邪神と悪魔 2
「次の満月は……一週間もないですね」
雑居ビルの屋上から使い魔を山神神社へ向けて飛ばし、カシギとナユタはあのお茶に使われていたものと似た魔力の痕跡がないか探すことにした。
大きく広げた翼の魔力を細かく分割して使い魔を大量に飛ばす。魔力消費が多く、いつもはしない技だ。
律がビルから出ていくのが見えた。二人とも律を置いてきたことに関して気に留める事なく探索を続けている。
『わぁ。今の何? 手品??!』
突然はしゃぐ声がして振り返るが誰もいない。
いや、よく見ると配管の隙間に妙な物体がある。白くて丸い、腹に渦巻き模様をもつ……ぬいぐるみが喋っている。
『こんな所で手品の公演があるなんて情報は聞いてないけど──あ、もう見つかっちゃったか』
はじめましてーなどと暢気な声が聞こえるそれを掴み、持ち上げる。これ自体は生き物ではないし、魔力も感じられない。ふわふわした綿の奥に硬い感触がある。
「人間の作った通信機のようですね」
「壊す?」
「それだけでは声の主には何のダメージにもならないでしょう」
『何か物騒な話してる気がする。待って待って壊さないで、出来れば元の場所にそのまま戻しといてほしいな』
とりあえず戻す。喋るだけで害は無さそうだ。
ついでに駅前の雑居ビルのことについて聞いてみた。
声の主はしょっちゅう集まりがあった事を知っていた。というより、夏子さんに頼まれて調査に協力したそうだ。
『宗教の自由だから誰が参加してても止めなかったよ。こんな世の中だから、みんな縋れる何かが欲しいんだよ』
「貴方も、何かに縋りたくなったりしたのでしょうか」
『ないね! 俺は神様よりも仲間と家族を信じるタイプ』
「良いですね!」
カシギの目が爛々と輝く。気に入ったようだ。
「貴方の名前を教えてください」
『監視屋、久留山湊。くるぐるみ……えっと、このぬいぐるみに話しかけてくれたらいつでも俺と話せるよ』
この白くて丸い妙なぬいぐるみは「くるぐるみ」というらしい。
町中に飛ばした使い魔達からも至る所でくるぐるみを発見したという報告が上がってきている。
カシギとナユタは顔を見合わせ頷き合った。利用させてもらおう。
「湊さん、あのビルの中で神として崇められているものの側には“黒衣の少女”が居たという証言もありました。これについては何か知りませんか」
『高いよ?』
「いくらでも請求してください」
『いいねぇお兄さん太っ腹だね! よし、俺の持ってる情報出しちゃおう。
以前の調査で目撃が多かったのは町外れの廃病院の周辺で、実際その辺りのカメラに黒い服を着た女の子とよく分からない影が映っていたよ。
女の子の方は薬を売っているとか不思議な歌を歌っていたとかいう話も聞くね。
影はシルエットからも動きからも同一人物っぽいんだけど、画面から消えたら数キロ先に設置してあるくるろぐカメラに映っていたりしたから、人間じゃないって言われても納得できちゃうね』
ダークンは闇や影のある場所を行き来できる。
もっと聞き出したいが、人が近づいてくる音がする。
「湊さん、また後ほどお会いしましょう。ナユタ、こっちへおいで」
二人身を寄せ合って物陰で息を潜める。
現れたのは“教会”にいたダークン信者だった。
「見失ったか。確かにこの屋上のはずだったんだが……下で捜索してる人達からも連絡は無いな」
「聖女様直々の御達しだ。早くあの三人を捕まえて“洗礼”を受けさせるんだ!」
「久々の祭りだ!」
ナユタの口を塞ぎつつ聞き耳を立てていたカシギが溜息をつく。
「もう“解毒”されてしまったか」
足音を立てないようにゆっくり移動する。
焦ることはない。こちらの協力者も少しずつ増えている。
「勝ちますよ」
「もちろん!」
軽々と隣の建物に飛び移り、地上に降りる。
ぱちんぱちんと自分の一部が爆ぜる感覚がした。
「お兄ちゃん!」
「すぐ向かおう。でもまずは偵察だからね」
「分かってる」
カシギとナユタは飛ばしていた使い魔を回収しつつ、西野駅の向こう側、町外れの廃病院を目指して駆け出した。
壁も床もひび割れて、緑が芽吹き、ここはもう人間の領域ではないと主張しているようだ。
電気も通っていないのか、建物内は暗い。それでも悪魔の眼には問題なく廊下の先まで見えている。
偵察用とはいえ、使い魔を潰せるだけの力を持った者がこの辺りに居るはず。しかしいくら見回しても人影はない。気配すら感じない。
町中に散らしていた使い魔を一旦回収して、魔力として再び取り込む。少しだけ足りないのは潰された分だろう。
「もう移動した……のかな。くるぐるみを探そう」
ロータリーの植え込みの中から白いぬいぐるみがこちらを見ていた。
呼びかけて少し前の映像を確認してもらうが、誰も映っていなかったらしい。
念のため近くのくるぐるみカメラもチェックして、何も動きがなかった事を確かめるといよいよダークンの可能性が高まってきた。
「湊さんはしばらく町の様子を見ていて、廃病院以外に件の影が出たり、黒衣の少女を見つけたら知らせてください」
『了解』
院内を探索して、ダークンのものかもしれない痕跡をいくつか見つけた。
「きったない食べ方ね」
「というより……うん。遊び食べだね」
手足は善悪のない子供のおもちゃのように胴体から離れて、部位によっては齧られた跡がある。胴体は散々刻まれ見る影もない。
スン…と、鼻を鳴らしたカシギの手が、ナユタの耳元を掠めて彼女の背後にいた傷ついたままの魂を捕まえた。
「僕らとは好みが違うと聞いていたけど、一番美味しいところを残すなんて、もったいない」
魂に口付けるとそのままとぅるんと飲み込んでしまった。数秒目を見開いたまま固まる。
垣間見えたのは魂の記憶。麻酔も無しに生きたまま斬り刻まれる壮絶な最期。強く印象に残っている赤い眼の黒い少年。
「……これはこれは」
思わず笑みが溢れる。数多くの同胞を殺した悪魔とはどんなものかと思っていたら、見た目は想像より随分と可愛らしかったのだ。
「顔は覚えました。先に“聖女様”を押さえておこうか」
* * *
監視屋の協力もあり、ダークンの手助けをしているらしい“聖女様”はすぐに見つけられた。
「はじめまして、人間のお嬢さん」
手提げカゴいっぱいの薬草を持っている黒いワンピースを着た少女は、カシギとナユタを一瞥して足早に立ち去ろうとした。
「待ってくださいディジスティフさん」
カシギの呼びかけに足を止めて振り向く。
「あなた達は奪い屋? それとも何でも屋?」
「何のことだか分からないですが、強いて言うなら──貴女と“闇の子”の関係が気になる、少しお節介な悪魔です──っと」
ディジスティフの投げた小瓶が建物の柱にぶつかり、飛び散った水滴がカシギの肌を焼く。
「お兄ちゃん!?」
「ナユタ待っ──」
カシギの制止も聞かず、身体を部分的に変化させたナユタがディジスティフに飛びかかった。
いつの間にか開封されていた二本目の小瓶の中身を正面から浴び、声をあげることもできずに鋭い爪は土を掴んだ。
「カミサマを追放した“悪魔”は、みんなみんな居なくなればいい……」
「追放したのは僕らではないけれど……まあ、同族だね」
ナユタに駆け寄ったカシギは結界を張り、焼け爛れた皮膚に手を翳す。剥き出しの眼球はなおギラギラとした輝きを失わず、憎き相手を映している。
ディジスティフは既に次の手を打とうとしている。彼女の髪が、スカートの裾が、風を纏って揺れる。
「信者達にかかっていたまじないを解いたのも貴方達よね? 二度と邪魔できないように、きっちり“洗礼”を施しておきましょう」
ディジスティフが開けた小瓶から、カシギとナユタを焼いた液体が溢れ出る。彼女を取り巻く風に乗り、太陽光を反射してキラキラ輝く。その光景は何も知らない人間が見れば美しく、神々しさすら感じるのだろう。
一歩、また一歩と、人々に救いを与える聖女の如く、魔女がカシギの結界に近付く。ジュッと音を立てながら、液体に触れたところから分解されていく。
ディジスティフの口から聞こえてくるのは、子守唄のような優しい歌声。救いを求める人々が、居場所を失った悪魔が、欲してしまうような優しい歌声。
甘く優しく包み込まんとする声に、しかしカシギは言い放った。
「そんな上辺だけの歌魔法、効きませんよ」
ゆっくりと肉体を回復させているナユタを支えながら立ち上がる。
綻んだ結界から侵入する輝きに身を焼かれながらも微笑みを崩さない。
「貴女を止め、闇の子から救いたい。貴女の兄弟子、キルシュさんの願いです」
「何を……知ったふうな事を!」
ディジスティフを取り巻いていた液体が一点に集まる。結界ごとカシギを貫こうと放たれた水の槍は、猛烈な風に押し返された。すかさず周囲の建物に張り付いていた蔦が、呼吸もままならないほど強くディジスティフの身体を縛り付ける。
「できれば、女性にこのような手荒な事はしたくなかったのですが……」
言葉とは裏腹に、カシギの表情はとてもいきいきとしていた。
ディジスティフの頰に手を添えて、顔を近付ける。酸素を求めて開いている口に舌を滑り込ませると、しっかりと味わうように吸った。
だんだんディジスティフの身体から力が抜けていく。
カシギがゆっくりと口を離すと、縛り上げていた蔦も力を弱め、少女の身体を地面へ横たえさせた。
「ごちそうさま。なかなかに美味しかったですよ」
* * *
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