第18話 私は男が苦手だった

 

「集合!!」



「「はい!!!」」


 うん、良い返事だ。よく声が出ている。

 素早く正確に集まり、整列する部員を見て、私は満足気に頷く。


 私の名前は右京雫うきょうしずく。春蘭高校の弓道部で部長をしている。うちの弓道部はそこそこの強豪で、練習は厳しいが、みんな精を出して頑張っている。弱っちい男子ではそうはいかないだろうがな。


 今の発言からも分かる通り、私は男という生き物が苦手だ。なぜ奴らは数が少ないというだけで偉そうにできるのだろうか。自分が偉いと勘違いしているのか。ただ話し掛けるだけで、やれ気持ち悪いだの近付くなだの。女子がみんながみんな下心で男子に話し掛けてるとでも思っているのか奴らは。他にも細々とした要素があるが、以上が、私が男子が苦手な主な理由だ。


 先日、2年生の後輩である片岡すみれがこの世の物とは思えないほどの整った容姿をした男子に喋りかけられたと言っていた。しかも礼儀正しかったとも。

 ふん、あり得ん。そんな男がいるわけがない。大方、妄想の類かはたまたただのハッタリか。しかし、片岡はハッタリなどは言わないやつだ。もしかしたら幻覚を見るくらい疲れが溜まっていたのかもな。

 少しあいつだけ練習メニュー優しくするかな。


 私は今日も練習に打ち込む。


「さあ!次は3人で1チームを組んで!的中数の合計はノートにきっちり記入しておくこと!」


「「はい!!」」


 私は部員たちにそう指示を出す。うちの弓道部の部員は20人。3人一組だと2人余りがでてしまうため、自分で言うのもアレだが、実力が高めの部長の私と副部長の吉岡は指導に回る。顧問の福岡先生は弓道の未経験者なので指導はできないため、先輩が後輩に教える形をとっている。だから、顧問の福岡先生が部活に来ることはあまりない。

 そう、あまりないはずなんだが。


 どうやら今日は何故か来たようだ。弓道場の入り口からこちらに向かってくる福岡先生が目に入った。何か用事だろうか。


「吉岡、ちょっとみんなのこと見といてくれ」


 そう言い残した私は、弓道場に入ってきた先生の元へ足早に向かう。


「福岡先生、こんにちは。何かご用事ですか?」


「こんにちは。ええ、練習中申し訳ないけど、少し私についてきてくれるかしら?用事の内容は歩きながら話すわ」


「わかりました」


 やはり何事かあるみたいだ。態々部長の私を連れ出す程だ、余程大切なことなのだろう。

 吉岡に後の練習メニューを任せ、私は先生と共に弓道場を出る。


「それで、先生。用事とは一体?」


 私は福岡先生の隣に並び歩きながら改めて尋ねた。


「実はね、ある男の子が弓道部に入部したいと言っているのよ」


「男……ですか」


 新入部員が来るのは嬉しいがよりにもよって男か。男が部活に入ってくると正直言って色々面倒だ。部員の士気向上などの利点もあるが……生憎私は男が苦手だ。私にとってはなんの利点もない。


「それで、今はその男のところへ向かっているというわけですか」


 私は軽く嘆息しながら先生に言う。先生には申し訳ない言い草になるが、こんな無駄な事の為に練習を抜けてきたのか私は。その男もどうせ本気で取り組む気もないくせに興味本位で入部したいと喚いているのだろう。


「あなたが男を苦手としているのは分かっているわ。でも今回の男の子は他の男とは全然違うのよ。優しく、礼儀正しい、とてもいい子よ。少なくとも外面はね」


 ……またか。先生も片岡と似たようなことを言う。まさか、本当に存在するのか。片岡のいう男と今回入部希望の男は同一人物なのか。そう言えば、かなりの美少年が1年に居るという噂を今日の昼休みに聞いたな。もしかしてそいつか?


 そんな思考をぐるぐると展開していると、どうやら目的地に着いたようだ。

 ここは……1年1組の教室か。どうやら私の予想もあながち的外れという訳では無いらしい。


「さ、入るわよ」


 『ガラガラ』とドアを開けて福岡先生が教室に入る。私もそれに続く。

 さあ、噂の美少年。真実かどうか私に見せてみろ。お前のためにわざわざ練習を抜けてきたんだ。生意気な奴ならどうなるか分かっているんだろうな。ここはやはり上級生の凄みを見せてビシッと……。

 

 そう奮起しながら視線を巡らせて、窓際に立つ人間に焦点があたった。その人間……男と目を交わした瞬間に直前の私の意気込みは。


「……」



 綺麗……。



 自然と頭に浮かべたその言葉で掻き消されてしまった。


 開いた窓から吹き込む風で優雅になびく先だけ銀色の黒髪、こちらを見つめる決意のこもった眼差しには白光が反射している。加えて異常な程整った容姿。人間じゃない。

 そして何よりも雰囲気が異様だ。まるでこの者だけ次元が違う、世界の理から外れているような、そんな不思議な感覚を覚える。


 時が止まったと、そう錯覚した。


「……きょう、右京」


「はっ?す、すみません。少し驚いてしまって」


 福岡先生に呼ばれていたことに気づき、慌てて返事をする。まずい、完全に今あの男に取り込まれていた。我を失っていた。


「まあ、無理もないわね。私も最初は驚いたものよ」


 やはりあの美しさは人類共通なのか、恐ろしい。私が戦慄していると、男が立ち上がった。


「お呼び立てして申し訳ありません。初めまして、1年の前原仁と申します。弓道部に入部したいと考えています。よろしくお願いします」


 男の子、前原はそうして一礼する。その姿もどこか様になっていて困惑しか感じない。


 一体何なのだこいつは。桐生に初めて出会った時くらいの衝撃……いや、それ以上か。桐生も男にしては珍しく話が出来るやつだ。前原はあいつと同じ人種だと考えていいだろう。極稀だが、こういう奴がいるのだ。


「あ、ああ。かまわないさ。私は3年の右京雫。部長をしている」


 私はなんとかそう返す。

 まぁ前原に関しては礼儀云々よりも、容姿が異常なんだがな。このレベルは100年かけて巡り会えるかどうか……。


「じゃあ話を始めようかしら」


 福岡先生がそう場を仕切り、席に着く。私もそれに習い先生の隣に腰掛ける。三者面談のように机を3つ繋げ、私と福岡先生に向かい合う形で前原が座っている。


「じゃあまず右京さん、前原くんの入部についてどう考えているのかしら?」


 先ずは私の意見からか。今しがた動転した気持ちをなんとか落ち着かせ、チラリと前原を視界に入れつつ答える。


「私は……正直言ってあまり歓迎ができそうにありません。やはり男の入部は部内の混乱を招きますので」


 これが正直な気持ち。いくらこいつの容姿が整っていて、礼儀正しくてもこの気持ちは変わらない。……変わらないのだが、それを聞いて前原が悲しそうな、悲痛な表情になる。……くっ。罪悪感がすごい!


「だそうよ、前原くんは何か言いたいことあるかしら」


「僕は入部したいです。部員のみんなには僕から頭を下げます。雑用を頼んでくれれば喜んで引き受けましょう。みんなにはなるべく迷惑はかけないつもりです。ですからどうか、よろしくお願いします」


 前原が深く、深く頭を下げる。……調子が狂うな。男ならもっと高圧的になったらどうなんだ。そちらの方がこちらとしては気を使わずに済むんだかな。


「……そもそもなぜ弓道部に入部したいんだ。生半可な覚悟では、男ではうちの練習にはついてこられないぞ。他の部員に迷惑をかけてまで、入部したい。お前にはその覚悟があるというんだな?」


 心を鬼にして私は問う。こいつには頭を下げてまで入部したい理由があるのだろう。それを是非聞きたい。それ次第によっては考える。


 前原は一瞬何か考えるような仕草をする。

 そして躊躇いつつもハッキリとした口調で告げる。


「……弓道部に入部したい具体的な理由は言えません」


「なんだと?そんな中途半端な……」


「でも」


 前原が私の言葉を途中で遮る。

 何処か重みを感じる口調に、私は自然と続きを聞きたくなってしまった。こいつには何故か深みを感じる。


「俺には覚悟があります」


 なぜか一人称が変わった。さらに今までどこか作られていると感じていた表情も人間味を帯びている。……もしかしてこれが素か?


「俺は、もう1度しかない人生を後悔したくはありません。人が死ぬ時何を考えるか知っていますか?後悔、不安、恐怖。俺は、生きています。でもそれは不変のものじゃない。俺は今この世界で生きている誰よりも、生きている一瞬一瞬の儚さと脆さを知っています。だからこそ俺は自重しない。何人、何十人、何万人に迷惑をかけようと、自分を突き通す覚悟を持っています。お願いします。俺は、もう後悔をしたくありません」


 前原は、最後は声を少し震わせ頭を深々と下げながら想いを告げた。


「……」


 ……今の言葉。人によっては部活如きで何を大袈裟な、と笑い飛ばされてしまうだろう。しかし今直に触れた私には到底そんなことは思えない。

 一体どんな壮絶な経験を積めば、あんな言葉が出てくるのか。多くは聞かないが……。


 もう返答は考える必要も無いだろう。


「わかった。許可する。前原の覚悟受け取った。これから練習頑張れよ。今から弓道場に行こう。みんなに紹介する」


 私が微笑みながらそう言うと、前原は顔に笑顔の花を咲かせる。無垢で、健気で。つい守りたくなってしまうのは私だけだろうか。


「ありがとうございます!」


 こうして前原仁が弓道部に入部した。

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