初夏の刈祭
新緑がまぶしい季節。それは戦いの始まり。
人は、居場所を奪われないように植物を刈る。
かつて緑を守ろうとした人々は、自らが肥料となった。
侵攻止まぬ植物たちの親玉は、森の奥深くに眠るアヤカシ。優しそうな青年の姿をしていたが、体に生えた草花と鱗は、人々から異形の者として認識されるには十分だった。人間の娘に恋をして、しかしその想いは叶うことなく封じられた。
「封じられているのなら、どうして町への侵攻は止まないの」
少女の問いかけに、老婆は答える。眠れるアヤカシを慕う者達がそうしているのだ、と。
窓から見える景色、鮮やかな緑の中を駆け回るのは町の掃除屋集団。普段はお互い刃を交えることもある彼らは、この時期だけは誰一人欠けることなく手を組んで掃討にあたる。
伸びる新芽を積み、絡みつく蔦を剥がし、広がる枝を切り落とし、茂る草を薙ぎ払い、人が今まで通りに住めるように掃除していく。刈り取られた枝葉はしっかり乾燥させて薪の代替品にする。
「悪いものばかりでもないけれど、一つでも許して見逃してしまうと、それが元で惨事になる」
風に吹かれ、初夏の空に花が舞った。
* * *
初夏の刈祭。掃除屋本舗に所属しているスカーレットもこの日の獲物は植物だ。
「くっ……埒があかねぇな!」
切っても叩いても反応がない、手応えがない。そして終わりが見えない。毎年そうだ、奪われた分を取り返して終わる。
いつか、全て一掃してやる――そんな思いで睨みつけたのはいつだっただろう。今となっては、たまに顔を覗かせる諦めを追い払い、目の前の茂みを切り払うだけで精いっぱいになっていた。
「スカーレット、手が止まっていますよ」
声をかけたのは烏(カラス)と呼ばれる壮年の男性。普段は公園などのゴミ拾いをしている。
「今年も我らが掃除屋本舗に優勝を!」
「……ちっ。言われなくても!」
初夏の刈祭――毎年町中の掃除屋に各地区から要請が出る。町を呑み込まんとする緑の波を刈り、一番多く刈った人には賞金が贈られる。
家屋を覆うほど茂った緑色の塊を見上げる。
「相手してやんよ、この、雑草が!」
まずは手の届く範囲から刃を入れていく。成長速度が尋常ではないとはいえ、結局は植物。根から切り離されれば枯れるのは同じだ。町を呑み込もうとしている種類は特に、成長速度も早ければ切られた後、枯れるまでも早い。まるでどこかから成長のためのエネルギーを送られているかのようだと同僚が言っていたのを思い出す。
しかし、どうやって?
人の手首ほどもある蔦に斧を振り下ろす。途端に付いていた緑の葉が艶を失くし、茶色く朽ちていく。
成長のためのエネルギー。肥料。そういえば体中から緑があふれだして植物と化す奇病の噂も耳にした。脳内に浮かんだ両親の最期を振り払い、扉を塞ぐ太い蔓を切り落とし、剥がしていく。どうせこの扉ももう誰もくぐらない。いっそのこと燃やしてしまったら手っ取り早いんじゃないかと、面倒臭がりな一面が頭をもたげる。うん、なんだか本当に暑くなってきた。暑いって言うより……熱い?
周囲を見回すと、火の手が上がっていた。
「うわ……」
「何してるんですか、逃げますよ」
声をかけたカラスは同時に颯爽と逃げ出した。年齢を感じさせない――なんて言葉をこんな所で使わせるなオッサン! 無人の廃屋より自らの命を優先して撤退する。
祭の本部に戻ってきたメンバーの話を集約すると、火をつけたのは赤い髪をした運び屋の女らしい。
鉈と炎で道を切り開く彼女が放った火が、集めてあった枯れ草に移ったのだとか。
「迷惑な話です。ああ全く!」
腕を組んだ烏が低く唸る。
幸い、早い段階で消火できて被害は少なくて済んだようだった。が、原因となった運び屋は見つからず、焼け跡からは熱と大量の水により勘違いした植物が一斉に芽をふき出したという。
「スカーレット、この祭りが終わったら個人的に依頼したいのですが」
「自分でやれよ」
「手が汚れるじゃないですか」
「はんっ。掃除屋のセリフじゃねーよなぁ」
「それから、《ボス》からも依頼が来ています」
その一言に、スカーレットは真顔になった。
「……自分らで何とかしろよ」
投げやりに言って、空を仰いだ。
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