始末屋四葩(四種)
【始末屋と監視屋】
「私を見張っていて下さい」
街の中で一番見晴らしの良い塔の入り口。扉を開けたら、依頼が舞い込んだ。黒い着流しに狐の仮面。一瞬、あの世からのお迎えかと思ってしまった不気味さ。
誰か他人を監視しろという依頼の中、その人は自分を監視してくれと言った。
過去なんて知らないし、未来なんて知りえない。頭を下げたままの依頼人を見ながら、首を傾げる。
「正直にいうと、受けたくないんだけど」
「え……困ります!」
狐仮面が縋りついてくる。
傷だらけの大きな手。きっと背負っている風呂敷の中には彼の武器が包まれているのだろう。困ったな。戦闘職種だ。始末屋か、奪い屋か……うん? 黒衣に狐の仮面――なんだか聞いたことあるような……。
「始末屋の、ヨヒラさんでしたっけ」
「……はい」
服を掴む力は緩まない。
「えー……っと、詳しく聴かせて頂いても?」
「もちろんです。あ」
「?」
「仮面、着けたままでも良いですか」
どれだけ顔を晒したくないんだ。表情には出てしまったかもしれないが、言葉にはしない。
「どうぞ」
こうして俺は、始末屋ヨヒラの依頼を受けることになった。
* * *
【始末屋と掃除屋】
隣接する工場を縫うようにして伸びる道に、彼らはいた。
怒号と銃声、跳弾の音。途切れた隙の足音と柔らかく重い物が崩れ落ちる音。
相手が動かなくなった事を確認して、始末屋は槍を引き抜いた。返り血が、仮面を汚す。
「相変わらず、良い腕してますね」
穏やかな声が言う。
「しかしなぜ貴方に手伝って貰うと彼もついてくるのでしょう」
始末屋は答えない。槍についた血を拭き取り分解すると、風呂敷に包んで背負った。
「おや、もう帰るのですか」
「……私の仕事は終わりました。掃除は、お願いします」
それだけ言って、始末屋はその場から離れた。いつの間にか監視屋も姿を消している。
「ふうん。いまいち面白くない」
呟いて掃除屋は手袋をはめた。
* * *
【始末屋と何でも屋】
得意分野で補い合うように、また、依頼人の意向により他の仕事屋と組んで依頼をこなす事も往々にしてある。
新しい仕事屋が現われた。依頼主の邪魔になるであろう存在を始末する――それが今回のヨヒラの仕事。
与えられた情報によれば職業は何でも屋。特徴としては、白黒グラデーションの髪に紅い目。まだこの街に来たばかりで仕事をこなした数も少ないが、評価はじわじわと上がってきているようだ。特に戦闘に関わる噂については、ヨヒラも何度か耳にした。
邪魔な存在になりえるなら消す。利用できそうなら無用な争いはしない。
夕闇せまるアスファルトの道。ヨヒラが歩く下駄の音。後ろから追ってくるのは鈴の音。しゃらしゃらと、少年が駆け抜けた。
白黒グラデーションの髪が跳ねる。声をかけて、ヨヒラを見たのは紅い目。聞いていた特徴と合致した。
「新しい何でも屋とは、君ですか」
少年が頷く。
「シュク。そっちは?」
「始末屋のヨヒラです。今回は君と仕事をという依頼人の意向で――」
突然、シュクがナイフを構えた。
――しゃんっ
鈴の音が、ヨヒラの背後まで跳んだ。
短い悲鳴とくぐもった声、離れていく複数の足音を聞き、ヨヒラは密やかに溜め息をついた。
振り返るとナイフをしまったシュクが手に付いた汚れを服で拭っていた。地面には点々と赤い跡。
「いきなりごめん。よく追いかけられるんだ」
「私もです。では、追っ手を片付けながら行きましょうか」
二人並んで歩き出す。
彼らを仕向けたのは私の雇い主だと打ち明けたら、この少年は彼らと同じように私を追い払うだろうか。
仮面の下で、笑みがこぼれた。
* * *
恋した狐
四葩は嘘が下手だ。
舜は畳に転がる狐の面を拾う。持ち主は何故か布団の中で丸まっている。
「四葩さん……」
声をかければ布団の塊がもぞりと動い──たけれども出たのは震えた声だけだった。
「……大丈夫、だから……舜は、部屋に戻っていてください」
「何があったの?! 四葩さんがそんななるなんて!」
「見ないで!」
背後をちらりと確認してから覆い隠している布団に手をかけると、悲鳴に近い制止の声。構うものか。舜は容赦なく剥ぎ取った。
出てきたのは案の定、耳まで赤くした四葩だった。
「……見ないでください……」
「こんなことで泣きそうになる大の大人って……」
「あの……夏子さんには黙っていてください……」
「無駄よ。最初から見てたから」
舜の背後、部屋の入り口を塞ぐように仁王立ちで夏子がいた。
堂々たる歩みで四葩に近付き、無理矢理顔を自分の方へ向けさせた。
「何があったか、言えるわね?」
静かな言葉が四葩の逃げ道を奪う。
「ぁ……の……えと……す、好きな人が、出来ました」
「……」
夏子は無言で四葩を解放した。立ち上がり、廊下に出てから一言「そんなことでいちいち籠ってんじゃないわよ」と言って離れて行った。
今度は舜が傍に座って言葉をかける。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「……どうぞ」
「四葩さんが好きな人って、どんな人?」
長い沈黙の後、舜から返してもらったお面で顔を隠して、ようやく答えが返ってきた。
「桜の精かと思ってしまうほど美しくて……一目惚れ、だった」
「で、どうして布団に籠ってたの?」
「……怖くなったんだ。始末屋をしている僕が、人を好きになってもいいのかって」
「そんなの──」
「そんなことで悩んでんじゃないわよバカ!」
「だからなんでこういうタイミングで来るんですか!」
再び部屋に現れた夏子は、一升瓶を卓上に置いた。四葩を巻き込んで飲む──いや、どちらかというと四葩に飲ませて聞き出そうと言う考えだろう。
「ぱーっと飲んで解放されちゃいなさい! あ、舜の分はないから。おやすみ」
未成年はさっさと寝ろということらしい。仮面の下から助けを求める四葩の視線に気付かないふりをして、神様の指示に大人しく従って退室した。
「四葩さん、がんばれ」
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