契りきなかたみに袖をしぼりつつ 等間隔を人こさじとは
始まりがあれば、必ずいつか終わりは来るもの。
ただ、それがもう少し先だと思っていたけれど。どうやら、今みたいね。
去り際に小町はつぶやくように言っていたのをはるこは聞いていた。
それは世の中の定義なのかもしれないが、そんなこと悲しすぎる。
しかし、嘆いたとて何も変わることはない。
それならば、とっておきの京都でとっておきの笑顔で別れたい。
最後に二人で行く京都の名所。
「きょうとえき。」
小町は中央改札からガラス張りの天井を見上げる。
「京都といえばここやのに。来たことなかったでしょ?」
「そうね。確かに一番京都だわ。そう書いてあるもの。」
「小町さんは電車に乗るんですか?そもそもここには来たことあるんですか?」
「新幹線くらいは・・・いいえ、でも大体は車か飛行機。ここは来たことがなかった。大阪の空港から車で来たから。」
「そんなら、ちょうどよかった! 意外とたくさん見るところはあるんですよ? どこ行きたいですか?」
小町は辺りをキョロキョロと見渡す。
お土産ものもカフェらしきものもある。
京都の中心。
そう思うと少しワクワクするし、全てが目新しい。
ただ、小町が目に留まったものといえば。
「ねぇ、はるこ。ここ、百貨店がある。これ、私が東京にいた時もあったわ。ここに行きたい。」
「えぇっ!?」
京都らしさを感じるために連れてきたのに小町は東京にもある百貨店に行きたいと言う。
全くもって理解できないはるこは反論した。
「小町さん、京都を堪能するんちゃいますのん? そないなとこ行ってどうするんですか!?」
「いいの。行きたいの。ここ、東京にもあったから。」
「だから、どういう・・・!?」
すると、小町ははるこの手を取ると包み込むように握った。
「私が今までしてきたことをはることしたい。京都でしたい。」
小町の言うことはいつも抽象的で難しい。
だが、今日ばかりは彼女の言う意味がはるこにも少しばかりわかったような気がした。
「わかりました。じゃあ、今日は小町さんが・・・小町さんのよく知る京都を案内してください。」
「ありがとう、はるこ。任せて。」
任せた。
そう思ったとはいえ、小町が連れていくところは・・・はるこの頭が追いつかない。
高級なブランド店に入っては鞄やら財布、洋服を次々手に取っては買っていく。
はるこにはこれが似合うわね。
そんなことを言って無理矢理鞄を持たせたりするが、その度にはるこは倒れそうになった。
挙句の果てに、ここからここまでくださいと小町は言う始末。
そして、見たことのない色のカードを出して、支払いはこれでと微笑みながら言うのだ。
「こ、小町さん・・・その黒いものは・・・。」
「え? あぁ、これ。父から貰ったの。好きに使えって。役に立たない父だけど、これは役に立つわよ。持つべきものは肉親よりカードね。」
「え、あ・・・それは・・・よかったです・・・。」
「はるこもいる? 父に言ってみましょうか?」
「ぎゃっ!?」
「冗談に決まっているでしょう。ほんまにあほやね。はるこは。」
小町は悪戯っぽく笑うとウィンクした。
はるこは空いた口が塞がらないし、やはり頭が追いつかない。
きっと京都を案内して様々な景色を初めて見た小町の感情はこのようなものだったのかもしれない。
今まで見たことのない。
今までしたことのない。
新しい世界。新しい色。
「こないな京都があるやなんて。こないな世界が。」
ぼうっと周りを見渡すはるこを見て、小町はあの美しい微笑みをするのだ。
「初めて見た? はるこでも見たことのないところってあるのね。京都ってすごいのね。きっとみんな誰も全部なんて知らないのね。」
そして、小町は何食わぬ顔で買ったもの全てを自分の家に送るよう手続きをしたのだった。
ただひとつだけ手元に残して。
「ハンカチ?」
先ほど買っていたブランドもののハンカチ。
それだけを持って、はるこに渡した。
「これ、さっきの店員さんがくれたの。きっと私がお得意様になったからね。タダで貰ったから、ノベルティみたいなものなのでしょう。だから大丈夫よ。貴女にあげる。」
「え・・・私に? でも・・・。」
「本当にいらなくなったら返して。前のは・・・ちょっとイラついてたから捨てちゃったの。だから、今の私の普通。はるこが持っていて。特別にして。」
やはり、小町の言うことは抽象的。
だが、はるこは微笑んで受け取ったのだ。
「大事にします。小町さん。」
「ええ。大事にしてね。本当のこと言うと私もう受け取りたくないから。」
しばらく百貨店の中を歩いていると小町がくたびれたかのように口を開いた。
今思えば、小町は体力がないのかもしれない。
「疲れた。お腹も空いたわ。」
「ほなら、京都のカフェに行きましょ。確かここの上の階にあったはず。多分。」
「和風ハンバーグを食べるの?」
「小町さん、馬鹿にしてませんか?」
「いいえ、別に。」
少し上の階へと上がると、開放感のあるカフェにたどり着いた。
一面のガラス張りからは駅から見える京都の街が広がる。京都タワーも。
「あら、想像していたより綺麗。これならいつも東京で行ってたカフェと同じくらい。」
「あの・・・小町さん、京都を何だと思っとるんですか?馬鹿にしてはらへん?」
「してはらへん。」
使い方もイントネーションも変だが、小町なりに方言を使いたいのだろう。
楽しんでいるならまぁいいか。
はるこはそう思ってクスっと笑ったのだった。
「私、これにする。カヌレ。」
「かぬれ。」
連れて行ったものの、ここにある食べ物は、あまりはるこは食べたことがない。
カヌレに関しては今まで食べたことがなかったので食感すらわからない。
「私、好きなの。カヌレ。」
「ようわからんけど、良かったです。」
二人は席について食べ始める。
最初は今まで行った場所について楽しく話していたのだが、どんどん口数は少なくなっていった。
「ねぇ、はるこ。クリスマスなわけだけど。京都駅に何かそれらしいものってあるの?」
話を元に戻すようにして小町は話題を作る。
「え・・・あ、そうなんですよ。ここに綺麗なものがあるんです。そろそろ暗あなってきたから、行きましょか。クリスマス。見に行きましょ。」
そう言ってはるこが小町を連れていったのは京都駅から伸びる大階段。
夕闇の中に映し出されたのは。
「ツリーだわ。」
イルミネーションで階段に浮かび上がるツリー。
それだけではない。
京都駅中ライトアップされている。
小町はぐるりと回りながら見上げる。
冬の輝く星空とライトアップされた京都駅。
「綺麗。」
「でしょ? 北山と迷ったんですけど。やっぱり最後は京都駅で逢いたくて。そう、最後は。」
「どこかに座って・・・少し話さない?」
はるこたちは、階段を登ったところにある広場に座り込む。
周りは恋人たちが等間隔に座っている。
「京都の人って間隔を大事にするのね。」
「京都というか、どこでもでしょ。」
小町は、そうなのかもねと言いながら、はるこの手にそっと自分の手を添えた。
すると、あんなに笑顔で別れたいと思っていたのに、はるこの目からぽろぽろと涙が流れる。
「泣かないで、はるこ。」
小町はそっとはるこの涙を拭った。夜風が冷たく、涙も凍ってしまいそう。いつも冷たい感触の小町の手だが、今日ばかりは氷を溶かすほど暖かい。
「私、ずっと京都に憧れてた。でも、来たところで私はいつもと変わらない。どうせ家の中から見える景色。色なんてないの。写真集で見た京都はあんなにカラフルだったのにね。」
小町は夜空を仰ぎ見て白い息を漏らす。
「私、はるこに逢えてよかった。清水寺で逢えてよかった。私の世界が変わったの。世間知らずのお嬢様は恋をして、変わったの。京都ではるこに恋してよかったわ。」
「そんなん、私も一緒です。私の京都も変わりました。あんなに嫌な清水寺も。いつも見ていたお寺も街も。世界が変わったんです。本当の恋を知らない私は本当の恋をして変わったんです。京都で小町さんに恋してほんまに・・・。」
はるこはそう言うと、止まったはずの涙がまた溢れ出す。
それを見た小町は寂しそうに笑うと、そっとはるこに口付けた。
小町との口付けは何よりも暖かい。冬の夜風がいつも以上に冷たく頬をかすめていく。
「はるこ、大丈夫。また逢えるから。」
「逢えるんですか?」
「ええ、何度でも言いましょう。私とはるこの合言葉よ。清水寺で・・・逢いましょう。」
「清水寺で逢いましょう。絶対に。」
「さよならは言わない。ねぇ、だから泣かないで。」
「じゃあ、小町さんこそ泣かんでください。」
「そうね。泣かないと思ってたのに。ごめんなさい。最後は笑おうと思っていたのにね。」
二人は額を重ね合わせながら泣いた。
また逢えるとは限らないと思っていたからかもしれない。
ライトアップされた京都駅は何色だったのか。
答えを聞く暇もなく二人は泣いたままで、最後にもう一度こう言って別れたのだ。
「はるこ、清水寺で逢いましょう。」
「この合言葉を忘れないでください。清水寺で・・・逢いましょう。」
クリスマスは終わっていく。
冬が終わっていけば季節は終わる。
二人の季節が終わっていく。
もう一度、手を繋いでおけばだとか。
もっと、キスしておけばだとか。
あぁ、あの場所に連れて行けばよかっただとか。
そういえば、これを食べておけばよかっただとか。
今更になってはるこはたくさん思い出したのだが、二人の季節はもう終わったのだった。
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