とある宝石に関する顛末
何を届ける?
『運び屋・大和』
太陽がビルの谷間に沈む。
町に明かりがつく頃、運び屋・大和は配達リストを確認した。今日の配達は粗方片付いた。リストの欄外に書き込まれた時間ゆを確認して、バイクに跨がる。本日最後の仕事は繁華街の角。
待ち合わせ場所に着いた。依頼人の姿は見当たらないが、監視屋を見つけた。
「監視屋なんて付けなくても届けるのに」
「ははっ信用されてないね」
「うるさい」
青髪の監視屋は、へらりと笑って大和の頭を撫でると姿を消した。ちまちま隠れながらついてくるつもりのようだ。
待ち合わせの時間は過ぎたが、依頼人の姿はまだ見えない。
「……遅い」
ふと視線を上げると、監視屋が立っていた。何か言いたげに大和を見ている。
「早く言えば?」
残念なお知らせだけど――そう前置きしてから告げられたのは、依頼人が来られない理由。
「……消されたか」
きっと荷物は奪われた。依頼人が居なくなったのにわざわざ探し出し、奪い返して届ける必要もない。
大和はバイクに跨がると、帰る、とだけ言って待ち合わせ場所を後にした。
* * *
話だけなら……。
『何でも屋・夙』
ちょうどその日一日の仕事が片付いたときだった。声をかけられ振り向くと、一人の女性が立っていた。
「何でも屋さん、よね?」
自信なさげに問いかけられ頷くと、彼女は早速依頼を持ちかけてきた。相当急ぎのようだ。
「父の形見なんですっ……どうしても、手離したくなかった物、なんです」
「だったら奪い屋に――」
「実は、奪い屋さんにはもう頼んであるの。ただ、あの子だけでは不安で……」
伏せられる目を、じっと見ていた。大人が嘘を吐く時特有の、あの嫌な感じはない。
受けようか。
話を聞くだけのつもりがいつの間にか受けている。だって困ってる人を放っておけないしと心の中で自分に言い訳をして、夙は今回の標的と、共に仕事をする奪い屋の特徴を聞いて依頼人となった女性と別れた。
待ち合わせ時間が迫る公園。人が徐々に帰って行くなか、走ってくる少女の姿。
赤い髪に和洋折衷な服。走り方からも元気さが窺えるが、
「……(依頼人が不安になった理由が分かった気がする)」
明らかに夙より年下の少女に声をかける。
「奪い屋のサイリ、で合ってる?」
「はい! 何でも屋の夙さんですね。話は依頼人から聞いてます。
お仕事頑張りましょう!」
腕を振り上げてやる気満々な犀利に、夙は曖昧に笑って頷いた。
標的は公園の横を通るらしいという情報までは貰っていた為、二人は公園に面する道路を見張っていた。たまに人が通るが、何か隠している風ではない。むしろ二人の方が怪しい目で見られていた。子供が出歩く時間ではないため、補導されないかだけ心配しておく。
カチリ。公園に設置されている時計が音を立てて九時を指す。静かな住宅街の中を走ってくる場違いな高級車。
「どこのお偉いさんかなー」
「さあね。ちょっと見てくる」
「あ、私も」
「怪しまれるからダメ」
夙はフードを目深に被ると、住宅街をゆっくりとこちらへ走ってくる車に向かった。見ようによってはジョギングしている人に見えなくもない。
手を振ると、徐行していた車は静かに夙の前で停まった。
「大丈夫かな……」
車からは見えず、しかしすぐに飛び出せる位置から様子を窺う犀利にも、すぐに出番はやってきた。運転士と雇い主らしき人物が車から離れ、白髪の少女が刀を構えて夙と対峙している。
「犀利!」
名前を呼ばれて駆け出す。応戦している夙の周りにそれらしい物が落ちていないことを確認して、車内を覗いた。小さな箱を見つけ、手に取る。
「取ったよ!」
箱を掲げてみせ、犀利はすぐに逃げ出した。
* * *
護るのが仕事だから!
『護り屋・菅井』
とある宝石を届ける必要があるため、道中の護衛を頼むと依頼が入った。運び屋に頼めば良いのに、依頼人は自身が手渡ししたいのだと言って聞かなかった。
依頼人の家まで出向き、仕事についての簡単な説明を受けた後、一緒に車に乗り込んだ。御抱え運転士付きの高級車に、変に緊張してしまう。
道中はほとんど会話はなく――あったにはあったが大半が依頼人の自慢話だった――警戒していたほどのトラブルもなく、住宅街に入った。ここを抜けた所が目的地だと言う。
道の先に公園が見えた所で車は静かに停まった。確かまだ目的地ではなかったはずだ。
「おい、どうした」
依頼人が運転士に問いかける。運転席側を見ると、窓の外に人影。こっそり覗いてみた。相手はフードを目深に被っているが、どうやら少年のようだ。
なんだか見たことあるような――。
考えているうちに、少年と目が合った。
「菅井、さん?」
この声はすごく聞き覚えがある。
「もしかして、夙くん?」
「なんだ、君の知り合いか」
「ええ、まあ」
運転士と依頼人が肩の力を抜いた。
「ならば彼も護り屋かね」
「いえ、彼は――」
何でも屋だった。護るのも奪うのも引き受ける仕事屋。
気づいた時には依頼人の手は窓を開けていて、感情の無い赤い目が、後部座席の二人を映した。
「こんばんは。そして、おヤすみ」
「!」
間一髪、依頼人を引き倒して夙の攻撃から護り、背にかばった。
「車出して下さい!」
「う、動かないんですっ!」
開かれたドア、街灯を背に赤い目が光る。
「菅井さん、そこ、どいテ」
「退きません。護るのが仕事ですから!」
しかし車内にいては刀が使えない。車が動かなくては依頼人を逃がすことも出来ない。
カチャ…
菅井の背後で冷たい音がした。拳銃を構えるのは依頼人。
仕事はしっかりこなさなくては。しかし、知り合いが傷つけられるのは嫌だ。
葛藤する菅井の目の前で、夙が腕を振った。耳元の風を切る音と発砲音とくぐもった声が、ほぼ同時に聞こえた。
「っ田中さん!」
急所を外しているのが不幸中の幸いというやつか。しかし時間がない。菅井は運転士に依頼人を連れて逃げるよう指示した。逃げるまでの時間稼ぎくらいならできる。
運転士が依頼人を背負おうとした時、依頼人の手から小さな箱が落ちたのを夙は見逃さなかった。
見つけた。
すぐに拾いに行きたいが、やはり菅井が立ち塞がる。
「犀利!」
名前を呼ぶと同時に菅井に攻撃を仕掛ける。自己流らしい刀の扱いは夙からしてみれば隙だらけで、どうすれば車から意識を逸らせられるかも容易に考えられた。
金属同士のぶつかり合う音が響く。
「取ったよー!」
「しまっ…!」
背後を確認する暇さえ与えない夙の攻撃に、一時的とは言え、思考から護るべき小さな箱のことが消えていた。
そうこうしているうちに、奪い屋が走り去っていく。
「その程度の力で、何を護るっていうのさ?」
菅井を押し離して、夙も逃げ出した。
後に残されたのは、動かない車と護るべきものを護れなかった護り屋。
* * *
夜道を走る少女が一人。後ろから聞こえるもうひとつの足音。
「犀利」
「夙さん。えへへ、任務成功、ですね!」
走った為にあがった息を落ち着かせながら嬉しそうに笑った。
ちゃんと届けて報告が済むまでは、報酬が支払われるまでは気を抜くなと教わっていた夙が口を開く前に、小さな箱は犀利の手の中から消えていた。
「油断大敵。残念ながら今回は任務達成ならず、だな」
「よ、横取り!?」
「奪い屋なもんで」
「私だって奪い屋だよ!」
「なら、奪い返してみろよ」
藤色の瞳が笑う。
身長差ははっきりしていて、犀利が手を伸ばしても届かない。ひらりひらりとかわしては、相手の反応を見るように一度止まってみせる。
ゆとりあるサイズの服と口元まで覆って隠すネックウォーマーで体格や人相は分かりづらくなっているが、この奪い屋には会ったことがある。染み付いた動きの癖までは隠せない。
――なんで、ここに……!?
「夙さん!夙さんも取り返すの手伝って下さい!」
名前を呼ばれて我に返った。動揺は犀利には気付かれていないようだ。
奪い屋が夙を見る。軽く首を傾げて箱をポケットに押し込んだ。
「別に争うつもりはない――」
「だから返してってば!」
犀利の攻撃を軽く避け、夙に近付いた奪い屋はすれ違いざまに囁いた。
「またな、シュク」
「!」
追おうとしても暗い色の服はすぐに闇に紛れて分からなくなってしまった。
* * *
「――で、結局のところ誰も仕事を成功させられていない訳だ?」
「……多分」
装飾のない部屋。とあるアパートの一室。ソファーに寝転び、寛ぐ大和と膝ごとクッションを抱えている夙がいた。
「それにしても、あんたが奪い返さなかったのは珍しいな」
「……」
「まぁ、依頼人が来なかった理由も分かったし、その原因がさらに失敗してた事も分かったし、深くは聞かないでやるよ」
「……」
「おい、夙?」
無言で返されるのはいつもの事だが、今回はなんだか様子がおかしい。膝を抱えこんで――震えている。
「……大事な……人、なんだ」
ボクを救ってくれた大切な人なんだと夙は言う。できれば戦いたくはないのだと。
あんたがどう思っていようと、関係ない事だけどと大和は冷たくあしらった。
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