第17話 部活に入るということ

 久しぶりの部活見学に自分でも気分が高揚しているのが分かる。心なしか足取りがいつもより軽いようだ。


 心を落ち着かせるようにまずはぶらぶらと校舎内をゆっくり回る。まだ生徒が数人ほど残っている教室もいくつもあるみたいだ。帰宅部組がグループで談笑していたり、1人で本を読んでいたり。


「……前世の世界と大差ないな」


 やはりこの世界は男女比率が異常に偏っている以外に特筆すべき点は特にない。ファンタジーな魔法も無ければ、独裁政治を敷いている王国もない。そこは少し残念だ。せっかく異世界に転生したのだから、冒険者ギルドで冒険者になったり、邪悪なドラゴン退治したりしたかったんだけど。まぁ流石に夢見すぎかな。身の丈にあった世界というものもあるだろう。実際俺みたいな臆病者がファンタジー世界に行ったところで、魔物が怖くてずっと引きこもっているだろう。そう考えるとこの世界は最高だ。


 そんな妄想をしている内に、校舎内を1周回り終わってしまったみたいだ。


 さて、本命は弓道部だけど一応他の部活も見て回ってみよう。なにか興味を引かれるものが見つかるかもしれない。


「まずはどこに行くか……」


 当然のことながら何の部活がどこで活動しているのかまだ全く分からない。だとすれば、自然と足が向かうのは体育館か運動場だ。俺が向かったのは体育館だった。


 体育館は校門と反対側に位置する。莉央ちゃんと内緒話をするために態々校内を横断させてしまったのは悪かったと思っている。反省しています。


 全体的に薄い紫色に塗られた体育館が近付いてきた。昨日の体育の授業で行った体力テストが全て満点だったのを思い出す。俺が転生する前の前原仁君は何か運動してたのかね。


『キュッキュッ』

「ファイトー!」


 ……懐かしい。体育館の床とシューズが擦れる甲高い音。部員がお互いを励まし合う声援。どれも記憶にあるものと遜色ない。こういう世界が変わっても不変な青春の一時を感じてしまうと、こう、なにか来るものがあるな。


 っと感傷に浸ってる時じゃないな。

 どんな部活が活動しているのか見てみたいけど、『見学させて下さい』とか男(イケメン)がいきなり来たら練習の妨げになってしまうかもしれない。覗き見するだけにするか。

 俺はひょこっと、体育館の入り口から顔だけ出す。


 おお、昨日も見たけどやっぱりかなり広いな。テカテカと光を反射する木目調の床、爛々と輝く天井に吊るされた照明、体育館はどこもこういう作りなんだな。右側には舞台があるな。演劇部が練習している。緑色のネットで体育館を二分し、向かって左側がバスケットボール部、右側はバレー部が使用しているみたいだ。

 ……男は1人もいない。聖也は何部なのだろうか。また今度聞いてみるとしよう。


 バスケ部は……どうやらラダートレーニングをしているようだ。ラダートレーニングと言うのは、はしごロープのようなものを地面において、その上を両足ジャンプしたり、複雑なステップをしたりするトレーニングだ。運動部に入ったことがある人なら一度くらいは目にしたことがあるのではないだろうか。俺も昔はよく行ったトレーニングだ。


 ふむ。美少女が健気に努力している姿は素晴らしいな。ここを世界遺産に認定しよう。


 ん?……あれ?見覚えのある人が。

 いや見覚えどころかついさっきまで一緒にいた人が。


 美沙?


 彼女もラダートレーニングに混じっているみたいだ。ということはバスケ部だったのか。確かに身長は俺と同じか少し低いくらいで、高めではあるのだけど。そうか、バスケ部だったのか。さっきは心ここに在らずって感じで呆然としてたから心配していたんだけど、ああして部活に参加してるってことは回復したんだな。良かった良かった。


 美沙は先ほど俺と喋っていた時のようなぼんやりとした顔ではなく、目つきは真剣そのもの。汗を拭いながら、必死に腰と足を動かしている。「フッ!フッ!フッ!」という掛け声がここまで聞こえてくる。


 ……かっけー。


 これがギャップ萌えってやつか。前世でも、普段おちゃらけた奴が部活の試合などで必死に頑張り活躍している姿を見た女子が『ギャップすご……かっこいい』と言っていたのを耳にしたことがある。実体験を伴って初めてその意味がわかった気がする。


 声をかけようかと思ったが、やめておこう。彼女の努力に水を差すようで、何か違う気がする。気遣いができる男、前原仁です。よろしくお願いします。


 俺はそのままそっと体育館を離れた。

 ちなみにバレー部と演劇部には知り合いはいなかったみたいだ。まだ知り合いなんて数える程しかいないんだけどね。



 俺はその後もこっそり様々な部活を見て回った。聖也はどうやらサッカー部に入っているようだった。数人の男たちと、女子から少し離れたところで固まって練習しているのを遠目に見た。あいつ部活でも女子を敬遠してんのか。生粋だな。



「さ、そろそろ弓道部に行きますか。……いや、待てよ」


 1時間ほどかけてできるだけの部活を見て回った。特に変わった部などはなかった。

 漸く俺は本命の弓道部に行こうと思ったのだが、ここで問題が1つ。


「弓道場の場所が分からない……」


 俺ってバカなんだろうか?なぜ事前に確認をしない?この体は優秀なのに、肝心の中身の俺がぽんこつすぎる。


 うーん。以前の職員室の場所が分からなかった時のように人に尋ねられれば良いのだけど、何せ皆部活中で校内に人がいない。……困った。職員室まで戻るか?面倒臭いなー。


 誰かいないかと淡い期待を胸に抱きつつ周りを見渡していると、担任の福岡先生がこちらに歩いてくるのが見えた。


「福岡先生!」


 救いの神よ!なんというベストなタイミング。やはり出来る女は違いますね先生!

 俺は笑顔で駆け寄る。


「あ、あら前原くん。まだ帰ってなかったのね、何か私に用事かしら?」


 眩しい程のキャリアウーマンオーラがえげつないなこの人は。肩ほどで切り揃えられた黒髪に、キリッとしたメガネ。うーんかっこいい。


「はい、弓道場を探していまして。場所を教えてもらえませんか?」


「……弓道場?なんでまた?」


「実は、弓道部への入部を考えているのですが、とりあえず見学だけでもさせていただこうかと」


 そう言うと福岡先生は少し嬉しそうな顔になった。

 手を『パンっ』と合わせながら笑顔をうかべる。


「あら!そうなの?それはちょうどよかったわ。実は私弓道部の顧問をしているのよ」


 なんという天運。これが運命か。


「そうでしたか!見知った先生が顧問で僕嬉しいです!」


「う、嬉しいことを言ってくれるじゃない。……コホン。じゃあ今から弓道場へ案内するけど、その前に前原くんに言っておかなければならない話があるわ」


 福岡先生がいきなり神妙な顔つきになる。何だろう。スイッチの切り替えが凄いな。


「話、ですか?」


「ええ。男子、それも前原くんのような美少年が部活動に入るにあたっての、ね」


「はぁ……」


 俺は福岡先生の言葉の意味をよく理解できず、曖昧に頷く。美少年が部活に入るにあたって言っておかなければいけないことか。


「包み隠さずストレートに言うけど、前原くんが弓道部に入部すると、まず間違いなく部内が混乱するわ。それだけならまだなんとでもなるの。でも、その噂を聞きつけた生徒たちがこぞって弓道部へ入部してくることが予想されるわ。そうなると、もう収集がつかなくなる。本当に弓道がしたい子と、ただの前原くん目的の子、部内の勢力が真っ二つになってしまい、最終的に部は崩壊するわ。過去にこういう事例があったの」


 ……うん。十分にありえる話、というかかなり可能性が高い話だ。それは俺も想像していなかったわけではない。部内崩壊までは思い至れなかったけど。でも、それは……。


「……それはつまり部活に入ることは諦めろ、そうおっしゃっているのでしょうか?」


「そこまでは言ってないわ。ただ、対策を講じる必要があるだけよ。具体的には、前原くんが入部した後の、部員数制限などが考えられるわね」


「……僕が入部すると弓道部にかなり迷惑がかかるみたいですね」


「取り繕っても仕方ないから言うけど、それは確かに否定できないわ。でも悪いことばっかりじゃないの。男の子の入部による、部員達のモチベーション向上、部費の増加とか色々な恩恵があることも事実なのよ」


「……なるほど」


「今の話を踏まえた上で聞くわ。前原くんはそれでも弓道部に入部したい?」



 ……前世では何も成し遂げられなかった自分。恐れて、怯えて、縮こまって殻に閉じこもっていた自分。本当にやりたいことを見つけられず、毎日くすぶっていた自分。何もなく空っぽだった自分。

 そんな俺が唯一熱中し、頑張れていたのが弓道。

自分に嘘はつきたくない。この世界では自重しない。最初にそう決めた。答えは決まってる。


「僕は……は、みんなに迷惑がかかるとしても、入部したいです。なぜなら、俺がそうしたいから。弓道部の皆んなには俺から謝罪します。だから俺は、弓道部へ入部します」


 俺は福岡先生の目を真っ直ぐ見てそう言った。先生は真摯に見つめ返してくる。


「……わかったわ。今から弓道部の部長を呼んでくる。1組の教室で少し待っていてもらえるかしら?3人でこれからのことを相談しましょう」


「はい、よろしくお願いします」


 俺はそう言って深々と頭を下げた。福岡先生はそんな俺に慈しむように微笑みかけ、部長さんを呼びに弓道場へ向かっていった。


 この世界の男子は自由奔放でなんのしがらみもなく生きていると思っていたが、男子も意外と苦労しているのかもしれない。そらそうだ、人口の20人に1人しか男は存在しない。そんな貴重な存在が自由にさせて貰えるほど世の中簡単には出来ちゃいない。男は、法律で20歳を超えると国への精子提供が義務付けられているし、結婚も必ずしなければいけない。そうしないと人口が維持できないからだ。

 男は貴重なのだ。よく考えれば何をするにも制約があるのは当然だ。


「はぁ」


 ……勢いで、見学をせずに入部を決めてしまったが、後悔はしてない。大丈夫だ。俺は今世ではやりたいことをやると決めた。誰がなんと言おうとこれは譲れない。



「……あ」



 まずい、生徒会のこと忘れてた。入部するかどうかじっくり考えてから検討するつもりだったのに。

 桐生先輩になんて言おうか。


 俺は遠い目をしながら、しばし福岡先生が向かった方向をぼんやりと見つめるのだった。

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