第13話 一触即発

 混乱している神崎さんを連れて、体育館裏まで来た。ちなみに校内の建物配置は聖也に教わり既に全て暗記している。


 そこまで飛ばしていないし体育館が校門から遠かったわけでもないのだが、神崎さんは何故か大きく息切れしている。大丈夫?運動不足?


「(手、手握られちゃった……)」


「?」


 全く聞き取れなかったのだが、神崎さんが手を見ながら小声で喋っている。何か言いたいことでもあるのかと思い少し待ってみたのだが特に動きはない。

 ただの独り言だったのだろうと結論づけた俺は、本題に入った。


「さて、さっきも言ったけど、僕は全然気にしてないから大丈夫だよ」


「ほ、本当ですか?痴姦されて平気な男なんているわけが……無理してるなら、正直に言って下さい。私はどんな罰でも受ける覚悟です」


 『キリッ』という音が聞こえてきそうだ。正に覚悟を固めた女の顔というもの。引き締まったその表情からは彼女が本気であることが分かる。


 うーん、やはり中々信じてもらえないな。当たり前か。俺の価値観はこの世界の男達とは違いすぎる。異常なのは俺の方なのだ。


「全然無理してないよ」


「で、では、私が前原くんの、お、おち、おちんち……男性器をニギニギした件についてどうお考えですか!?」


 やめて!!恥ずかしい!

 その単語を口にすることを踏みとどまったのは偉いけど!いくら人がいない体育館裏だからといって大声で言うことじゃないよ!誰かが覗き見してたらどうするんだ。


「は、恥ずかしかったけど、別に嫌ではなかったよ」


「天使ですやん……」


「えっ?天使?」


「い、いやなんでもありません。コホン。前原くんが許して下さるというならば、私はもう何も言いませんが、私にできることがあればなんでも言って下さい!せめてものお詫びです」


 ん?今なんでもって言ったよね?それはつまり、なんでもってこと?


 ……とまあ、冗談はここまでにして。確かにここで何の要求もなくただ許してあげる事は簡単だ。しかし何もなく無罪放免よりは、何かして無罪放免の方が神崎さんの心情的にも楽だろう。だとすれば、


「じゃあ、神崎さん。1つお願いがあるんだけど」


「は、はい!お伺いします!」


「僕と友達になってくれないかな?」


「へ?友達?」


「うん、クラスの女子の友達がまだいないから。ダメかな?」


「ぜ、全然!こっちからお願いしたいくらいです!ふ、ふおおおお!こんな美少年とお友達!誰が!?私が!!ふおおおお!」


「神崎さん、心の声漏れてる漏れてる」


「あっ、私としたことが、ごめんなさい……」


 顔を新鮮なトマトみたいに赤くして俯く神崎さん。可愛い。お嫁さんに来ない?


「神崎さんは部活何か入ってるの?」


「いえ、何も入ってません」


「じゃあ、僕今から帰るからよかったら一緒に帰らない?」


「は、はい!一緒に帰りましょうどこまでも!」



 こうして神崎さんと無事友人関係になった俺は、彼女と共に帰路に着いた。とても喋りやすく会話が弾んだとだけ言っておこう。どこか気が合うかもしれないな。


 電車にて、2人でいると周りの乗客からの視線が凄まじかったが、神崎さんはこれでもかとドヤ顔をかましていた。みっともないから辞めてくれ。可愛いけど。


 そうこうしているうちに家の最寄り駅に着いた俺は電車を降りる。運の良いことに神崎さんもこの駅から通学をしているみたいだ。これは運命だな、うん。しかし、どうやら駅からは神崎さんは俺とは反対方向らしい。


「じゃ、じゃあまた明日、前原くん」


「うん、また明日。あ、神崎さん。俺のことは仁でいいよ。俺も神崎さんのこと莉央ちゃんって呼ぶから」


「で、では仁くんと」


「うん、じゃあばいばい、莉央ちゃん」


 莉央ちゃんは心底嬉しそうな幸せそうな顔をしながらずっと、ずっとそれこそ俺から見て彼女が豆粒のような大きさになるまで手を振り続けていた。


「……可愛くていい子だな」


 もはや莉央ちゃんの姿を確認することは出来ないが、彼女の帰った方向を見つめながら独り言を零す。異世界での学校1日目にしてはなかなか幸先の良いスタートを切れたのではないだろうか。


「……ふぅ」


 駅というだけあって人が多いこの場所では、俺は目立ちすぎるな。今は遠目で眺められているだけだけど、喋りかけられる事態になると少し困ってしまう。今日はもう疲れた。俺も帰るか。



* * *



「ただいま〜」


「お、おかえりなさいお兄ちゃん!」


 玄関に腰掛けながら靴を脱いでいると、リビングから妹の心愛ゆあが出てきた。


「心愛部活は?」


「今日は休みだったの!」


「そっか」


「うん。それよりお兄ちゃん、帰り道1人で大丈夫だった?痴姦とかされてない?」



 ぎくっ。


 ……朝はされたが、いま聞かれてるのは帰り道のことだ。朝のことは隠しておこう。言ったら大騒ぎになりそうだからな。莉央ちゃんは確かに悪い事をしたが、俺はそれを許した。これは終わった問題なのだ。


「ん、大丈夫だったよ。1人じゃなくて友達と一緒だったしね」


「と、友達?そ、それって、女の子じゃ、ないよね?」


「ん?いやクラスの女の子だけど?」


「え?」


 一瞬にして心愛の目からハイライトが消えた。怖すぎだろ。ヤンデレですか?そうなんですか?


「どういうこと?なんで女?襲われちゃうよ?ダメだよお兄ちゃん。女なんかに近付いちゃ。ね?」


 こ、こえええ!溢れ出るヤンデレ臭がすごいぞ我が妹よ!『実は一緒に帰った子に朝痴姦されちゃいました!てへ!』とかいったが最後、殺されてしまいそうだ。


「き、気をつけるよ。そ、それより、今日母さん帰ってくるの遅いでしょ?お兄ちゃんが夜ご飯作ってあげるよ!」


 怖すぎるので、無理やり話題変換をした。ヤンデレな妹も好物だが、どちらかと言えば明るく元気な妹の方が可愛くて好きだ。


「えっ!?お兄ちゃんが作ってくれるの!やったあ!楽しみ♪」


 顔をパアッと明るくさせ、可愛らしくはしゃぐ心愛。飛び跳ねながら彼女はリビングに帰って行った。


 ふう……なんとか凌いだようだ。俺は額にかいた汗を拭う。軽はずみな言動は気をつけなければいけない。


 その後、俺がお手製ハンバーグを作っていると、姉さんや母さんが帰ってきたので4人で食卓を囲み、ご飯を食べながら今日の話をした。家族団欒というのも懐かしいものだ。


「……それでさ、聖也っていう男の子と友達になったんだよ」


「へぇ〜もう友達できたんだ。すごいね仁」


 姉さんは少し驚いたように褒めてくれた。

 美人さんに褒められるというのはなかなか気分がいいものだ。ふふん。


「えへへ、ありがとう。あ、でも今日体操服に着替える時ちょっとうっかりしてみんなの前で服脱いじゃってさ。上半身裸ですごく恥ずかしかったよ〜」


 そう、褒められて調子に乗ってしまったのだろう。少し考えればこの話題がタブーな事など簡単に分かったはずなのに。俺は笑いながら昼休みの失敗を話した。


「「「……は?」」」


 その瞬間、母さん、姉さん、心愛の顔から表情が抜け落ちた。俺が作った美味しい美味しいハンバーグを口に運ぶ手を止め、3人がその6つの目で俺を見つめる。


 あっ、まずい。俺の家族にこの話はまずかった!ぬかった。


「あ、そ、そういえばさ!今日の授業……」


「ジンちゃん」


「……はい」


 急いで話題を変えようとしたが、母さんによって制された。なんか迫力がすごいので大人しく返事をしておく。口答えなどする気も起きない。


「みんなの前で服を脱いだ。ジンちゃんは今そう言ったの?」


「……はい、確かにそう言いました」


「この前も私たちの前にタオル1枚で来て、注意したよね?」


「……はい、ごめんなさい。うっかりしてました」


「まあ、人間だし、うっかりは仕方ないよ。……でも、私たち家族以外に裸を見せるなんて。茄林、心愛、出かける準備をして。今から、ジンちゃんのクラスの女共を記憶が消し飛ぶくらい殴りに行くよ」


「「ラジャ」」


 母さん、姉さん、心愛が戦場に赴く前の兵士のような引き締まった顔つきになる。そして一糸乱れぬ統率で席を立ったかと思えばそのままどこかへ向かおうとして……


「ちょ、ちょっと待って!!やりすぎ!やりすぎだから!本当にごめんなさい!以後気をつけますから!」


「止めないでお兄ちゃん。これは当然の報いなの。お兄ちゃんの裸を見たからには相応の対価を払ってもらわないと。それは命だよ」


 記憶をなくさせるんじゃなかったの!?命をなくさせるの!?なんて物騒な家族なんだ。気持ちは嬉しいけども。


 こ、これはちょっとやそっとじゃ止まってくれないぞ。正攻法の説得ではもはや耳も貸さないだろう。仕方ない、最終手段だ。


「あ〜あ。暴力を振るうような女の人は僕嫌いだなあ」


 俺はあたかも失望したように、期待はずれだったかのようにそう言い、机に肘をつき手のひらに顔を載せる。……食事中に肘を机につくのはマナー違反なのだが今は緊急事態ゆえ大目に見て欲しい。


『ピク』


 3人が一斉に少しの反応を見せる。……これはもう一押しだな。


「母さん達が暴力を振るうなら、僕は3人のこと嫌いになるかも」


「「「さーて、晩御飯の続き食べよ」」」


 3人は声を揃えてそう言い、ストンと席に着いた。先程の凄みは嘘のように消え、何も無かったかのように『このハンバーグおいしいね』などとのたまいながら舌づつみを打っている。


 ……なんて切り替えの速さだ。プロか?いや、なんのプロかと聞かれればよく分からないんだけど。

 兎に角最終手段は無事機能したらしい。良かった。


 まあ、今回は俺が悪い。調子に乗って何も考えずに発言するから今のような事態になるんだ。


 ……ダメだな。まだ前世の気分が抜けない。

しっかりしないと、そのうち犠牲者が出るぞ。加害者はもちろん俺の家族。流石に犯罪者は身内から出て欲しくない。


「はぁ……」



 それにしても、うちの家族全員怖すぎませんかね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る