女達に持て囃される姿を。美女達に褒めそやされる

未来を。欲望を結果に繋げるのだ。


 俺はこの世界で、ハーレムを作るのだから。



 ……。


 …………。


 ……………いけ!



 俺は満を持して矢を放った。

 その矢に込められるのは、歪んだ、真っ直ぐな欲望。しかし矢は空間を切り裂くように、ただひたむきに飛ぶ。

 

 刮目せよ美少女達。

 ハーレム伝説の始まりだ。




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