風邪ひき湊

「では、また」

「今度はもう少し平和な依頼だと嬉しいな」

 ヨヒラと別れて家路を辿る。体はすっかり冷えきって、むしろ暖かいくらいだ。頭が何だかふわふわする。





翌日、なかなか起きてこない湊に裕理は首を傾げた。

「もうお昼なのに」

 呟いた言葉に真が応える。

「昨日も遅かったみたいだよ?」

「でもいつもならお昼には起きてきてる」

「……」

「……」

 同時に席を立ち、揃って湊の部屋へ向かった。真が扉を開け、裕理が覗きこむ。澱んだ空気。部屋のカーテンはまだ閉まったままだ。

「……兄さん?」

「んー……」

 返ってきた声はざらついた音だった。

 床に散らかる本や仕事道具を踏まないように慎重に布団まで近付く。

「兄さん、もう昼だよ」

「具合悪いの?」

「……出てけ」

 気遣う言葉を一蹴したのは、布団の中から唸るように発せられた冷たい言葉だった。

「そんな言い方――ちょっ裕理!」

 真の制止も聞かず部屋を飛び出した裕理の足音はとっくに階下へ降りていた。開け放たれた扉から布団へ視線を戻すが、湊は頑として顔を見せない。何も言わずに退室して、ゆっくり扉を閉めた。

 階段を下りる途中、呼び鈴が鳴った。玄関では既に裕理が待機している。

「早かったわね」

「まあ、斜向かいだしな。じゃ、おじゃまします」

「はいどーぞ」

 裕理と挨拶を交わして家にあがったのは近所に住む青年。赤髪の護り屋、内藤衛(ナイトウマモル)。久留山家の夫婦がいた頃からの付き合いで、今までも兄弟だけで解決できないことがあれば彼を呼んでいた。

「様子見てくるから、真と一緒に待ってろな?」

 優しく頭をなでられ、裕理は黙って頷いた。


 双子と同じく、衛も部屋へ入った途端に冷たい言葉を投げつけられた。

「あの双子にもそうやって冷たく当たったのか」

「……さて、ね。説教だったら帰ってよ」

「一応依頼だからな。依頼じゃなくても、病人を放置して帰るわけないだろ」

 布団の中に手を滑り込ませ、湊の額に触れる。熱い。

「大切な人に風邪をうつしたくない気持ちは分かる。

けど、余裕がない時こそ優しく伝えてやれ。裕理、泣いてたぞ」

「え」

 驚いて起き上がろうとした湊を押さえつけ、布団を被せる。

「出てけって、お前から言ったんだろ。今は寝とけ。

ほら体温計、計ったらパジャマ着替えておとなしくしてろよ。台所行ってくるから」

 言い置いて衛は部屋を出た。

 階段を降りると、リビングの入り口で裕理が待っていた。

「……どう、だった?」

 そう簡単に泣かないのは知っている。しかし案外脆かったりするものだ。特に大切に思っている人から冷たくされればなおさらのこと。

「湊は幸せもんだなー」

「どうだったって聞いてんのよ」

「いてって……蹴るなよ。あいつは別に怒ってる訳じゃない。安心しろ」

 蹴りの力が弱まったうちに台所へ移動する。残っている食材をチェックしつつ、病人食のレシピを組み立てていく。

「裕理、隠れてる真も一緒に、手伝ってくれ」



 衛と裕理、真の介抱のおかげで、翌日の昼には平熱に戻った。高熱が出ている間、朦朧とした意識の中で酷い事を言ったかもしれないというもやもやした気持ちだけが残っている。ぼやけた記憶を遡り、辿りつく。

「ごめん……泣かせるつもりは無かったんだ」

「なんのこと?」

 何故か裕理は首を傾げてキョトンとしている。

「え、裕理が泣いてたって――衛!」

「やっと気づいたか。まあまあ、そう怒るなって。また熱上がるぞ」


 久留山家に賑やかさが戻った。

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