第2話 病院にて
「知らない天井だ....」
俺が目覚めた時、真っ先に目に入ったのは白い天井だった。
そこで、俺が人生で一度は言ってみたいセリフ第3位をさっそく言ってみる。他の言ってみたいセリフはまたおいおい紹介していくとしよう。
……よくわからない状況だが、案外俺は冷静なようだ。
えーっと、ここはどこだ?
まず、俺は今まで寝ていたらしい。少し体が軋む以外は特に違和感はない。シミひとつない白いベッド。部屋も白を基調としており、すこし広めで、俺の自室の3倍ほどはありそうだ。俺の他に人の気配はない。
……とりあえず色々考察したけど、この手の部屋はあれしかないだろう。
うん、病院だな。
俺が病室に寝ていたのは分かった。
じゃあ何故寝ていた?
人差し指をこめかみに押し付け、記憶を探ってみる。
えっと、確かいつも通り大学へ向かったはず。
そして……。
そして───
『なんだこれ、なんなんだこれ。怖い。どうしようもなく怖い。
……死にたくない。死にたくない怖いよ怖い。
怖い。死にたくない。嫌だ。どうして俺が。
助けテ、誰か助けてくれ』
───ッ!?
正に記憶の決壊。
あの瞬間の、思考、光景、痛みが一気に流れ込んできた。
覚えている。忘れたくても忘れられない。
そうだ、俺は車に轢かれた。死ぬことがすごく怖かったのを覚えている。あの感覚を思い出しただけで、身体が、心が震える。
「はぁ……はぁ……」
俺は両腕で自らを強く抱きしめる。
初めて、あれ程リアルに死を感じた。
もう2度とあんな感覚は味わいたくない。自分自身が『モノ』へと変わり果てていく感覚は一生忘れることはできない。
きっと、俺はこれから、これまで以上に死を恐れてしまうのだろう。
……少し、時間が欲しい。落ち着く時間が。
「ふぅ……」
数分ほどを要し、漸く息も落ち着いた。動悸も元どおりになり、体調も回復してきた。
俺は臨死体験というものをしてしまったのかもしれないな……。
よし、ひと段落したところでそろそろ現状把握をしなければ。
どうやら俺は九死に一生を得たようだ。ここが病院であることを考えると、あの事故の後担ぎ込まれたのだろう。通報してくれたのは運転手の人だろうか、俺の不注意で人を轢いてしまっただろうに。次会ったらきちんと謝罪しよう。
それにあれからどれだけの時間が経過しているのかも気にかかる。鏡がなく自分の姿が確認できないためわからないのだが、もしかしたら俺は植物状態でもう何年も時が経ってたなんてことがあったら流石に笑えない。
そんなことを考えていると、『コンコンコンッ』と控えめなノックが聞こえた。返事をしなければと、声をあげようとしたが、すぐ様『ガララ……』と静かにドアが開かれた。
おい、ノックの意味。いや、別に大丈夫なんだけど。看護師さんかな?
そう思い入ってきた人物を見た瞬間、ドキっと胸が踊るのを感じた。
その人物は、艶々の黒髪を胸下辺りまで垂らし目はパッチリと、鼻はスラッとしており、桜色の小さな唇など異常に魅力的だ。まあ、美人だ。ものすごく。20代後半から30代前半といったところだろうか。
……うん、美人なんだけど、何故かとてもやつれている。目元にはクマが目立つし、頬も少しこけているだろうか?最近眠れていない事が顕著に伝わってくる。
そしてその黒髪美人さんは、ナース服ではなくスーツを着ている。
看護師さんではないのだろうか?ならば、お見舞いだろうか?今この部屋に俺しかいないので、必然的に俺のお見舞いということになるのだが、こんな知り合いはいない。じゃあ、俺が轢かれた車の運転手の人だろうか?
そんな思考を繰り広げつつ、不躾だと自覚しながらもまじまじと黒髪美人さんを注視する。
すると、彼女は俺を見た瞬間、突然目を見開き身体を硬直させた。さながら幽霊を目のあたりにしたかのような反応だ。
そして、その可愛らしい目には大粒の涙が溜まっていき、今にも泣きそうな顔に……ってえ?
泣きそう、だと?
ど、どうしよう!なにか俺がしただろうか!落ち着け!Be cool!
よ、よしまずは喋りかけてみよう。
「あ、あの……」
大丈夫ですか、そう続けようとした俺の言葉は黒髪美人さんによって遮られた。
「ジンちゃん!!!!」
悲鳴とも受け取れるような勢いでそう叫んだ黒髪美人さんは、俺の方に駆け出して縋り付いてきた。
「ジンちゃん!ジンちゃんジンちゃん!う、うぇぇええ……目を覚ました……よがっだぁ…!よがっだよぉ!心配じだんだよぉ……ジンぢゃん……!」
涙を滝のように流しつつその整った顔をひどく歪ませながら、彼女は俺の服の裾を力強く握り締めている。
かなり取り乱しているようだが、俺の内心もパニック状態だ。
え?えぇ!?なに!?この人誰!?だ、誰か状況を説明してくれ!
俺は目を白黒とさせわたわたすることしかできなかった。
* * *
「うぅ……ぐすっ、ごめんね?嬉しくてつい……」
あれから10分ほど黒髪美人さんは泣き続け今ようやくおさまった。
恥ずかしそうに顔を赤らめながら、俯いている。
ううむ。可愛い。
そんな表情もとても可愛いです。このあとお茶でもどうです?
おっと、そんな馬鹿なことを考えている場合ではない。現状の確認をしないと。
「えっと……落ち着きましたか?」
「えっ?う、うん。あっ!ご、ごめんね!つい体を触っちゃった!すぐ離れるから!」
俺が喋りかけると、黒髪美人さんは少し驚いたように返事をした。しかし、その後何故か何かに気づいたようにハッとし俺に触れたことを謝罪し距離をとってしまった。あぁ、美人さんが遠くに……。別に体を触るくらいどうということはないのに。
「い、いえ大丈夫です。あ、すみません自己紹介がまだでしたね。初めまして、前原仁と申します。よければあなたの名前を聞かせて頂けませんか?」
よしっ、上出来だ。こんな美人さん相手にかなり緊張してしまったが、バイトの接客業で身につけたコミュ力がいかんなく発揮された!
心の中でガッツポーズをしながら、黒髪美人さんに視線を向けると。
彼女は、固まっていた。
それはもう見事に。生命体かどうか怪しむくらいに。前世でこういう彫像見たことあるなぁ。
あ、あれ?なにか間違えたかなぁ?
「やだぁ……なんでぇ……?うぇ……うぇえええええ!!」
俺が首を傾げていると、なんと黒髪美人さんがまた泣き始めてしまった。
……どうすんだこれ。
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