第26話 弓道の大会




「大会……ですか?」


 俺はその日の部活後、右京部長から弓道大会について聞かされていた。

 部活終わりの雑談に周りの部員が興じている喧騒に包まれながら、運動終わりの汗を拭いつつ話に応じる。


「そうだ。前原はうちのレギュラーだからな」


 凛々しい瞳が俺を射抜く。

 そう、俺は先日レギュラーに昇格したのだ。ようやく脳内イメージが体に追いつき、著しくパフォーマンスが向上している。傍から見れば異常に成長する天才だと感じられるだろうな。ちなみに今の平均的中率は8割と少し、前世では9割5分だった。まだまだ上がりそうだ。


 弓道を知らない人からは、的に矢をあてるのは簡単だと思われがちだが、実はこれが結構難しい。弓道競技者の平均的中率は5割ほどではないだろうか?データ等は取っていないためただの勘にはなってしまうんだけど。


「うんうん!仁はむちゃくちゃ弓道上手いよね!もううちのエースだよ!」


 横から顔を出し、心底感心したように頷くのは片岡すみれ先輩。相変わらずチャーミーなポニーテールだが、驚いたことに彼女も我が高校のレギュラーである。普段のおちゃらけた様子からは想像出来ないが、俺と彼女以外のレギュラーは皆3年生だという点を鑑みれば、凄さが伝わるだろうか。

 メンバーは、右京部長、吉岡副部長、すみれ先輩、俺に、後は3年生の沢村先輩だ。

 弓道の団体戦は基本的に5人一組だからな。それぞれ4本ずつ矢を射って、合計20本での合計的中数を競うのだ。


「私達3年生にとっては残り少ない大会のうちの一つだ。頼んだぞエース」


 片岡すみれ先輩の言葉を借りて激励してくれる右京部長。こんな期待を寄せられれば、応えないわけにはいかないな。


「任せて下さい。優勝しましょう」


 俺は不敵な笑みを浮かべる。

 陰キャオタクの唯一誇れる特技だ自重はしないぞ。それにカッコイイところを美少女達に見てもらって、更にモテちゃったりなんかしちゃったりしちゃって。ぐへへ。

 俺はだらしない笑みを浮かべる。


 武士道精神を大切にしような。



* * *




 その日の帰り道、俺はいつも通り莉央ちゃんと、あと今日は何故かクラスメイトの小野田美沙と帰路についていた。

 何か言いたげに俺達を睨む彼女には、何やら訳がありそうだ。


「すいません仁くん。みさみさちゃんに部活帰りに捕まってしまいました……」


 申し訳なさそうにシュンと肩を落とす莉央ちゃん。ふむふむなるほど。美沙は教室での様子を見る限り莉央ちゃんとはかなり親しい間柄だろう。そんな愛しの彼女を俺に奪われて、美沙は恐らくご立腹なのだ。


「ふん、仁と2人きりの下校なんてさせるわけないだろ?あたしも混ぜてくれ!」


 それまでの険しい表情とは打って変わって輝くような笑顔で告げる美沙。

 俺の見立ては外れていた。どうやら彼女は俺に嫉妬しているのではなく、莉央ちゃんに嫉妬しているようだ。そう言えばこの前、美沙は俺と結婚した妄想に取り憑かれていた気がするな。それを加味すれば、今の状況にも頷けるというもの。


「莉央ちゃんがいいなら別に僕は大丈夫だよ」


「わ、私は仁くんと2人きりの方が……」


「ガルル……」


 莉央ちゃんの意見に、美沙が飢えた獣のような唸り声を被せる。その憎悪に満ちた顔、隙を見せれば首を噛みちぎられそうな白い歯、どれもこれもが人間の恐怖の根源を煽るおどろおどろしいものだと言えるだろう。


「あーでもなんだか3人で帰りたくなって来ちゃいました」


 莉央ちゃんは一筋の汗を垂らしながら、やけに棒読みで180度方向転換した意見を口にする。

 うん、この状態の美沙に抗うのは得策ではないだろう。俺は強くそう思う。


「そ、そういえばさ!来週末部活の大会があるんだけど、よかったら2人とも見にこない?」


「えっ!?見たいです見たいです!絶対見に行きます!」


 状況を打破する一手が必要だろうと考えた俺は、さっそく大会の話題を持ち出し話を逸らそうと策を弄する。そんな思惑を読み取ってくれたのか、莉央ちゃんが大袈裟にリアクションしてくれ、美沙の方をチラチラと見る。


「……部活って、弓道か?」


 ふう、よかった美沙が反応してくれた。

 あのままでは闇堕ちしてしまい、世界を滅ぼす悪魔と成り果てた彼女は、全てを破壊し尽くすまで憎悪の増大を止めることはなかっただろう。俺達はたった今世界を救ったのだ。


 ……とまあくだらない思考はさておき。


「うん、そうだよ。この間レギュラーになったから是非デビュー戦を見て欲しいと思ってさ」


「……ん、見に行く」


 まだご機嫌は斜めの様子だがどうやら来てくれるらしい。コクリと小さく頷く美沙の姿は、普段の溌剌な彼女とは対照的で、非常に儚げに見える。ギャップ感じるな。


 その後も、俺の部活や2人の部活など他愛のない話を交わしその日は別れた。

 美少女2人と道を往くのは悪くない……いや、とても気分の良い体験だった。なんて言うか『リア充』ってこういう現状の事なんだろうなってひしひしと実感してしまったよ。



* * *



「ただいま〜」


 一時の至福感に浸りながら、晴れ晴れとした形相で我が家の敷居を跨ぐ。は〜えがったえがった。


「おかえり仁」


「お兄ちゃんおかえり!!」


「おかえりジンちゃん」


 お!今日は3人が同時に迎えてくれるとは嬉しい。改めて見ると、やはり凄まじい程の美女美少女揃い踏みだな。目の保養だ。正に眼福というやつだ。


「来週末部活の大会があるからみんな見にこない?僕レギュラーになったんだよ」


 食卓を家族4人で囲む。各々の今日の出来事の話で盛り上がる中、頃合を見計らって俺はそう切り出した。


「……!そう……それは今から場所取りをしに行くしかないね」


「姉さん話聞いてた?来週末だから」


「レギュラーってすごいねお兄ちゃん!まあお兄ちゃんをレギュラーにしない部活なんて存在価値がなかったから、一安心だよ!」


「思想がなんか怖いね心愛」


「ぜ、絶対見に行くからね!ジンちゃんのはかま姿!はあはあ」


「母さん、息子に欲情しないで」


 うちの家族は果たして大丈夫だろうか?いつか俺を理由にテロとか起こしそうな危険因子の香りがして本気で怖いんだけど。危なっかしくて放っておけないな。俺が目を光らせないと。


 ビニールシートや望遠鏡、お弁当などの観戦グッズをせこせこと準備し始める姉さん。

 『チームの女たち、お兄ちゃんの足を引っ張ったらただじゃおかないから』と『ふんす』と鼻息を射出する心愛。

 『ジンちゃんのはがま……ぐへへ。ぐへへのへ』と涎を滝のように垂らす母さん。


 不安を感じずにはいられないこの光景に、俺は辟易と嘆息するのだった。



* * *



 そして1週間と少し練習を重ね、大会の日がやってきた。心身共にこの日に合わせて状態を高めており、今日が絶好調だと確信する。俺は必ずやカッコイイところを魅せ、世の女子たちを魅了するのだ。ふんす。


 最寄りの駅から、電車で1時間ほどの場所にある武道館で大会は行われるらしい。俺は弓道部のみんなと大会会場に来ていた。家族たちや、莉央ちゃん達は少し遅れてくる予定だ。俺達出場者はウォーミングアップや開会式があるからね。


「ぶふぉ!?何あの美少年、春蘭の部員なの?」「ま、まじで!?うらやましぃいいい」「……春蘭の女どもには絶対負けねえ」「あの子は私の心の的を射止めてしまったようだ。弓道だけに」


 他校の弓道部員達の声が聞こえる。嫉妬や憎悪に燃えたぎる者、羨望や驚愕で顔を染める者、薄ら寒いギャグをドヤ顔で披露する者など、反応は様々である。


 うーん、相変わらずの反応。陰キャオタクの俺と言えど、いい加減慣れてきたぜ。その対処法も習得している。我が校の部員たちも。集中したい時に周りが騒がしいのは嫌かろう。

 いいか、こういう時はな。


『にこっ』


「「ひゃっ!?」」


 必殺のエンジェルスマイルを発動させながら手を振ってあげたら、皆一様に赤面して沈黙するのだ。これは異世界にやってきてから身につけた生活の知恵である。


 まるでこの一帯を支配しているかのような全能感に包まれた俺は鼻高々に胸を張る。研鑽に励んできたこの技を『サイレント・スマイル』そう名付けることにしよう、そうしよう。


「前原くん、モテモテねぇ」


 そんな時、付き添いとして来ている顧問の福岡先生が肘でうりうりとつつきながら、からかってくる。


「みんな男の部員を珍しがってるだけでしょう」


 そこに俺の美貌が合わさっているのは知ってるがこれは言わない。謙遜は大事なことだ。人柄を判断する上で高慢な自信家は好印象は与えないからな。

 どれだけ高慢だろうともそれは表に露も出さない。それがプロだ。なんのプロかは知らないが、兎に角プロなのだ。


「……さて」


 久しぶりの大会だ。実に何年ぶりだろう。こういう時はクールに行けってな。弓道は精神状態が結果にダイレクトに繋がる競技だ。   心が乱れれば、それは敗北に直結する。他者に負けるのではない。己に敗けるのだ。


 幸い今日の体調は良好。モチベーションも高い。うん、いい感じ


 よし、行くか。

 

 感情渦巻くこの地を俺は1歩踏み出す。

 家族や部員、皆の期待に応えられるか。無様な姿を晒してしまえば幻滅されるかもしれない。愛想尽かされるかもしれない。

 しかし、そんな心配は俺の中に微塵も存在しない。


 俺はただ。



 美少女達に超カッコイイ姿を魅せたい、それだけを思って。

 いざ出陣。

 




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