嘆けとて身分は物を思はする かこち顔なるわが涙かな

「どないしたらええんやろ。」


小町の秘密を知ってからというもの、はるこはいつも上の空。


特別な目で見ないで。


そうは言われたものの、やはり見てしまう。

今までも小町の行動は奇妙だったが、特別視はしなかった。

だが、真実を知った今はどうか?


自分はそんな差別をする人間だったのだろうか。


はるこは自己嫌悪ばかりしていた。

だから、小町には逢いたくはない。

そんな酷い人間と思われたくない。

だが、今までと同じでいられる自信がない。


小町は特別な人間だから。

自分のように普通ではないから。


あんなに頻繁に京都を二人で歩いたのに、はるこは次の行く場所が分からない。

小町を失望させたくない。

今は逢いたくない。


「どないしたん?」

「あ、桜子・・・柄にもなく落ち込んどって。」

「ええ!? 何があったん?」

「あったような、ないような。」


はるこの肩は落ちていく一方。

そんな彼女を見た桜子は、こう提案した。


「なぁ、次のお休み、三条に行かへん?久しぶりにカラオケ行こうや。」


三条。

カラオケ。


小町が嫌がっていた場所。


でも、今はそこに行きたい。

はるこは二つ返事をしたのだった。



次の日。

はるこのスマホに小町からメッセージが届いた。


次のお休み、清水寺で逢いましょう。


小町から誘うのは珍しい。

でも、今は。


すんません、次のお休みは三条に行く用事があって。


はるこはそう返事した。


「もう少し、もう少しだけ。時間をくれませんか。小町さん。」


一方、その返事を見た小町は目に涙をいっぱい溜めていた。


「はるこ・・・私のこと置いていかないで。」


「小町お嬢様、お食事のご用意ができました。」


そう使用人がドア越しに声をかけたが、小町は怒鳴って追い返した。


「いらない!! 私はみんなが食べているものを食べたい。私のいつもの食事なんていらない!!」


カキ氷。

ハンバーガー。

ストロベリータルト。


どんな高級な料理よりも、食べていて幸せだった。

はること一緒に初めて食べたものは、全部美味しかった。


はるこがいないと、こんなに空虚なものなのかと小町はまた涙ぐんできた。


「三条・・・私はそこに行ったらもう一度、はること逢えるの?」


逢えるかなんて約束をしていないから分からない。

だがあの時、はるこが清水寺で待っていてくれたように自分も待ってみよう。


絶対に逢える。

私たちは逢える。


そう小町は思って、次の休みにはるこが以前連れて行ってくれた三条に行こうと決めたのだった。


「はるこ、清水寺で逢いましょう?」



休日。

はるこは桜子と三条大橋で待ち合わせをすると、二人で手を繋いで歩き出した。

桜子はすぐに友達と手を繋ぐ癖がある。

別に深い意味はないのだし、仲の良い証拠だと、はるこは気にしたことはなかった。


三条大橋。

はること小町が待ち合わせた場所。

そこに行けば。

小町は自分でも馬鹿とは思うがそこに向かった。


小町の思った通り。

やはり二人はいつも逢えるのだ。


はること小町はほぼ同時にそこへと辿り着いていた。


だが、今回ばかりは少し違う。


「はるこ・・・?」


小町は、はること桜子が仲良く笑いながら歩いている姿を見つけた。


友達?

手を繋いで。

私たちは繋いだことはあったの?

笑顔?

何か話している。

私にはそんな笑顔見せたことがあるの?


「ねぇ、それが貴女の普通なの?」


いけないことだと思いながらも、小町は二人の後を距離をあけてついて行く。


「久々にきたわ。何歌う? 桜子?」

「一緒に歌わん?」

「え、いつもの歌うん?」


小町があんなに嫌がったカラオケ店に二人は笑いながら入っていく。


それが、本当のはるこの普通。


「私が決して知ることができない世界。」


小町は惨めだった。

少しばかりはるこに仲良くしてもらって、京都を案内してもらって。

結局、彼女にとってそのことはボランティアガイドのなのだろうと思うと胸が痛い。


友達なんて思ってはいけない。

ましてや、それ以上なんて期待していた自分が愚かだったと小町は辛くなったし、そこまでのことを今まで誰にもされたことはなかったので怒りにも駆られていた。


どうせ全ては、自分が世間知らずのお嬢様だからだ。


全てに疲れた小町は、大橋の袂から鴨川の河原に降りて膝を抱えて座った。


右を見ても左を見ても、みんな二人で座っている。


「私は一人。私は何も分からない。」


帰ることもできず、小町はずっとそこに座っていた。


鴨川の色を見つけようとするが、一向に分かりはしない。

街の色も思い出せない。

行きたい場所も思いつかない。


京都はこんなにもつまらない、嫌な街だったのか。

綺麗だと思った色は全て褪せていく。


小町は水面に反射して輝く夕陽を見つめる。


そんな折、小町は声をかけられた。


「あ、あの・・・小町さん?」


聞き慣れた声。


振り返るとそこには、はるこがいた。


桜子と別れたはるこは、大橋の下に小町がいるのを見かけたのだった。

そのまま無視しようかと思ったが、そんなことはできなかった。


今なら謝れる。

今ならもう一度向き合える。


そう決意したはるこは、小町に話しかけたのだ。


だが小町ははるこの想いに反して、彼女を睨むとこう言い放った。


「返してよ。」

「え・・・?」


小町は手をはるこの前に出す。


「返して! 私のハンカチを返して!!」

「小町さん・・・? 何を言っとるんですか? そんな、冗談はやめてくれませんか?」


小町がはるこに渡したハンカチ。

返す時が来るまで持っていてと小町が言ったハンカチだ。


小町の意思は変わらない。


「どうせ貴女のことだから持ってるのでしょう? 早く返して! そしてもう二度と私に逢わないで!!」

「何でですか? 何でそないなこと急に!」

「急ですって? はるここそ、どうして急に逢わなくなったの? 私とは普通には過ごせない! そう思ったのでしょう? そうよ、貴女は普通がお似合いよ。私とはできないことをお友達としなさいよ! さぁ、早く返して!!」


小町は涙を浮かべながら怒鳴る。


そうか。


はるこは全てを悟る。


小町とは逢ってはいけない。

最初からそうだったのかもしれない。

次があると思った自分は愚かだ。


はるこは震える手で小町にハンカチを差し出した。

それを小町は奪い取るようにして自分の鞄にしまう。


「さようなら、はるこ。もう貴女とは二度と逢うことはないでしょう。」


清水寺で逢いましょう。


もう、その言葉は二人の合言葉では無くなってしまった。

もう、言ってはならない。


消えていく小町の姿を見ながら、はるこは呟く。

彼女もまた涙を溜めて。


「もう私たちは二度と逢うことはないでしょう・・・。」


夏が終わる。

あんなに暑かった京都の夏が終わろうとしていた。

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