第19話 弓道部

 なんとか右京部長に入部を許可してもらった俺は、今、福岡先生と右京部長について歩いているところだ。会話らしい会話もない2人の半歩後ろを追従するように歩く俺の胸中とは、


 恥ずかしい。何を口走ってるんだ俺は。生きるとか死ぬとか、部活の入部理由で何言ってるんだマジで。右京部長と福岡先生、絶対理解不能だったでしょ。ヤバいやつだと思われたかもしれん。


 あの時、俺は前世のこと、車に轢かれ死んだ瞬間のこと、こっちに来てから自重しないと誓ったことを思い出していた。するとなぜか気分が昂ぶってあんなことを口走っていたのだ。

 早口オタクみたいだ。これだからオタクは。


 俺は顔を両手で隠しながら、指の隙間からチラッと前を伺ってみると、ニヤニヤ嫌味ったらしい笑みを浮かべる福岡先生と目が合った。……どうやら細かい事情は分からないにせよ、俺が圧倒的な羞恥を感じているという大まかな心情は察しているようだ。


 先生が歩く速度を落とし俺の隣に並び小声で話しかけてくる。


「(いやぁ、素晴らしい演説だったわよ前原くん。まるで物語の主人公みたいだったわ)」


 からかうようにそう呟いてくる。

 何となくこの人の為人の輪郭が見えてきた気がする。俺の容姿に怯んでいたのは所謂初見殺しにすぎなかったのだ。こうして、あたかも小学生男児が好きな女子に嫌がらせをしてしまうが如く、ちょっかいを掛けてくるのが素の性格というわけだな。

 んー、美人女教師にからかわれる人生か……。悪くないな。


「(ほっといてください。決して嘘を言ったつもりはありませんが、内容はともかく口に出した事は本意じゃないんです)」


 そうしてコソコソと意地悪先生と言い合いしていると、前を歩く右京部長がこちらに振り返った。


「そろそろ弓道場につくぞ……ってなに話してるんだ?」


 どうやら弓道場につきそうなことを報告してくれたらしいが、俺と先生が小声で話してるのを見て訝しんでしまったようだ。おい、先生のせいだぞおら。


「い、いえ何でもありません」


「そうか?じゃあついてきてくれ。部員達の元へ案内しよう」


 なんとか誤魔化せたようだ。

 咎めるように福岡先生を睨んでおく。さっきの黒歴史はお願いだから封印させてくれ。厨二病だとか思われたくない。一度死を体験したからこそのあの言葉なのだ。誰も信じてはくれないだろうけど。


 あと先生は俺に睨まれた時にビクビク震えながら頬を赤らめるのやめろ。年下男子に邪険に扱われたい性癖でもあるのか?


 弓道場の入り口から中に入る。おっと、一礼と。ペコッと上座に向かって頭を下げる。弓道場に入る時は一礼する必要があるのだ。弓道場というか、武道場かな?俺は剣道の方も嗜んでいた時期があったのだが、剣道場でも一礼の必要があったからな。そう、何を隠そう俺は武道を極めし者だ。……すみません、別に極めてないです。どちらも一応資格としては有段者だけどね。


「へぇ、前原は経験者なのか?」


「あ、あはは」


 右京部長に探るような目を向けられたので曖昧に笑い返しておく。ここで詮索でもされたら説明できない。俺は黙秘権を行使するぞ。黙秘権は憲法で定められた歴とした権利なんだぞ。


 内心ビクビクしていると、弓道部の部員たちが俺を見て動揺しているのが分かった。まあ疑問や驚愕はそら出るだろうな。不可避というやつだ。


「みんなすまん!少し練習を止めて、整列してくれ!」


 右京部長がみんなに声を掛ける。


「「はい!」」


 そしてそれに返すは、元気の良い部員たちの返事。

 いいね、春蘭高校の弓道部の強さは分からないが、そこそこ強いんじゃないか?部活経験者なら共感してくれる人もいるだろうが、強豪校は普段の返事や掛け声からして他校とは違うのだ。迫力というか凄みというか。独特のものを感じる。それを今感じた。


 部員たちが素早く4人ずつ5列の体系に整列した。

 普段からこの体系なのだろうか。


 俺は促されるまま、福岡先生と部長と共に、部員達の前に立つ。この位置からだと、みんな俺をこれでもかと凝視しているのがよく分かる。なんか怖い。肉食動物の前にぶら下げられた草食動物の気分だ。


「みんなに紹介したい。新たな新入部員だ」


「は、初めまして1年の前原仁と申します。この度弓道部に入部することになりました。よろしくお願いします」


 さて、部員の人達はどんな反応を見せるだろうか。男が入部してくるのだ。流石に無反応というのは考えにくい。歓喜、驚愕、疑問。困惑、憂鬱、不安。予想は立てられるが……。果たして。



「「……」」


「「えっ?」」


「ええっ!?」「ちょ、あれって噂の天使だよね?」「はうっ胸が苦しい。何故だ」「なぜ弓道部に……むちゃくちゃ嬉しいんだが?」「はかま!美少年の袴が見られる!」「マジか!わたしテンション上がってきたっ!」「神のご降臨だ!控えよ!豚ども!」


 ふう、どうやら概ね俺の入部には好意的なようだ。マイナスな感情を表に出している人は1人も居ない。少し緊張してたのがバカみたい。っていうか俺を神と呼ぶ人、弓道部だったんだね。ご無沙汰してます。


「静かに!」


 しかし部員達の喧騒も玉響たまゆら

 部長の一声でその場が一瞬で静まる。

 鶴の一声と言うやつだ。……いや、ちょっと意味合いが違うか。まあ、威厳ある一声という事だ。


「前原が入部するにあたって、いくつかいっておくことがある。まず1つ目、部員制限をすることにした。前原が入部した今、これからどんどん入部希望者が増えるだろう。そのほとんどは前原目当てだ。これは私がきちんと面接を行い、本当に弓道がしたいのか、ただの前原目当てなのか見極める。2つ目、部員以外の弓道場の立ち入りの禁止をする。恐らく部員外の生徒が練習中に前原を一目見ようとこぞってやってくるだろう。そうなれば練習に集中できなくなる。そのための措置だ。3つ目、男が入って来たからといって浮かれるな。むしろこれまでより気を引き締めて練習するように。以上だ!」


「「はい!」」


 む、やはりかなりの迷惑をかけてしまうようだ。必要な対処なのだろうと理解してはいるが、それでも負い目は感じてしまう。自重しないとは決めているものの、迷惑をかけまくっていいというわけでは決してないのだから。


 ここは、きちんと謝罪はしておくべきだろう。これからの交友関係を円滑に進めるためにも。


「すみません、ご迷惑をおかけしますがこれからお世話になります!」


「全然いいよぉ」「ふ、ふへへ」「練習頑張ったら前原きゅんからご褒美とかあるのかな?」「「!?」」「私、練習倍に増やそうかな」「弓道は精神の安定が何より重要。前原きゅんを私の精神的支柱にしよう」「あ、そこ!前原きゅんの髪の毛落ちてる!早急に採取して崇めよ!」


 うんうん、弓道において精神の安定は不可欠だよね。精神状態によってパフォーマンスの出来が180度変わると思ってもいい。それだけメンタルが大切な武道なのだ。支柱が俺というのが頂けないけど。


 最後の人は……うん。なんか見た事あるね。


 って片岡先輩じゃない?

 そうか……忘れてたけどあの人弓道部って聞いたなそういえば。これからよろしくお願いしますね。


 こうして俺は歓迎されつつ弓道部に無事入部したのだった。初手の感触としては上々と言えるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る