第22話 莉央ちゃんとのデート 後編




 俺の前に並び立ついかにも遊んでそうな風貌の女子3人組。この世界の普通の男ならこんな女の子たち相手にしない事は向こうも重々承知のはずだけど……莉央ちゃんと親しげにいる俺を見ていけると踏んだか?


「すみません。ありがたいお誘いなのですが、今は別の子と遊んでますので。また、次の機会にでも」


 誘いに乗ってしまうのではないか、そういう不安を感じさせていた莉央ちゃんを肩に抱き寄せて堂々と言い切った。莉央ちゃんはとても嬉しそうに頬を緩ませている。

 安心して欲しい。流石の俺もデート中の女の子を放ったらかす程人間腐ってはいない。


「えっ?遊んでるってそこの地味な女と?君みたいな子とこの女は釣り合わないよ〜。私たちと遊んだ方が絶対楽しいって!」


「うんうん!えっちもそいつよりは上手いよ!」


 口々にそんなことを言う女の子達。なんだこいつら莉央ちゃんのことバカにしてんのか?自分の価値を示す時に、誰か他の人を落とす様な発言をする子とは仲良くなれる気がしないな。

 可愛いからって調子に乗るんじゃないぞ!可愛いからって!


「いえ、この子はとても素敵な子です。では失礼します。いこ、莉央ちゃん」


 今の少しのやり取りでもう分かった。この子達とはこれ以上会話をする価値はない。そう結論づけた俺は莉央ちゃんの手を取りその場を離れようとするが、


「おい待てよ!」


 そう言って莉央ちゃんの肩を掴む女の子。


 おい、しつこいな。もしかしてこいつら前世で言うところのDQNというやつか?これはまた厄介な連中に捕まってしまったみたいだ。俺の1番嫌いな人間だ。

 大して勉強もしてこず、常識すらもどっかへ落っことしてきてるタチの悪い奴ら。陰キャのDQN嫌いなめんな。


「お前みたいな芋くせえ女がこんな男と仲良くできるわけねぇだろ?どうやって脅して遊んでもらってるんだ?それとも金か?」


 女の子達の口調が乱暴なものに変わった。ようやく本性を出したってところか。

 というか何を言ってんだこの人達は。美少女だからと言ってどんな罵倒も許されるわけじゃないぞ。超えちゃいけないラインってものが、この世にはあるだろ?


 怯えたように、俺に縋るような目を向ける莉央ちゃん。


 ……ここまでだな。男として、女の子相手にはなるべく穏便に接したいし、手荒な真似もしたくない。でもそれは震える目の前の女の子を見捨てる理由には決してなり得ない。

 陰キャとかオタクとか、関係ない。

 男を動かすのはいつだって女の子にカッコつけたい時だろうが。


「あの、いい加減に……」


 莉央ちゃんの前に出て、女の子達を制止しようとしたその瞬間。


「なんか言えよおい!ブス!男の陰に隠れてきめぇんだよ!」


 1人の女の子がそう言って、莉央ちゃんを突き飛ばした。別に力いっぱいというわけではない、小突いたような威力。


「きゃ!!」


 短い悲鳴と共に尻餅をつく。


 俺はその間近の光景をスローモーションの世界で見ていた。


 何処か楽観していたのだ。自分の価値を知りながら、女の子をデートに誘った時点でこうしたトラブルも想定していなかったわけじゃない。

 それでも、前世では経験した事がなく、現実味がなかった。目の当たりにして漸く遅すぎる理解を得たのだ。そんな自分にも心底腹が立つ。

 そして何よりも莉央ちゃんに手を出した女達が。


「……」


 もう我慢なんてする必要は無い。

 大好きな女の子が怖がっていた。突き飛ばされた。

 俺は情けない。

 

 女の子は断じてコレクションじゃない。それでも俺はハーレム願望がある。だから、一人一人の女の子への思いやりは妥協しない。何人もの女の子がいるからといって、一人一人を蔑ろにするなら、俺は今すぐ死んだ方がいい。


 ハーレムを作るっていうのはそういうことだろうが。


 これは俺の八つ当たりで意趣返し。そこに莉央ちゃんの無念も加えて。


「……君、なにやってんの?」


 自然と低い声が出た。


 莉央ちゃんを突き飛ばした女の子の前に立つ。今俺はどんな目をしているのだろう。女の子がたじろいだのが分かった。


「な、なにって、君を脅してるそこのブスを……」


 何を思い上がってるんだこの子は。いつ俺が脅されていると言った。増長するのもいい加減にしてほしい。思慮が浅くて、愚かで、思いやりが無い。俺がもっとも忌避する性格だ。

 俺はハーレムを作りたいし、美少女は大好きだ。だとしても、この子達とこれ以上関わりたいと思う程俺は馬鹿じゃないし、安くない。


「目腐ってる?君より莉央の方が何万倍も可愛いよ?加えて性格が良くて魅力的。対して君はどう?ねえ、思い返してみて」


 女の子の顎を指で摘んでクイッと上げ、超至近距離で睨みながら言い切ってやる。


「軽はずみなナンパ、他者を貶める発言、浅慮な暴力。何が誇れる?いい?俺は莉央が大好きだ。だから、もう早く帰ってね。2度目はないよ?」


「……」


「い、いくよほら」


 俺に間近でキレられた女の子は呆然としていたが、あとの2人がその子を連れ慌てて去っていった。去り際に『イケメンに罵られるの……いいかも……』と呟いていたのはもう気にしない。


 ……はぁ。怒るのなんて何年ぶりだろうか。ましてや女の子にキレたことなんて初めてかもしれない。……まぁ後悔はしてないが。勢い余って莉央ちゃんも呼び捨てにしちゃった。


 急いで莉央ちゃんに駆け寄る。


「大丈夫?怪我はない?」


 そう言って手を差し出す。

 しまったな、先に莉央ちゃんの安否を確認するべきだった。こういう所だろうな、俺がモテない理由は。自分の感情を優先してしまう。ハーレムを作りたいなら、女の子最優先に思考を切り替えないとな。


「……は、はい。私は大丈夫です」


 莉央ちゃんは放心していたようだが、しっかりと俺の手を掴んで立ち上がる。無事なようで何よりだ。


「ありがとうございます……」


「ううん。俺のせいだから、ごめんね」


「い、いえそんなことは……」


「その気遣いが嬉しいよありがとう。デートとかって気分じゃなくなっちゃったね。残念だけど今日はもう帰ろうか」


「は、はい……」



* * ×



 俺たちはその後会話もなく無言で駅に向かった。莉央ちゃんは少し後ろを追従するように歩いていた。2人が地面を踏み鳴らす音しか聞こえない。


 うーん、怖がらせちゃったか?しょうがないけど、落ち込んでしまう。まぁさっきの出来事は俺が全面的に悪い。この子に非は1ミリもないのだ。申し訳ないことをしてしまった。

 と、気付けば駅に着いてしまった。


 なんとも後味の悪いデートになってしまった。これはまた日を改めて再挑戦かな。初デートがこれじゃあんまりだからな。


「じゃあ莉央ちゃん。また明日ね?今度改めてデートしよっか」


「……」


「莉央ちゃん?」


「……あ、あの!」


「うん?どうしたの?」


 莉央ちゃんは何かを言いかけるも口を開けたり閉じたりして不安そうにこちらを上目遣いで見つめるだけだ。

 何か伝えたい事がある。けれど言っていいものか迷っている。この子の心情が手に取るように分かるようだ。


 そうしてるうちに、彼女の目尻に少しだけ涙が溜まり始めた。どうしていいのか分からなくなったのだろう。


 ……本当にこの子は。仕方ないな。


 俺はこの子が、出会って間もないこの子が、どうしようもなく愛しく思えて、無意識に自然と抱き締めた。周りには人が沢山いるが構うものか。


「あ……」


「何も遠慮することないんだよ?言いたいことがあるなら言っていいよ。莉央ちゃんが思ってるより、俺は莉央ちゃんのこと好きだよ」


 莉央ちゃんの頭を慈しむように撫でながら、できるだけ優しい声音を心掛ける。遠慮はしないで欲しい。まだ出会った日は浅いが、俺はもうこの子を手放せない。好きなのだ。


 俺のその一言が功を奏したのか、莉央ちゃんがポツリポツリと話し出す。


「……ッ!わ、わたし……さっき仁くんが私のために怒ってくれたことが、う、嬉しくて……」


「うん」


「最初、あの女の子たちが来た時、私もうダメだって、仁くんはきっとこの可愛い女の子たちについていくんだって、そう思いました……」


「うん」


「でもっ!仁くんは、わ、わだしを素敵なごだって!お前らよりがわいいっで!性格もお前らよりいいっで!ぞう、言っでくれまじだ!」


 莉央ちゃんは泣きながら顔を俺の胸に埋めてそう叫ぶ。この吐き出し方は……今まで色々溜めてしまってたんだろうな。

 あまり溜め込むような性格の子じゃないと思い込んでいたが、そうではなかったみたいだ。俺は本当に見る目がないな。オタクだったせいだ。


「うん」


「わだじ!不安だったんでず!!仁ぐんにひどいこと、痴姦しだのに!笑って許してくれたげど、ぞれは演技で!心の中では、わだじのこと、気持ち悪いって!そう思っでるんじゃないかって!」


 そんなことを思わせてしまっていたとは、男して情けないぞ仁。もっと俺から好意を感じるような行動を心掛けるべきか?思わせぶりな態度というやつだ。


「うん」


「ぞれでも!仁ぐんと一緒にいられて、たのじくて!仁ぐんの優しさに甘えでるだけだど分かってても、だのしくで!でもそれが辛くて!今日のデートが終わったら、もう仁ぐんに話じかけるのはやめようって、そう思ってまじだ!」


「……うん」


 ええ。それは困る。

 俺はもう莉央ちゃんを手放せないというのに。俺の鈍感さが予想以上にこの子を苦しめていたらしい。何処までも救いようのないやつだ、俺。


「でも!!仁ぐんは、さっぎわだしのために怒ってくれまじだ!それがうれじくてうれじくで!もうどうじていいかわからなくなりまじた……」


 そう言って、俺の胸元から見上げる莉央ちゃん。端正な顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。それでも可愛いのは反則だと思う。



「教えて下さい仁くん……わだしは、一体どうしたら……ふぇ!?」



 もうこれ以上女の子が何かを言う必要は無い。俺は莉央ちゃんが言い終わる前に素早く顔を突き出し、ほんの一瞬だけ、ライトキスをした。

 言わずもがな、今世のファーストキスである。ちなみに前世を合わせたらファーストではない。本当だ。



「こうすればいいんじゃない?」



 俺はそう言って笑顔を作ろうとしたのだが……既に自然と頬が緩んでいた。そうか、自然に笑うって言うのはこういうことなのか。こっちに来てからみんなから好かれよう好かれようとして、常に笑顔を作っていたからな。

 ひどく久しぶりに笑った気がする。


「……ふぇ?」


「変な声でてるよ。莉央ちゃん」


「ふぇ?ふぇえええええ!?い、今のって、5、5人に1人しか人生で経験できないと言われるキ、キキキキス!?どうして!?」


 どうやら随分混乱しているようだ。無理もない。

 それにしてもキスが5人に1人って本当?まぁそもそものキスの相手が少ないしそんな感じになるか。ご丁寧に説明ありがとうございます。


「……な、なんでですか?わ、私は、仁くんに痴姦したんですよ?それなのに……」


「俺が莉央ちゃんのことが愛しく思えて、辛そうな莉央ちゃんを放っておけなかった。つまりそういうことだよ」


「……そう、ですか」


 顔を真っ赤にして俯く莉央ちゃん。スカートを皺が出来る程強く握りしめている。


「ごめんね。莉央ちゃんが辛い思いしてることに気づかなくて」


「っ!そんなこと!私は……」


「うん、分かってる。優しい莉央ちゃんなら僕の謝罪は受け取らないだろうね。ま、莉央ちゃんが痴姦のことを気にする必要はないんだよ。わかった?」


「……はい」


「うん、いい子。じゃあまたね?明日からはまた笑顔の莉央ちゃんが見たいな」


「……本当に……。はい、また明日です」


 莉央ちゃんは最後に飛び切りの笑顔を見せてくれた。

 うん、女の子はやっぱり笑顔が1番いいよね。


 こうして、紆余曲折を経て莉央ちゃんとの初めてのデートを終えた。

 キスの1件で周りが騒がしくなる前にさっさとトンズラしよう。


 それにしても、知り合って間もない女の子を抱き締めたりキスしたり、そういう行為は俺には不可能だと思っていた。キモがられたら嫌だし、通報されたら人生詰むし。

 そう、できないはずだった。


 異世界に来たせいで色々と昂っているのかもしれない。暴走しないように、自分の手綱をしっかり握っておかないとな。

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