擬似家族写真

 夙がよく足を運ぶ場所のひとつに、何でも屋テオの事務所がある。軽くノックをしてから扉を開けると、ソファーに座り、何やら四角い物を眺めている黒髪の男性――彼がこの事務所の主、テオーリアだ。

 仕事中だろうか。遠慮がちに入室する。

「いらっしゃい」

「あ……すみません、仕事中に」

「仕事? ……ああ」

 夙の言葉に一瞬キョトンとした後、自身が手にしている物に気付いて笑った。

「仕事じゃなくて、気が向いたからちょっと物置を片付けていたら出てきたんですよ」

「?」

「カメラです。型は少し古いけれども」

「テオさんの?」

「いえ、きっと先代の置き土産です……まだ使えそうだな」

 おもむろにカメラを夙に向けてシャッターを切った。

 パシャリ

 音と光が、内部構造の作動を知らせる。

「!?」

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」

「や、だって、魂を取られてしまうって……」

「君はいつの時代の人ですか。ほら、何ともないでしょう」

「……」

 納得しきらない表情で、夙はテオの隣に座った。膝を抱えて、足を揺らす。足首の環鈴が控えめに音を出す。

 沈黙の中、秒針の音と鈴の音と屋外の音と。

「良い音ですね」

「……」

「で、今日はどうしたんですか?」

「……なんとなく、来てみただけ。迷惑…?」

「いいえ。夙君の元気な姿が見られて嬉しいです」

「……」

 微笑みに沈黙で返す夙。表情に大きな変化はないが、よく見ると頬が色づいている。一瞬テオを見て、膝に顔を埋めた。


 時計の鳩が二度鳴いた。

 依頼状の束を整理していたテオが顔を上げる。

「そろそろかな」

 屋外の、近付いてくるトラックのエンジン音。危機馴染みのある低音に、眠るように動かなかった夙も顔を上げて入り口の方を見た。

 勢いよく扉が開いて、入ってきたのは威勢の良い女性。

「よーっすテオ! ジャンナさんが届けに来たよー!」

 テオに挨拶してすぐに夙の存在にも気付いた。

「夙もいたのか!」

「……どうも」

「ジャンナさん、荷物を」

「お、そうだった。ここに受け取りのサインな」

 テオとジャンナのやりとりを見ながら、「良い相棒」という言葉が浮かんだ。もうひとつの意識下では、以前テオがこぼしていたことも思い出す。

「……はぁ。大人の世界はよく分かんない……」

「突然何なんですか」

「何でもない」

 テオと夙のやり取りの合間に、室内を見回していたジャンナがテーブルの上に置かれたカメラを見つけた。

「フィルムカメラだ……しかも相当年季の入った。テオのか?」

「二度目になりますが、違います」

「動くのか?」

「一応、先程試し撮りしたところですよ。ちゃんと写っているかは現像してみないことには分かりませんが」

「ふーん」

 ジャンナはカメラを手に取りしばらく眺めた後、レンズを二人の方へ向けた。フレームの中に映る、自然体のテオと何故か固くなる夙。

 覗いただけでシャッターボタンは押さない。代わりにこんな提案をしてみた。

「よっし、三人で撮ろう!」

「良いですね」

「な、何で!?」

「さっさと使いきって現像したいだろー」

 テキパキ動き出した二人に気付かれないように逃げようとした夙の肩を、テオが掴む。

「っ!?」

「《三人で》撮りましょう、ね?夙くん」

 いつもと変わらない笑顔が今は怖く感じてしまったのは気のせいだろうか。

「よし、セット出来た! こっちこっち!」

 反対側をジャンナに捕らわれた。

 ――逃げられない。


ぱしゃり…





 後日、現像された写真が夙の手元にも届けられた。

「……家族写真みたい」

 家族なんて知らないけれど。呟きながら、写真を鞄の中に仕舞った。

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