第3話 状況把握


 謎の人物である黒髪美人さんがまた泣き始めてしまった。

 これはいよいよ収拾がつかないだろう。


 なんだ!?なにが起きてる!

 この場合どうするのが正解なんだ?


「あ、あの!大丈夫ですか!?僕が何か気に触ることをしましたでしょうか!?すみません!」


とりあえず、俺のせいな気がするので謝罪してみる。他者との関係を良好にするのは感謝と謝罪だと死んだお婆ちゃんが言ってたからな。

すると、


「う……」


「う?」



「うえええええええ!!びえぇええええん!やだやだぁ!!ジンぢゃぁん!!うえええ!!」


 余計に泣き始めてしまった。

 その姿は我儘を言って泣きじゃくる弱々しい子供のようにも見える。お婆ちゃんの教えが……。


 まずいぞこれ。俺の手にはもう負えそうにない。

 そもそもこの人が誰かも分からないし、泣く理由も見当がつかない。どうしようか……。


 俺はこの如何ともしがたい現状に嘆いてしまうのだが、

 

『ガララッ!』


 ノックもなく突然病室の扉が勢いよく開かれた。

 俺は音の方向に反射的に顔を向ける。


「大丈夫ですか!?どうされました!?」


 そして入ってきた、これは今度こそ看護師さんだな。彼女がそう焦ったように叫ぶ。……んん、この人もかなり美人だ。

 看護師さんは泣き叫ぶ黒髪美人さんを見てギョッとした顔をするが、次に俺を見て顔を花が咲いたように明るくさせた。


「前原さん!目を覚まされたのですね!よかったです!」


 そう言いつつ、何故か俺の顔をすごい勢いで凝視して顔を赤らめながら歩み寄ってくる。

 黒髪美人さんは看護師さんが入室してきても泣き止む気配がない。


 俺が目を覚ましたことを自分の事のように喜んでくれていた看護師さんだが、だんだん黒髪美人さんのことが心配になってきたようだ。


「あ、あの前原さんのお母さん。お気持ちは分かりますが、少々取り乱しすぎでは……?」


 そう控えめに聞く。

 どうやら看護師さんは俺が目を覚ましたことを黒髪美人さんが泣いて喜んでいるのだと思っているらしい。



 ……ん?あれ?前原さんのお母さん?

 今そう言ったよね?

 ……え?


 俺が少し、いやかなり混乱している間にも状況は進む。


「だ、だって、ジンぢゃんが初めましてって!お、お母さんに初めましてって!う、うぇえ……私のこと忘れちゃったの?やだぁ……」


 黒髪美人さんが泣きながら悲痛に訴えるのだが、この言葉で俺の混乱はさらに深まり、加速する。


 ちょ、え?お母さん?はい?


 その訴えを聞いたナースさんは、少し戸惑いつつも俺に向き直る。


「えーと、前原さん?」


「はい」


 看護師さんが声を掛けてきたのでとりあえず返事をしておく。


「念の為お伺いするのですが、この目の前の黒髪の女性のことは存じてます、よね?」


 そんなことを問うてきたので俺はもう一度記憶を探ってみる。えっと……大学では見たことがないしバイト先にもこんな人はいない。親戚にもいるはずがない。そもそもこれ程の美人さんを俺が忘れるわけないのだ。

 ……うん、やはり知り合いではないな。


「いえ、存じ上げていません」


 俺が自信を持ってそう言った瞬間、看護師さんは目を見開き、黒髪美人さんは余計に泣き始めてしまった。

 う、うーん……?


「しょ、少々お待ちください!ただいま主治医を呼んできますので!!」


 看護師さんは焦ったようにそう俺に伝え、まさに風の如く飛ぶように病室から出て行った。


 残されたのは俺と、いまだ泣きじゃくる女性。

 病室に黒髪美人さんの泣き声が反響する。

 なんだ、この状況は。


 き、気まずい。



* * *



 そのすぐ後、病院の先生が駆け付け色々と質問された。病院に来る前の記憶、年齢、家族構成、世界情勢、その他諸々だ。

 俺が答えるたびに先生と看護師さんは難しい顔になっていくし、黒髪美人さんは泣き声を大きくさせるし大変だった。


 あ、ちなみに先生もとても美人な女性だった。男女差別をする気は無いが、女性で医師を職業にしているのは珍しいな、と思ったことを覚えている。


 先生と色々話をして分かったこと、というか教えられたことは、黒髪美人さんはなんと俺の母親だということ、俺は今年高校1年生になる歳だということ、俺は自宅の階段から足を滑らせ転落し1週間目を覚まさなかったことなどとにかく荒唐無稽なものがほとんどだった。


 夢か、はたまた大掛かりなドッキリか。そんなことを考えるが、このリアルな感覚はまず間違い無く夢ではないし、俺のような一般人にこんなテレビ番組ばりに手の込んだドッキリをするメリットもない。……それにこんな引きこもりオタクの俺にドッキリをかけるような親しい間柄の人もいない。


 あと事故によって俺の頭がおかしくなってしまった可能性も考えたのだが事故前の記憶はハッキリしているし、その可能性はかなり低いと思う。


 この状況は、先生の世界情勢の話や俺の体の状態などを鑑みた結果、予測はできた。


 

 おそらく。

 おそらくだが、本当に信じられないのだが、俺はどうやら異世界に転生したらしい。

 自分でも変なことを言っていると分かっているのだが、そうとしか考えられない。


 というのも、まず俺のあれだけ損傷の激しかった身体が綺麗なままなのだ。1週間かそこらで完治する怪我ではなかったはずだ。それに心なしか身体がほんのちょっと小さい気がするし、声も少し高くなっている。


 またこれも先生に教えてもらったことなのだが、




 俺が転生した世界はどうやら男女比がおかしいらしい。



 曰くこの世界の男女比は1:20ほど。正確には、1.2:28.1とからしいけど、まあ今は細かい事は置いておく。10年ほど前一夫多妻制が施行されたことや、世界の人口減少について教えられて、気になって原因を聞いた結果男女比のことがあげられたのだ。先生は何を当然の事をみたいな顔をしていたが、俺は驚きだ。まさか男女比のことなる貞操観念逆転世界(そこまでは言ってない)に来ることになるとは...…。


 くっ!オタクの血が騒ぐぜ!


 あと、今世?の俺の名前も前原仁というらしいのだ。偶然で片付けるにはあまりにも不自然だ。


 そこで俺なりに予想してみた。

 おそらく、この世界の前原仁くんは死んでしまったのだろう。さらに、違う世界の前原仁、つまり俺だが、俺もおそらく死んだ。そこで、同じ名前であるこの世界の前原仁くんの体に転生した、いや憑依と言った方が正しいかもしれない。


 ……実を言うとこの予想はただの俺の願望だ。もしこの世界の前原仁くんの体を勝手に俺が乗っ取り、前原仁くんの自我を消滅させたなどといったことが事実ならば罪悪感が凄まじすぎる。到底耐えられない。

 ……あまり深く考えるのはよそう。俺の予想がおそらく当たりである、そう考えておこう。



 前の世界ではあれだけ憧れていた異世界転生もいざしたとなると何か実感が湧かないというか、夢心地というか、変な気分だ。

 ただ、先生の話を聞き、理解していくうちに膝下から震え上がるような武者震いと、気分が異様に高揚していくのを強く感じた。


 未だこの室内しか俺は知らないが、こ、このベッドにもなにか未知の物質とか使われてるんだろうか? 

 くっ……震えが止まらねぇ。右手が疼く。



 俺は、異世界へ来たんだ。



* * *



 結局、先生は俺を記憶喪失だと診断した。

 まあそれが一番いいだろう。『実は異世界から来ちゃいました、てへっ』などと言っても信じてくれないだろうし、記憶喪失が一番都合がいい。この世界の一般常識も忘れたことにしてしまえば、色々聞けるだろうし。


 これからどうしようか……。学校は?家族は?友人は?


 色々考えるべきことはあるが、まずは……。

 不安そうにこちらを見つめている黒髪美人さん……いや、母さんか。

 

 母さんのフォローに入るべきだろう。

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