第27話 大会の前に
あたしは今、県内の武道館に赴いている。
バスケ部員のあたしには無縁の場所だが何故来ているのかというと、仁がここの武道館で行われる弓道大会に出場するので、その応援のためだ。
仁は本当に不思議な人だ。あれだけの美しさを持ちながら、あたし達のような女にも優しくしてくれる。そんな仁に大会に誘われたんだ。来ないわけには行かないだろう。
「みさみさちゃん見てください!うわぁ、人がいっぱいですね〜。仁くんはどこでしょうか」
あたしの横で飛んだり跳ねたりしているのは神崎莉央である。親友だと言っていい。
そんな莉央は最近学校のアイドルである仁ととても仲睦まじく見える。毎日一緒に学校から帰っているそうだ。カップルみたいに。そう、カップルみたいに。
羨ましい。
「さ、あたしたちは観客席に行くよ。なんでも最前列に仁の家族の方たちが場所取りをしてくれてるらしい。私達が来ることは知ってるはずだから、挨拶してお邪魔しに行くよ」
「……なんだか緊張します」
会場の案内に従ってあたし達は無事観客席に着いた。
思ったより人が多い。階段状に設置された長い椅子はかなりのキャパシティがあるだろうが、それでももう既に座るスペースはかなり限られてしまっている状況だ。
えっと、仁の家族はどこだろう。
「お母さん、お兄ちゃんの勇姿を記録するためのカメラは準備した!?」
「ふふっばっちりだよ心愛ちゃん、任せて。ジンちゃんのかっこい〜い姿は映像媒体として世に残す必要があるんだから!帰ったら皆んなで鑑賞会しましょう!」
「さすがね母さん。あ〜早く仁でてこないかな」
……あれだな。最前列に一際声が大きい3人組の女性達。仁の家族だけあってみんな極上の美形だ。顔立ちも僅かながら面影が見て取れる。
「ふぅ……よ、よし行くよ莉央」
「は、はい!」
何故かすごく緊張する。一度息を吐き、全身の関節がガチガチに固まっている莉央を引き連れて仁の家族の元へ向かう。
「あの、すいません」
「それでねお兄ちゃんの
それまで楽しそうに話に興じていた美少女が、あたしが声をかけた瞬間眼光を鋭くしてこちらに目線をやる。
肉食獣に品定めをされている気分だ。
「あ、あたしは仁のクラスメイトの小野田美沙と言います」
「私は、仁くんのクラスメイトの神崎莉央と申します!仁くんにはいつもお世話になってます!」
意を決して自己紹介をぶつける。ここで怯んだらだめだ。踏ん張りどころだ。
「へぇ……あなたたちが。呼び方も『仁』に『仁くん』か。ふーん……」
「話は聞いてるよ。ジンちゃんと仲良いみたいだね、まあ立ち話もなんだし座りなよ」
仁の家族怖い。どちらも笑顔だけど目が笑ってないよ。腰掛けた瞬間に殺されるとかないよね?
「し、失礼します」
あたしと莉央は、なぜか仁の家族に挟まれる位置に着席する。促された席がここだったのだ。これは、決して逃がさないという意思表示なのかもしれない。
「あなたが莉央ちゃんかあ。よくお兄ちゃんが話題に出すんだよね。……へぇ綺麗な髪してるんだね」
1番年下の恐らく妹の心愛ちゃんが、無表情で莉央の髪を撫でながら囁く。
この子中学生だよね?迫力がもう老獪きわまってるんだけど。莉央なんかビクビクしてもう泣きそうじゃん!許してあげて!
「ふぁ、ふぁい!仁くんはこんな私にもとても優しくしてきゅれて、いっぱい良い人でしゅ!あんな素敵な男性、今後一切生まれ落ちることはないでしゅ!」
噛むし日本語おかしいし、莉央あんたやばいよ!しかもなんか言い回しが気持ち悪い!
「「「.....」」」
ご家族の皆さん無言やめて!莉央これやらかしちゃったんじゃないの?あたし達、こ、殺されるのか?
そう、あたしが莉央の醜態につい頭を抱えてしまい戦慄していると。
「あなた……」
「ふぁ、ふぁいっ!」
「わかってるじゃない!」
「……ほぇ?」
えっ?あたしたち殺されないのか?
多分仁の姉の茄林さんであろう方が上機嫌で莉央の背中を叩く。非常に快活な性格のようだ。
「そう、仁ほどの男なんてこれまでもこれから先も生まれないの。仁は奇跡の結晶。私達女の希望を凝縮させたのが、仁という天使よ。それが分かってるとはあなた中々見込みがあるわね」
「あ、ありがとうございます!」
なん...だと!?
どうやら、莉央が茄林さんに気に入られてしまったみたいだ。莉央がした、さっきの気持ちが悪い言い回しが琴線に触れたということなのだろう。
2人は仲睦まじく仁について語り始めた。そんな突然関係深まる?波長があったのかもしれない。
「それで、あなたが美沙さんね?」
仁のお母さんらしき人があたしに話題を振ってくる。もっとも見た目が若々しすぎてお母さんかどうかは定かではない。
いや!それよりも。
ついにあたしの番だ。ここだ。ここで受け答えを間違えると、莉央のように気に入ってもらえない。最悪追い返されてしまうかもしれない。
「は、はい。そうです」
「ジンちゃんのことについてどう思ってるのかな?」
いきなり核心をつくような問い掛け。
自分の喉からひゅっと空気が抜けた気がする。体が緊張状態へ切り替わったのだ。
欲を言うなら、仁の外見も内面も褒めまくって尚且つ息子さんに手は出しませんと、そう宣言して莉央みたいに気に入られたい。……気に入られたいけど、嘘をついても仕方ないだろうな。
正直に、いうしかない。
「それは……正直分からないです」
「……分からない?」
「はい。今までも男性は何人も見てきましたが、仁はどの男性とも全然違います。かっこいいし、紳士的で優しいし、笑顔をいつも向けてくれるし、何より一緒にいて心地良いです。あたしは仁を見てると何故か胸がキュンとしてしまうんですが、この感情が何なのか分かりません。愛情なのか友情なのか親情なのか。でも、他の男性では絶対に覚えない感情を仁に抱いてるのは確実です」
ふう。
少し長くなってしまったし、拙い部分はたくさんあるけど、取り敢えずひと息に言い切った。これが紛れもない本音だ。
「……なるほど、ね」
「……」
指を顎に当て何か思案するような仁のお母さん。まるで面接を受けている錯覚に陥ってしまう。実際そうなのかもしれない。母親として、最愛の息子に群がる女を査定しておきたいのは当然の感情だからだ。
「うん、あなたは良い子だね」
「え?」
仁のお母さんが聖母のような笑みを浮かべる。場違いながら、とてもきれいだと思った。
「ジンちゃんは男の子でしょ?ただ男の子ってだけで、自分のステータスの為に寄っていく女が良くいるんだよ。ましてやジンちゃんのあの美貌。女が寄ってこない方がおかしいよね」
「それは……そうですね」
耳が痛い話だ。
あたしだって仁に興味を持ったきっかけはそうかもしれない。でも今は違うと断言出来る。ちゃんと『美少年』という側面だけでなく彼個人としての側面にも魅力を感じているのだから。
「だから私はジンちゃんに『美少年だから』という理由だけで寄って来て媚びを売る女は絶対許さないけど、あなたみたいに『ジンちゃんだから』っていうあの子個人にも目を向けて想ってくれる人は許容しようと思っていたの。美沙ちゃんはその点、うん大丈夫だよ。子供の交友関係に口出しなんて何様なんだって思うかもしれないけど、私はあの子のお母さんだもん。それくらい大切に想ってるんだ」
「あ……」
それは正しく、直前にあたしが思い描いていた内容そのものだった。心を読まれているのではないかと邪推してしまうくらいには、類似点が濃い。
仁の家族は怖い人たちばかりかもしれないと、そう懐疑的に考えてしまっていたが決してそんなことはなかった。
この人は間違いなくあの人の、仁のお母さんだ。
お母さんだけじゃない。姉の茄林さんも妹の心愛ちゃんも、みんな仁のことをきちんと想って考えて行動してる。やっぱり仁の家族なんだ。
この人たちとはもっと仲良くなりたい。
そんな経緯がありつつ、緊張感に満ちたご家族からの品定めが終了した。
肩の荷がおりたあたしと莉央は、大会が始まるまで、仁の家族と会話を楽しむのだった。
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