魔導狩人 ~恐怖のねこにゃん棒~

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魔導狩人 ~恐怖のねこにゃん棒~

 ある日、ミヴロウ国の城内が騒然となった。

 それはペガス国から来訪した商人がある魔導器を献上したことが発端であった。

 その魔導器がまさか呪われていたとは、対応したユイ姫がそれを手にするまで誰ひとり想像だに出来なかったのだ。

 まあ想像する方がどうかしているレベルの話ではあるが。



「で、どうしてもこれ外せなくなってね。呪いを解く手伝いを依頼したいの」


 こすぷれ茶屋で困ったふうに笑うユイ姫を見て、鞘は、はぁぁ、と深いため息をついた。


「ねこみみ」

「萌え……」

「正確に言うとねこみみ王冠。古代魔導文明の宝具のひとつで」


 ユイ姫は頭に生えた猫耳をピクピク動かしながらそう答える、


「……おたく、献上品を何の警戒もせずに触るわけ」

「ねこみみ姫……いい……」

「父王に触れさせる訳には行かないでしょう? 献上品改めは私の仕事だから」

「ねこみみとっしー……いい」

「確かに英雄が治める国でも敵意を持つ輩はおるだろうけどさぁ」

「はぁ……ねこみみ……尊い……」

「店長、大丈夫?」


 ユイ姫は2人が話しているテーブルの隣で悶えているあさぎを見て困惑する。

 ふと、両手で持っていた、奇妙な形をした双剣をあさぎのほうへ向けて、その柄に付いてたトリガーを引いて双剣の先端を変形させる。

 具体的な言うと、その双剣は猫の前足のような形状をしてて、しかも毛や肉球までついており、変形といってもその前足の先端が手前へ折れた、つまり「ねこまねき」状態になっただけであるが、あさぎには効果が抜群であった。


「ふぁ、ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ」

「ユイ姫、煽らないように」


 呆れつつ、内心必死に笑いをこらえていた鞘だった。


「……正直、そっちのねこにゃん棒が呪いのアイテムかと思ったが」

「HAHAHA、ソンナコトナイデスヨー」


 ユイ姫はそう言って今度はそのねこにゃん棒を鞘に向けて手招きする。

 鞘は目を逸らしつつ、座席の横に置いてあるズタ袋からはみ出ている〈魔皇の剣〉を横目で見る。いつも周りにとんでいるカタナは刀身の中で休眠中だった。


「カタナがヨミの眠りで2、3日身動きが取れないから、軽めの依頼なら、と思ったけど……そのねこにゃん棒は何なの」

「このねこみみを献上した商人がお詫びの品でくれた物だから気にしないで」

「ふーん」

「……」


 おかしい、とユイ姫は思った。


(いつもの鞘なら辛辣のツッコミがあるのに……やはりこれは脈あり?)


 ユイ姫はもう一度鞘にねこにゃん棒を向けて手招きした。

 鞘に何ら見える変化は無い。しかし何故か鞘は目を合わせないようにしている。


(……見ようによっては何かに耐えている様子……このままので圧せば或いは魅了も……うふふっ)


 そうである。実は被っているねこみみ王冠こそがお詫びの品のジョークアイテムで、呪いの本命はねこにゃん棒だった。

 現世の80年代に、日本のある玩具会社から発売されてヒットした商品に酷似するそれは、漂流物ではなくれっきとした古代魔導文明で作られた、宝具にカテゴライズされる魔導器具である。

 古代魔導文明人が当時いた猫科の生命体を加工して作ったと思われるソレは、対象者に猫まねきすることで魅了する強力な魔力を持っていた。強固な精神力を持っていてもそれにあらがうことは叶わず、あさぎのように魅了されてしまうのである。もっともあさぎの場合は呪い以上の業が原因だとは思われるが。

 ユイ姫はこの呪いのアイテムを使い、鞘を魅了しようと図ったのである。

 では何故、鞘に魅了の兆候があまり見られないのか。

 ユイ姫は再三、鞘にねこにゃん棒を向けるが、依然何も変わらない。

 だがユイ姫は知らなかった。

 鞘にはが掛かっていたことを。


(……駄目だ……笑ってはいけない……あの○のね……)


 鞘の脳裏には、例の曲とともに、ヅラから伸びる紐を引いて仕込みの猫耳をパタパタ上げ下げしている原田○郎の変顔で締められていた。

 ユイ姫は自らの誤算に気づいていなかった。それは80年代出身の鞘の世代では猫耳は萌えではなくお笑いのネタであった事と言う点である。

 当時の猫耳萌えはまだ一部の者くらいしか理解出来ておらず、真祖ともいうべき名作「綿の国星」は、劇場アニメ化されたものの、漫画読みでも好事家くらいしか認知されて居ないレベルの作品である。鞘は件の作品は認識していたがやはりあの当時のバラエティ番組の熱量には呪いも形無しであった。


(おかしい……なぜ魅了される気配が無いの……?)


 焦るユイ姫は、この呪いのアイテムの効果に疑問を抱き始める。というか何で呪いのアイテムなのか忘れていた。

 そう、長時間装備をしてはならないという注意を忘れていたのだ。

 カラン、とユイ姫の頭からねこみみ王冠が転がり落ちる。

 続いて、ぴょんとユイ姫の頭に猫耳が生えた。


「あはははははは!」


 現実もリンクしたことで鞘の我慢の限界は突破した。笑い転げる鞘を見て、ユイ姫は、やったニャ、とねこにゃん棒を掲げでガッツポーズを取る。


「「にゃ?」」


 鞘とあさぎがユイ姫の語尾の異変に気づき、次に生猫耳に気づいて我に帰った。


「姫様、語尾あざとい」

「あざとい? 何がニャ?」


 傾げるユイ姫を見てまたあさぎが悶える。しかし鞘は冷静にユイ姫に生えた猫耳を触る。


「鞘、何をするニャ、不敬ニャ!」


 そう言う割には嬉しそうなユイ姫である。


「ホンモノの猫耳だ…」

「にゃあ…あんまし弄ニャれると私……」


 顔を赤くするユイ姫を見て鞘は慌てて猫耳から手を離す。


「おい姫さん、まさかそのねこにゃん棒の呪いじゃ……」

「違うにゃ! これは相手を魅了する呪いのねこにゃん棒にゃ!」

「おい」

「しまったにゃ!」


 うっかりしゃべってしまったユイ姫はその場から飛び退く。人の動きとは思えぬ敏捷性と跳躍力を支えたのはお尻から生えていてた長い尻尾だった。


「おい。尻尾まで生えてる」

「ふーっ!」


 ユイ姫は両手のねこにゃん棒を握ったまま威嚇をする。


「瑞原殿、これもしかしてに憑依されてるんじゃ……」

「おーい姫さん、理性あるか?」


 鞘がなだめようとするが、猫娘化しているユイ姫は威嚇をやめない。どうやら完全に精神も猫の呪いに乗っ取られてしまったようである。

 困った鞘は仰いだ。


「んー、猫の手でも借りたい事態だが何の冗談だコレ。カタナが起きていたら呪いや魔力の異常は感知出来たのだが、ヨミの眠りがアダになったか」

「どうしますこれ……わたし的にはこれはこれで!! 6期! 6期!」

「未来に生きている人間の感性はよぅわからん……」

「そうだ」


 あさぎは何か思いついたらしく、駆け足店のバックヤードへ戻り、直ぐ戻ってきた。


「てってれー! 自家製猫じゃらし~~!」


 あさぎは右手に、先に毛糸の玉が付いた手作りの小さな竿を持ってきた。


「用意周到すぎる」

「いやぁ、この間缶詰送ってくれた時にネコ缶あったからもしやと思って作っていたけど、まさか最初に使うのが姫様になろうとは」

「何の解決にもなってないが……」


 鞘は猫娘化したユイ姫を猫じゃらしであやしているあさぎを見ながら苦笑した。


「……って、ネコ缶?」

「サバ缶送ってもらった中にいくつか。まだ猫ちゃん見つけていないからほとんど手つかずだけど」

「んー」


 鞘は仰いだ。



「……あれ」


 ユイ姫が目を覚ますと、そこはこすぷれ茶屋のテーブルの上だった。


「私……あれ……確か……ねこにゃん棒を……」


 ユイ姫はいつの間にかねこにゃん棒を手放していたことに気づく。そのねこにゃん棒は向かいのテーブルの上に置かれていた。


「あ、姫様、良かった目を覚まされた」


 そばに居たあさぎが気づいて駆け寄る。そして、あっ、と何かに気づいて持っていたふきんでユイ姫の口元を慌てて拭いた。


「え、何を」

「姫様、よだれを拭きました」

「え、あ、ああ、済まない……ん?」


 ユイ姫は事態をよく掴めていないらしく、辺りをキョロキョロ見回した。

 その横で、あさぎは足下に転がっていた空き缶をそっとテーブルの真下に隠した。


「鞘は?」

「呪いが解けたのであのねこにゃん棒を処分しに行きました、危険な品だったので」

「え゛」


 アレは装備した人間が相手を魅了するだけで別に危険なものでは……と言いかけて慌てて口を噤む。そこでようやくねこにゃん棒で鞘を魅了する計画が失敗したことを理解し、ちっ、と舌打ちした。



 あさぎさん、お腹すいていると気が立つよね。


(……墓まで持っていくしか無いわね……バレたらヤバい)


 あさぎは冷や汗を掻いて、ほっ、とした。


               了

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