誰をかも知る人にせむ京都の 松も昔の友ならなくに

「小町さん、あの・・・私は・・・。」


小町はただまっすぐ前を向いて、はるこの手を引っ張って歩く。

使用人たちは頭を下げながら、小町が歩く道を作る様に分かれる。


「だから、この家は嫌いなのよ。」


吐き捨てるように小町がそう言った。


そしてある部屋の前に着くと、小町ははるこに風呂に入れと促す。


「ここはゲストルームだから。お風呂もある。ここを使って。」

「え・・・!? そんな、お風呂までは入れません。」

「どうして? 私が橘グループの娘だから? 遠慮しているの?」

「いえ・・・どこであっても、遠慮するもんでしょ。こないなこと。」

「そう・・・。じゃあ、バスタオルで拭いて。部屋にある服に着替えて。普通の友達ならそうするでしょ? お願い。私を特別な目で見ないで。」

「・・・わかりました。」


はるこは言われた通りバスタオルで拭くと、置いてあった服に着替えた。

多分これは高価なブランドものだ。


小町が浮世離れしているのは分かっていたが、本当に浮世の人ではなかった。

自分と何もかもが違う。

教えてと言われ、どこか得意げになって教えていた自分が馬鹿みたいだとはるこは恥じた。

こんな人に、何を教えることがあるというのだ。


暗い面持ちで、はるこは小町の待つ部屋に入った。

小町は笑顔で迎える。


「よかった。サイズも丁度ね。私のじゃ大きすぎるだろうから頼んでおいた。」

「頼む・・・?」

「ええ、家に着くまでに買ってこいって頼んでいたの。」

「・・・・・・。」


こんな高価なブランド物を?

こんな短時間で?

買いに行かせた?


小町は悪くない。

悪気はない。

これが彼女の日常。

いつもは、何を言ってはるんですかと笑うはずだが、笑うことができない。

そんな困惑するはるこの気持ちが伝わったのか、小町の顔も暗くなる。


「ごめんなさい。やっぱり、私・・・普通じゃないのね。」

「そ、そないなことは!!」


小町は窓から外を眺める。


「この家にいたら何でも手に入る。外に出る必要なんてない。欲しいものはすべて手に入る。命令すれば、みんな言うことを聞く。」

「小町さん・・・?」

「それって、幸せなの? 私は何も知らない。何が偉いの? 私には何も見えない。感じない。灰色の世界。」


小町はゆっくりはるこに近づくと、彼女の輪郭を指でなぞる。


「京都に住居を移すっていうから。楽しみにしていたの。写真集で見た京都は綺麗だったから。所詮は本の中でしか知らないのに。だけど、はるこは色々教えてくれた。私の灰色の世界は知らない色で満ちていく。」

「・・・・・・。」


小町は、はるこの手を取るとぎゅっと握りしめる。


「お願い、はるこ。私のことを特別な目で見ないで。絶対に見ないで。普通でいさせて。だから、これからもずっと、清水寺で逢いましょう?」


真剣な目で小町に見られて、思わずはるこは目を逸らしてしまう。

いつもなら彼女の瞳に吸い込まれそうなほど見つめることができるのに。今は。


「はるこ・・・? どうしたの?」

「あ、いえ。そろそろお暇しないと・・・迷惑になりますよって。」

「・・・わかったわ。車を出してもらうわね。待ってて。」

「大丈夫です!! 自分で帰りますから。お気遣いせんでください。」

「・・・そうよね、ごめんなさい。だったらせめて、玄関まで送らせて。」


はるこは、小町に見送られて彼女の家・・・屋敷を後にした。

その後もう一度、小町は “清水寺で逢いましょう” と言ったのだが、答えることができず有耶無耶にしてはるこは別れた。


「小町さん、許してください。私、まだ心の整理がつかへんのです。」


そんなはるこの後ろ姿を見て、小町は目にいっぱい涙をためる。


「はるこ、お願い。私を特別な目で見ないで。お願い。行かないで。お願い・・・清水寺で・・・逢いましょう?」

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