第21話 莉央ちゃんとのデート 前編



 こんにちは俺だ。


 別に俺俺詐欺ではない、前原仁だ。異世界に来てはや1週間。今日は日曜日である。約束していた莉央ちゃんとのデートの日だ。


「じゃあ母さん、遊びに行ってくるよ」


 姉さんはお出かけ、心愛は部活でいないので唯一家に残る母さんに声をかける。ちなみに俺は部活は休みだ。基本的に日曜日に練習はなく、土曜日も午前のみという形式をとっている。我が春蘭高校弓道部は、ただ闇雲に量をこなすのではなく、短時間で集中して質を重視するのだ。というのは、部長の言である。


「……」


 母さんはというと、昨日の夜俺が女の子と遊びに行くと伝えた時から拗ねてしまいずっと口を尖らせている。何度見ても40歳を超えているようには到底思えない。

 そもそも、もうこの世界でも幾度となく所謂中年女性を目にしたが、漏れなく前世同様『おばさん』と読んで差し支えない容姿をしていた。それでも美人なのでおばさんという呼称が適切なのかどうかは分かりかねるが……。あ、決しておばさんを悪く言ってるわけじゃないからな。


 兎に角、この世界でもおばさんの歳なら、それ相応の容姿をしているのだ。それに比べて母さんはどうだ?……何度見ても若すぎる。可愛すぎる。

 最初は、この世界の女性はみんな実年齢よりも若々しく見えるのだろうと予測していた。だが違ったのだ。母さんが特別なのだ。

 母さんはやはりというかなんというか、紛うことなく超美少年前原仁の母親だ。それを強く実感させられる事実だった。


「か、母さん。何度も謝ったじゃん」


「……じゃあ行かないでよ」


「それはできないって言ったでしょ?」


「……」


 女の子がいっぱいいる飲み会に行こうとする彼氏を止めようとする彼女か。気持ちはわかるけどね。世話の焼ける母さんだ。


「じゃあ、今度母さんも僕とデートしよう?ね?」


「ッ!?ほ、本当?」


「本当だよ。母さんと僕が休みの日に、1日中たっぷりデートしようね」


「ふわ、ふわぁああ!わ、わかった、楽しみにしてるね!」


 ふう、なんとか機嫌を持ち直すことができたようだ。そうハーレムを作るならば、女の子全員の希望を叶えてあげる度量が必要不可欠なのだ。こちらからは何も与えず、相手からただ愛を享受する。そんな関係では長くは続かず、いつかは破綻してしまうだろう。

 母さんがハーレムに加わるわけじゃないけどね。ほら、俺はこの可愛い人が母さんという意識は希薄だけど、やっぱり肉体的には親子なわけだからさ。倫理的にどうよと思うわけです。


「うん!じゃあ行ってくるよ母さん」


「気をつけてね〜」


 こうして一悶着ありつつも家を出た。

 待ち合わせ場所である最寄りの駅に向かいながらここ数日にあった出来事を思い返してみる。


 まず、桐生会長に生徒会には加入できない旨を伝えた。会長は凄く残念そうに肩を落としていたが、入りたくなればいつでも言ってくれと胸を叩いていた。あの人は本当にいい人だよ。生徒会長が天職なんじゃないかな。


 次に部活。最初は新入生に混ざり同じメニューをこなしていたが、俺の筋が良すぎるあまり右京部長は経験者だと思い込んでいるようで、一昨日から先輩達に混ざって弓と矢を使った本格的な練習に移行した。この体では実際に弓道をしたことはないとはいえ、前世でのインターハイ三位の実力とこの体のスペックも相まっていきなりレギュラー陣と同等の的中率を出すことができた。もう少し練習を重ねれば、自分のイメージと体の動きの差が徐々に縮まり的中率はもっと上がるだろう。そんな俺の様子を見て先輩たちは顎が外れるほど驚いていたな。あれは壮観だった。



 うんうんと頷いていると待ち合わせ場所である駅前の広場が見えてきた。日曜日だからか、多くの人でごった返しているようだ。莉央ちゃんとは、人混みの丁度中心辺りに位置する時計塔の下で落ち合う予定だ。


 待ち合わせで女子を待たせる奴は男の風上にも置けないということで、待ち合わせ時間の1時間前に到着した。ふっ、この心遣いはこの世界の男子では真似できまい。俺は出来る男なのだ。


 そうしてドヤ顔をかましながら時計塔の下へ赴くと、そわそわと忙しなく歩き回っている黒髪ロングの女の子が1人。


 なん……だと?この俺が負けた?1時間前だぞ?さすがに早すぎないか?いやお前が言うなって感じだけども。どうやら俺は少々……いやかなり、この世界の女の子を見くびっていたみたいだな。


「り、莉央ちゃん!ごめん、待った!?」


 何故待ち合わせの1時間前に来てこのセリフを吐かなければいけないのか。名前を呼びながら小走りで近づくと、莉央ちゃんはこちらを見て嬉しそうに目を細めた。


「いえ、今来たとこです」


 うん、テンプレで返してくるな。この子わかってやがる。


「それにしても莉央ちゃん来るの早いね」


「男の子を待たせるわけにはいきませんから!」


 得意気に胸を叩く莉央ちゃん。

 ……なるほど、この世界ではそういう発想になるわけね。確かに男女比がおかしいからか、前世の男女観が通用しない時はある。かと言って全てを逆で考えればいいかと聞かれればそうもいかないのだ。男は守られるもの、女は守るもの。確かにそうなのだが、実際に力が強いのは男の方だ。貴重故に優遇されているが実の所守られる側の方が力強い。このある種の王の様な対偶が男の増長の一因となっていることは言うまでもないだろう。


「そっか、ありがとね。とりあえず移動しよっか。ご飯まだでしょ?どっか食べに行こうよ」


「は、はい!それなら私が考えていた店があるのでそこに行きませんか?」


「わかった、じゃあそこに行こっか」


「はいっ」


 ちなみに今の服装は、俺がスキニーパンツに灰色のシャツを着て、その上から白いリネンシャツを羽織っている感じ。アイテムとしてリングネックレスも首にかけている。

 莉央ちゃんは、シンプルな青いシャツにフレアスカート。あと最近流行っているウエストマークと呼ばれる、軽く腰にベルトを巻くようなファッションをしている。お洒落さんだな。こんな美男美女カップル、前世なら日本中探しても滅多にお目にかかれないぞ。……いや今世でも見られないか。


「そういえば、この間クラスの女子達に連行されてたけど大丈夫だったの?」


 毎度の如く周りから視線を浴びせられる。人とは不思議なもので、1週間もすれば慣れてしまう。その為周りの視線は殆ど気にせず、莉央ちゃんの横に並び歩きながら尋ねる。


「あぁ、奴らですか。ふふん、デートの日にちと場所をしつこく聞いてくるので1週間ずらした予定を教えてあげました!ざまあみやがれです!」


 してやったりと語る莉央ちゃん。そうかそれであの女子達から逃げ仰せたわけだな。しかし、これは黒い。でもそんな姿も可愛いよ。


「あっ、すみません私ったら。殿方を前に汚い言葉を使ってしまいました」


 ……殿方?


「全然大丈夫だよ」


「ありがとうございます。あっ、着きましたここです」


 顔を上げ、看板を確認する。着いたのは、『Blen』という名前の……何だろう、カフェかな?読み方はブレンっぽい。黒色で統一された外観は何処かシックな雰囲気を纏わせている。しゃれおつ。


「ここのパスタが美味しいらしいんですよ」


 大きく開放感があるガラス窓から店内を見やる。確かにお客さんが結構入っている。繁盛していることは間違いないみたいだ。


「では入りましょう仁くん」


 ドアを開け入店する。

 フワリと甘く、そしてどこかほろ苦い香りが鼻をつく。これは……ローズマリー?お洒落なお店は匂いからして違うな。


『カランカラン』


 控えめな入店音が俺たちを歓迎してくれる。

 そう、歓迎してくれたのだが。


「いらっしゃいま……せぇええええ!?」


 レジにいた店員さんは俺を見た瞬間奇妙な雄叫び、いや雌叫びをあげた。

 それに呼応するかのように十数人のお客さんもみんなこちらを見て固まっており、店内は物音1つしない不思議な空間に成り代わった。


「……」


 気まずいよ、とても。店員さんが再起してくれないとどうしていいか分からないじゃないか。そして、なんで莉央ちゃんは『うんうんその気持ちわかります』みたいな感じで頷いているんだ。一緒に打開策を考えようよ。    


 何これ、勝手に席についていい感じ?


「あ、あの」


 この雰囲気に耐え切れず彫像の如く固まるレジの店員さんに声をかけた。頼むから動いて。運転を見合わせないでくれ。


「……は、はい!?ご、ごめんなさい、決して男性器を凝視していたわけではありませんごめんなさい!」


 あぁ。初対面で男性器を注目されるのってこんな気分だったんだな。知りたくなかったよこんな気持ち。


「そ、そうですか。席に案内してもらってもいいですか?」


「は、はい畏まりました。……野郎共ぉ!天使様の入場だ!心して仕事にかかれぇ!」


「「は、はいっ!」」


 なんだこの店員さん威厳たっぷりだな。店長だったのか。


「で、では私がご案内します」


 そうして奥から別の店員さんが出てきた。レジにいた店員さんはニコニコしながらこちらを見ている。案内してくれるのはあなたではないのか。そうしてふとレジの店員さんの名札を見ると、『矢沢:アルバイト研修中』と書いてあった。


 矢沢、お前新人かよ。


 だから席案内を他の店員さんに任せたのかってか新人なのにさっき、『野郎共ぉ!』とか言ってたのこの人?他の店員さんも勢いよく返事するんじゃなくて何か反論しようよ。しかも、席案内すらまだできないって下手したら今日がバイト初日とかそういうレベルの新人じゃないか?


 まあ、その、お仕事頑張って。



* * *



 こうして食事を終えた俺たちは、その後カラオケやボーリング、ゲームセンターなどに行き、今ゲームセンターの横にあるベンチに腰掛けていた。


 Blenの料理は美味しかったし、莉央ちゃんは歌が上手かったです。ついでに俺も何故か前世よりかなり歌が上手くなっていた。この体の欠点本当に何処なんだ。今の所短所が存在しないんだけど。こんな完璧超人が実在するとはたまげたなぁ。それが俺だって言うんだからおったまげる。


「あ、この仁くんとても可愛いです!」


 今はゲームセンターで撮ったプリクラを2人で確認しながら盛り上がっている。俺も莉央ちゃんも、元々の顔が整い過ぎてるから、加工されて目が大き過ぎてバランスおかしくなってるんだよね……。でも莉央ちゃんは満足気だ。

 まぁこの子が楽しいならそれでいい。初めてのデートでしくじるわけには行かなかったからな。とりあえず一安心って所か。


 プリクラを見てはしゃぐ莉央ちゃんを微笑ましく眺めながら自らに及第点をつける。ベンチの背もたれに背を預けつつ、これからの予定に思考を巡らせる。

 その時。


「ねぇそこの君、こんにちは。無茶苦茶イケメンだね。私達と遊び、どう?奢るよ?」


 そう言って目の前に3人の美少女が現れた。

 ケバい。第一印象はケバい。まぁそれでも美少女である事は疑いようがないんだけどね。濃い化粧で年齢はよく分からないけど、そう大して俺と離れていないことは間違いない。


 これは、そう。……ナンパだ。

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