清水の峰の紅葉ば心あらば 今ひとたびの逢瀬待たなむ

 「こんなに遅くに清水寺なんて、今日は何を見せてくれるの?」


 冷たい夜風が頬を掠める晩秋の清水寺。小町の言う通り普通なら拝観時間はとっくに終わり、京の街が静まり返る時間帯。

 しかし、今日はまだ灯りが眩しく寺も周りの店も活気付いている。


 小町は着る意味があるのかという薄手のコートを羽織り、一体何が入るというのかと思う小さな鞄を持っていた。そして、どうしてそうなのだと突っ込みたくなるほどのヒールを履いている。

 おそらく・・・いや、絶対に全て高級ブランド。


 今まで気を使っていたのか出来るだけ一般的なブランド物などを纏っていた小町だが、あの一件以来、容赦なく全身高級ブランドものだ。

 

 多分、これが彼女の普通。

 これからの二人の普通。


 ただ、はること一緒にいる時はどんなことも嫌がらずについてきてくれる。

 それも、彼女の普通。


 「夜間拝観ですよ。紅葉がライトアップされとるんです。いつもと違う清水寺が見れますよ。」

 「らいとあっぷ。」

 「さ、はよう行きましょ。」

 「そうね、考えるより見た方がいいわ。」



 「紅い・・・眩しい。」


 夜空を照らす光。その向こうに見える紅葉は燃え上がるような紅。

 それを小町はじっと見つめる。


 「春は桜色、夏は緑色。秋は紅色。冬は・・・何かしら。冬は・・・私・・・。」

 「同じ景色でも違うでしょ?」

 「ええ。でも、一緒に見る人が違ったらそれもまた違う景色になるのだわ。私、はること見れてよかった。今まで一緒に見れてよかった。」

 「小町さん?」

 「いいえ、気にしないで。もう少し歩きたい。」

 「そないな靴で歩けますのん?」

 「馬鹿にしないで。私、本当はずっとこんな靴で歩いてたの・・・まぁ、ほとんど車で移動してたけれど。」

 「・・・・・・。」

 「何よ?」

 「いえ、何でもあらしません。」


 二人は紅く燃え上がるトンネルの中を歩く。今日は土曜日とだけあって人が多い。

 歩きにくい。はぐれそう。

 そうはるこが思っていると、手に冷たさを感じた。冷たくも暖かい感触。


 見ると小町が手を繋いでくれていた。


 「小町さん・・・。」

 「はるこは小さいから、すぐに見失いそう。」


 小町はそう言って微笑むのだ。

 これでは自分が紅葉してしまいそう。

 はるこは馬鹿なことを思いながら、自分もまた小町に微笑み返したのだった。


 「もみじってこんなに綺麗だったのね。紅い。燃える色。漆黒を燃やす紅。私みたい。」

 「小町さんみたい・・・何がですか?」

 「暖かい。いいえ、熱いの。多分、今までで一番。」

 「暑いんですか? でも手は冷たいですよ?」

 「そうね・・・少し冷えてきたのかもしれない。」

 「そないな薄手の服をきとるからですよ。そうや、甘酒、飲みませんか?」

 「あまざけ。」


 今度は、はるこが小町の手を引っ張ると以前かき氷を食べた店へと連れて行った。


 「また、この汚いお店?」

 「小町さん、声が大きいですよ・・・。」

 「あと、はるこ。私はお酒なんて飲める歳じゃないわよ。」

 「甘酒は大丈夫ですよ。お酒じゃないんで。」

 「おさけじゃないあまざけ。」


 甘酒を目の前にして小町は訝しげ。動物のように匂いを嗅ぐ。そしてまた訝しげ。しばらくそれを繰り返したのち、小町は恐る恐る飲んだ。


 「ど、どないですか?」

 「・・・悪くない。つぶつぶしているけれど。あと、何かしら。ジンジャー?」

 「じ、じんじゃー?」

 「たぶん。」

 「それは良かったです。」

 「誰もいいとは言っていない。でも隠し味としては悪くはない。」

 「はぁ、よう分からんけど。悪くなくて良かったです。」


 小町はゆっくりと甘酒を飲み干すと、遠くに見えるライトアップの光を見つめた。

 無言で見つめ続ける。

 そして振り返ったと思うと、はるこに寄り添って手を重ねた。そして唇も。

 冷たいような暖かいような。

 手も唇も重ね合わせればどちらも同じようなものだ。

 どちらも嬉しくてくすぐったい。

 小町となら。


 唇を離すと小町はまたあの美しい微笑みをするのだ。


 「あまざけのせいかもね。私、酔ったのかも。」

 「小町さんは熱かったから。そうやないですかね。」


 はるこは恥ずかしそうに小町を見たり下を向いたりしながらそう言った。


 そのあと小町は何か言ってくれるかと思ったが、黙り込んでいる。

 どうしたのだろう。

 少し不安になって小町を覗き込むと、また彼女は微笑む。だが、少し寂しそうに。


 「酔ったついでに話すわ。どうしようか迷ったけど。」

 「どないしたんですか?そないに急に真剣になって。」


 小町は遠くの紅葉を見たまま、手だけははるこの手に重ねる。


 「私、京都でずっと暮らすと思ってたら、そうじゃないみたい。」

 「え・・・?」

 「父がね、アメリカに拠点を移すのですって。だから、ここにいられるのは今年いっぱいね。」

 「小町さん? 嘘やろ?」


 ここで初めて小町は、はるこをじっと見て微笑むのだ。


 「嘘やない。」

 「そんな、急に!! 私は、私たちはどないなるんですか!?」

 「どないにもならへん。クリスマス。一緒に過ごして欲しいの。そして、とっておきの京都の色を見せて?」

 「小町さん!! 答えになっとらんです!!」

 「はるこ、大丈夫。清水寺で・・・逢いましょう?」


 何が大丈夫なものか。


 様々な感情が押し寄せた結果、はるこは、こう言うのが今は精一杯だった。


 「クリスマス・・・清水寺で逢いましょう・・・。」

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