第14話 生徒会長

 

 たとえ世界を渡ろうとも、朝は皆平等に辛い。その不変の事実に辟易しながら、俺は家族に見送られて欠伸を携えつつ駅に向かう。


 しかし、昨日は濃い1日だった。前世とはえらい違いだ。やはりこの世界には前の世界とは違い魅力がある。思う存分楽しみ尽くしてやる、自重はしない。


 俺は黒い笑みを顔に貼り付けながら、駅に着き、視線を浴びながらまた性懲りも無く一般車両に乗り込む。痴姦を期待してとかでは断じてない。ないったらない。

 今日は昨日に比べて発車時間ギリギリに着いたため、車両が満員になるなんてことは無かった。安心したような、口惜しいような……。そこでふと顔を向けると見知った顔が2つ。確かあの人たちは……近づいて挨拶しよう。


「おはようございます。昨日はお世話になりました。中川先輩、田島先輩」


 昨日職員室の場所を教えてくれた2年生3人組のうちの2人、中川楓なかがわかえで先輩と、田島奈々たじまなな先輩だ。


「あれー?誰かと思えば昨日の綺麗な男の子じゃないですかぁ。おはようございます」


「き、き昨日の!お、おは、おはよう!」


 中川先輩はおっとりした顔と同じくおっとりした口調だ。それとは逆に、田島先輩は勝ち気な顔立ちをしていることとは裏腹にあまり会話が得意ではないようだ。視線が忙しなく泳いでおりなんだか気の毒になってくるほどだ。


「今日は片岡先輩はどうしたんですか?」


「すみれちゃんは今日朝練があるんですよー。弓道部です」


「……へぇ弓道ですか」


 まさか片岡先輩が弓道部だとは。実は前世で俺は弓道をしていたのだ。自慢ではあるが、高校の時はインターハイで個人3位入賞を果たした。入る部活を決めかねていたが、見学をしてみて良い感じだったら入部してもいいかもしれない。この体の基礎スペックならば、前世よりも更に上を目指せるだろう。


 先輩達と仲良くなる良い機会を手に入れたと確信した俺は、そのまま2人と共に登校した。田島先輩が落ち着きなく終始そわそわしていた。悪いことをしたかもしれない。


 学校につき、玄関で靴を履き替える。

 どうでもいいことだが、この学校は何故か男女で靴箱を分けている。前世通りの知識でいうと、各クラスがそれぞれ出席番号順に靴箱が設置されていたのだが、ここでは男女別で、それぞれが出席番号順に設置されている。意図はわからない。靴箱如きで何をそんな、とは思うがまぁ態々意義を申し立てるような事でもないし、大人しくルールに従っている。


「では、僕はここで」


「はい〜。また〜」


「ま、また!また今度!」


 1年生は1階、2年生は2階のため、1階で俺たちは別れた。この辺は俺がよく知る高校と変わらないな。もし、男女でクラスを分けるなんて様態を採用してたら校長室に乗り込んでやったところだ。男子校じゃないんだから。まぁ結果的には問題なかったからいいんだけど。


 教室のドアを開けて中に入る。ザワザワと会話が飛び交っていた室内が、突然静かになった。……いや気まずいな。辞めて欲しい。俺もその輪に混ぜて。


「おはよう」


 引き攣りそうになる頬を叱咤し、とりあえず笑顔だ。笑顔でいれば間違いはない、って親戚のおばちゃんが言ってた。


「お、おおはよう!」「は!?なにあんた挨拶返してんのよ!挨拶されたのは私よ!おはよう前原くん!」「後光が見えるほどの美しさ……神よ……」


  朝から賑やかだなあ。

 どうやら嫌われている訳ではなさそうなので一安心だ。入学2日目で煙たがられていたら転校を考えるところだった。異世界でぼっちを謳歌出来るほどメンタルは強くないのだ。


 ニコニコしながら女子達の会話を聞いていると、莉央ちゃんと目があった。うーん綺麗な目。相変わらず可愛い。


「莉央ちゃんもおはよう!」


 笑顔で手を振っておいた。

 莉央ちゃんは嬉しそうにハニカミながら控えめに手を振り返してくれた。艶々の黒髪が僅かに揺れる。


「「「えっ?」」」


 すると、クラスのみんな……女子生徒が一斉に莉央ちゃんの方を向いた。あまりの動きのシンクロ具合に、莉央ちゃんがビクッと肩を震わせる。


 そして次々と女子達が引き寄せられるように莉央ちゃんに群がる群がる。磁石か君達は。


「お、おい莉央!?説明してもらおうか!」「なんでこんな変態が……神と仲良く……」「一発殴らせろ」「私を紹介しなさいよ!」「ぶち転がすぞお前」


 さっきから俺のこと神って呼んでるやつ誰だよ。なんか物騒な事言ってる子もいるけど、まぁ当然馴れ合いの内に入る冗談だろう。


「おら吐け。拷問してでも白状してもらう」「そうね……誰かペンチとハンマー、それから自白剤を」「タダで今日帰れると思うなよ?あぁ?」「羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま羨ま」


 ……。

 冗談、なんだよね?


「お、おはよう仁」


 莉央ちゃんのフォローに入ろうか入らまいか悩んでいると、そんな騒ぎを尻目に聖也が話しかけてきた。


「おはよう聖也」


「おい仁。なんでよりにもよって神崎と仲良くなってんだよ。あいつ変態で悪名高いんだぞ」


 なんだと、莉央ちゃんはいい子だ。何で変態=悪なんだよ。変態は人によってはアドバンテージだろうが。


「莉央ちゃんはとても優しくて可愛い、良い子だよ。昨日も一緒に帰ったからね」


 少しムッとしてしまったので、莉央ちゃんがいい子であると明言しておく。美少女の事を悪くいうのは許さないぞ。ぷんぷん。


「い、一緒に!?まじかよ……」


 チラリと横目で、莉央ちゃんに群がる女子達の方を見てみると、未だワイワイと騒いでいる。どうやら、一緒に帰ったという話は幸いにも聞かれてなかったみたいだ。聞かれてしまうと今より騒がしくなるのが明らかだからな。


 莉央ちゃん……強く生きてくれ。

 白黒としている彼女の無事を願いつつ俺は席に着く。いや、本当俺のせいで申し訳ない。今度何か奢るから許してくれ。



* * *



 そうして今日も今日とて騒がしい朝を過ごした俺は、午前中の授業を終え、昼休みに聖也とご飯を食べていた。


「どこ?噂の天使は」「ほらあれ!窓側1番後ろ!」「ちょっ!?本当に天使じゃん!」「なんでも昨日いきなり女子達の前で服を脱いだらしい」「な……んだと!?……1組の女子達の脳みそを食らったらその記憶が手に入ったりしないだろうか?」「「……」」


「「それある!!」」


 いや、ないよ?

 君たちは全員義務教育からやり直した方がいい。強く進言します。


 どうやら俺の噂が広まっているようだ。休み時間に1組に来て廊下から俺を見に来る子が出てきた。予想はしていた。或る意味当たり前の状況なのだ。20人に1人程しか居ない男。加えてこの超絶イケメン。寧ろ来ない理由がない。


 しかしアイドルにでもなった気分だ。うむ、悪くない。調子に乗った俺はモグモグとお弁当のおかずを咀嚼しながら、廊下からこちらを遠巻きに見る女子達に手を振った。


「「はぐっ」」


 人間のものとは思えない、なんとも言えない奇妙な声をもらしながら女子達は胸をギュっと押さえつけた。うん、可愛い。

 何故だか聖也は俺を呆れた目で見ていた。


 と、その時。


「失礼する!このクラスに凄まじい美貌を持つ男がいると聞いた!その者はいるか!?」


 そんなことを言いながら、1人の男が教室に入ってきた。制服を着ていることからも生徒であることが伺える。

 

 いや、それよりもだ。……こいつ、イケメンだ。短髪で揃えた艶のある黒髪。前の世界でもイケメンで通用するだろう、ということはこちらの世界ではまさに俳優並みの顔面偏差値ではなかろうか。こんな奴がこの学校にいたのか。


「キャア!桐生隼人きりゅうはやと先輩!」「わぁ、やっぱかっこいい……」「桐生先輩が来たってことはやっぱり……」「うん、やっぱりそうだよね」


 やはりと言うか当然と言うか。女子生徒達から絶大な人気を誇っているようだ。しかし、桐生先輩……って言ったっけ?彼が来たらなんだと言うんだろう。気になるな。いや、すぐに分かることか。


 ……いやでも凄まじい美貌を持つ男はいるか、などと大声で言われても、手を挙げづらいじゃないか。十中八九俺のことだとは思うんだけど、自分から行くのはなんていうか、気恥ずかしい。


 観察するようにジッと桐生先輩を見ていると、目が合った。


「ッ!……確かにこれは凄まじい。そうか、君のことだな」


 一瞬目を見開いた桐生先輩は、納得がいったようにそう呟きながらこちらに近づいて来た。

 ……身長も高いな。170センチくらいか?前世の俺と同じくらいだな。


「初めまして、俺はここ春蘭高校の生徒会会長を務めている、3年の桐生隼人だ。君の名前を聞かせてもらえないだろうか?」


 おお……堂々としていて無茶苦茶かっこいいじゃないか。生徒会長だったか。アニメでよく見るような、カリスマ性に溢れた人のようだ。


「ご丁寧にありがとうございます。初めまして、1年の前原仁と申します。して、生徒会長が僕に何の御用でしょうか?」


 俺は立ち上がり、頭を下げながら自己紹介をする。

桐生先輩は少し驚いたような表情をしている。恐らく男の割に対応が丁寧なことを驚いているのだろう。

 生徒会長……桐生先輩の立ち居振る舞いがカッコよくて、それに釣られて俺自身の口調も変わってしまっているみたいだ。昔っから影響されやすい性質なんだよなぁ。MMORPGをプレイしている時とか、キャラによって一人称も変えてたからな。『俺』『我』『』。或る意味でシチュエーションに酔ってたっていうのはあるんだろうな。


 話が逸れてしまった。

 意識を桐生先輩に戻す。


「……なるほど、これはますます手放せないな」


「はい?」


「いや、なんでもない。では単刀直入に言おう。前原仁くん、我々生徒会に入るつもりはないだろうか?」



 ……なんですと?

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