俺が転生した世界はどうやら男女比がおかしいらしい

めめ

第1話 プロローグ


『 ピピピピ!』

  人生で何度も聞いてきた不快な音で今日も俺は目を覚ます。

  ……昨日の俺がセットしたのにも関わらず、理不尽に不快と称される目覚まし時計さんには同情を禁じ得ない。


「ふぁあ……ねむ……」


  あくびをしながら、未だ半分微睡みの中にいるような感覚を覚えつつ目をこする。


  今日は月曜日。また1週間が始まるのかと思えばこのまま二度寝したい欲求にかられるが、確か1限からゼミの発表があったはずだ。それの資料を作る必要があった為、昨晩はかなり遅い時間まで作業をしていた。


「……あぁだるい。大学行きたくね〜」


すぐに起きなければいけないことは分かっているが、とりあえず日課となっている文句を独りごちる。こんなことを言ってもしょうがないのは分かっているが、こんなことでも言わなければやってられないのだ。


 俺の名前は、前原仁。どこにでもいる普通の一般大学生だ。

 今は親元を離れて1人暮らしをしている。わざわざ親に頼み込んで実家から出てきたため、親に金銭面で迷惑をかけるわけにはいかず、奨学金を借りたり、バイトをしたりしている。

 成績は中の上。

 身長は170センチ。

 容姿は、鏡で見るとそこそこかっこいいと思うのだが、クラスの集合写真で自分の顔を見てみると中の下と言ったところだった。「鏡で見た自分の顔は何故か、よりイケメンになる」といったことを聞いたことはないだろうか。正にその現象の餌食になったというわけだな、うん。

 この通り、俺は平々凡々の普通の人間だ。


 そんな俺が人と少し違うところといえば、アニメや漫画、ラノベといった2次元創作物が好きなところだろうか。

 2次元は良い。2次元の世界に浸り、それを堪能している間、俺は現実世界のことを忘れることができるのだ。……このつまらない世界のことを。



 なんか意味深な事を言ってしまったが別に物語の主人公によくある、悲惨な過去があるなどといったことは全くない。

 ただ単に、この世界に魅力が感じられないだけだ。

 変わり映えのしない、ただ呼吸して食事して寝て起きるの繰り返しの毎日。友達とは中身のない当たり障りのない会話だけをする。そこに喜悦や幸福感といったような感情はない。1人の方が好きだが友達を作らないと浮いてしまうため、無理矢理自分を押さえつけて友達を演じているだけだ。……彼女はいない。できないのではなく、いないだけだ。うん。


 そんな俺の世界に彩りを与えてくれるのが、2次元である。当然のことながら俺はハマっていった。剣を打ち合い、魔法が飛び交うファンタジーな世界。可愛い幼馴染や妹がいる、うらやま...素晴らしい世界。どれも俺の心を躍らせた。主人公に自分を投影して、悦に浸るのだ。我ながら情けないとは思うが、楽しいのだから仕方ない。


 とまぁ、そんな背景があり俺は世に言う「オタク」なるものになってしまったわけだな。



 とそんな事を考えてる間に、歯磨き、朝シャン、着替えまで終えた。

 時刻は8時15分。


「よし、ちょうどいい時間だな。行くか」


 俺が愛用している紺色のリュックを背負い、靴を履き、部屋を出る。


「うっ……」


 その瞬間、朝日が俺を照らし思わずそんな声を出してしまう。陽に弱いのはオタク特有の現象だな!


 俺が通ってる大学までは自転車で10分ほどである。  その大学の学生は1人暮らしの学生の割合が高く、その多くが大学の周りのアパートやマンションに住んでいるのだ。俺もそのうちの1人だな。


 いつも通り左側通行を守りつつ自転車で車道を突き進む。

 風が気持ちいいな…ついつい緩みきった顔をしてしまう。


 そんなことを考えていたからだろうか。

 俺の注意は散漫になってしまっていた。


『ガタタッ!!』


「う、うおっ!?」


 そんな音と共に何の前ぶりもなく突然世界が逆さまになり、浮遊感が俺を襲う。



 は?



 え、は?なにが起きた!?

 景色が急に反対に……って、違う!反対になってるのは俺だ!


 急に時間の流れが切り替わったようにゆっくりになる。そんな視界の中、蓋がされていない側溝が目に入る。……どうやらあれに自転車のタイヤをとられ、空中に体が投げ出されたようだ。


 昨日まではちゃんと蓋してあったのに!!くそ!


 そんなことを考えながらも、悪いのは俺の不注意。もうどうしようもない。


「うえっ!」


  俺は背中から道路に叩きつけられた。幸いにもリュックを背負っていたため衝撃はかなりあったが、首がガクン!と背中側へ引っ張られただけで済んだようだ。……首は痛めてしまったが、頭から落下しなくて本当に良かった。


「いてて……自転車は大丈…」



 えっ?


 自転車の無事を確かめようと後ろに向き直った俺の視界は車の前面で一杯を覆われていた。 どうやら運悪く後ろから車が来ていたらしい。


『 ドゴォッ!!』


 そんな音だったと思う。正直、衝撃が凄すぎてあまり耳が機能していなかった。

 そんな感じの音と共に俺は車に吹き飛ばされた。



 視界が回る回る。


 あぁ……交通事故にあった人ってこんな感じだったんだなぁ。


 進行形で当事者となっているにも関わらず、俺はまるで他人事のようにぼんやりとそう思考する。



 20メートルほど飛ばされたようだ。電柱にぶつかって俺はようやく止まった。



 ……はは。これは死んだ。


 俺は確信する。なぜなら、痛みを全く感じないのだ。俺の足は見るからにありえない方向にひん曲がっており、骨が皮膚を突き破っている。俺の周りは血溜まり。正直見るに耐えない。

 それなのに、痛みがない。というよりも、なにも感じない。音も、匂いも、何もかも。


 いや、違う。寒い。なぜか寒さだけ感じる。寒いさむいサムイ……。


 あぁ、これで俺の人生は終わりか。あっけないな。何も成せず、何も残せない、しょうもない人生だった。その辺の有象無象の一つだ。

 まあ、なんにせよようやく楽になれる。


 そこまで考えた時、ふと死後の事を思った。死後には何があるのか。天国や地獄は信じていない。だとすれば、無?俺の意識はどうなるのか。

 ……なんだこれ、急に悪寒が。

 ……恐怖?俺は恐れてるのか。いや、当たり前だ。俺だって人間なのだ、未知は恐怖だ。

 これから俺はどうなる?幸せも悲しみも、喜びも辛さももう感じることはできない。


 なんだこれ、なんなんだこれ。怖い。どうしようもなく怖い。

 ……死にたくない。死にたくない怖いよ怖い。


 俺の身体はどんどん冷たくなる。もはや、そこに生命は感じられない。物だ。人間だった物だ。


 視界が端から端から黒くなる。目を閉じているわけではない。黒色の絵の具を垂らしたように、視界が侵食されているのだ。もう殆ど何も見えない。


 怖い。死にたくない。嫌だ。どうして俺が。

 助けテ、誰か助けてくれ。


 これから。これからナンだ。

 かノジょをつくっテ、それカら。


 シアワせな、カテイヲ。




 ア、あァ……怖い。


 コワい。コワイ。




 コワイコワイコワ







 次の瞬間、実にあっさりと俺の意識は暗転した。




───前原仁。享年19歳。




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