猫とともに暮らす世界

篠騎シオン

そういう世界もいいんじゃニャい?

「族長! 例の流れ星が来ました!」


予告されていた通りの年、それはついにやってきたニャ。

長らく続いた平穏の、終わりを告げる流れ星。

それは、ボクらだけの生活が終わりを告げることを意味していた。


「闘いの時が始まるニャ」


ボクは全身の装備を整える。

そして今までのこと、歴史に、思いを巡らす。


千年以上前、人類は壊してしまった地球環境を回復させるために、宇宙へ旅立ちそこで眠りについた。

それ以来、AIの遺伝子組み換えによって誕生したボクら猫人族が地球環境を回復させ、その保全に努めてきた。

長らくこの星を、ボクらが守ってきたんだニャ。

人間たちにはわからせてやらねばニャらない!


ヘルメットに、武器、植物で編んだ防具に、お気に入りのブーツ。


「よし、これで完璧ニャ!」


自分の装備を確認し、ボクと仲間たちは流れ星が落ちたという場所へと向かうのだった。



その場所に行くと、戸惑った顔の人間たちがそこにいたニャ。

それもそうニャ、今まで眠りについて仮想世界(?)とかいう場所で彼らは生きていたらしい。それが突然、この自然に投げ出されたのだから。


「きゃ、誰かいる!」


一人のメスの人間が、ボクらの姿に気付く。

その顔には恐怖が浮かんでいた。

彼らにとっては、この世界すべてが未知だ。

それも当たり前かニャ。


ボクは武器のナイフに手をかけながら、彼らに向かってゆっくりと近づいていく。


周囲を見渡す。

百名を超えると聞いていたのに、その数は数十名。随分と少ない。

AIの予測よりも、自然や生命についての理解度が高く頭の柔らかい人間は、少なかったということか。


「人間、お前ら、これで全部か?」


ボクが尋ねると、人々は顔を見合わせる。

人間が地球にいたころは猫人族はいなかったはずなのに、彼らはボクの姿に対してパニックを起こさなかった。

これも夢の世界の影響ニャんだろうか。

そんなことを考えていると、一人のオスの人間がこっちにずんずんと進んできて言い放った。


「おいおい、人間とはずいぶんな呼び方じゃないか、俺たち人間は地球の支配者だぜ。もっと敬ってくれよな」


これがAIの言っていた多様性かニャ。

お行儀のよい子だけじゃ人間が絶滅する可能性があるからと、イレギュラーをいれることは聞いていた。

でも、ちょっととんがりすぎじゃないかニャ。


その行動と言動に呆れるボク。

武器持っている相手にガンつけるとかどんだけ怖いもの知らずニャんだ。


それに、人間が地球を支配していたのなんて1000年前の話ニャ。


「ニャ? 地球の支配者とはボクらのことだニャ。思いあがるんじゃニャい!」


ボクのその言葉で、武装した仲間が一斉に彼らを取り囲んだ。

人間たちの顔がさっと青ざめる。

今のうちに、恐怖を知っておけばいいニャ。



――慎重にならニャきゃ、自然の中では生きていけニャいからな。









「もう、あの時はびっくりしたんだからね」


そう言いながら笑うのは、一人のメスの人間、三奈みな

細胞や医療関係の研究にお熱で、今もフラスコをぐつぐつ熱してなにやら培地を作っているニャ。


「自然界での上下関係をわからせてやらニャきゃならなかったからね」


ボクはそう言いながら淹れてもらったハーブティーを飲む。


あの日から数年の月日が流れた。

自然のことを何も知らない、生きる術を知らニャい人間たちにサバイバルの術を教えるのは壮絶な戦いだった。

最初に脅したおかげか人間たちはすんなりボクらのアドバイスに従ってくれて、彼らは自然を壊さず、共存する生き方を学んで行ったんだニャ。

そして、ボクらと彼らはいい関係を築いていた。


「もうみんな、自分の力で自然の中を生きて行けるようになったから安心だニャー」


口ではそう言いつつ、ボクには一つだけ心配なことがあったニャ。

それは、人間たちの繁殖ペースが遅いこと。

ボクら猫人族は年に数人の子供が産まれるし、妊娠期間も短い。

けれど、あの日やってきた数十人の人間たちの中で、子供が出来たのはここに来る前から想い合っていたという一組だけ。

そもそもつがいになっている人間があまりにも少ないし、人間の妊娠期間は長い。

このままではいずれ、緩やかに人類は絶滅してしまう。


由々しき事態だニャ。

AIはどう計算してこの人数をここに送り込んだんだニャ。

そう心の中でAI「Sea」の悪態をつきながら、ボクはお茶を飲み干す。


すると、ニャにやら突然外が騒がしくなった。


「大変だ!」


入ってきたのはあの日ボクに食って掛かったとんがりボーイ、秋良あきら

密かに三奈に想いを寄せる人間のオス。

彼はボクと三奈の姿を確認して、ラボにずんずんと入ってくる。


「どうかしたニャ?」


「自然管理システムがウイルスの発生を予測した。人にしかかからない死に至る病気らしい!」


そう僕に伝えた後、秋良は三奈の手を取った。


「三奈、君の力が必要だ。君にしか出来ないことだよ。みんなを救ってくれ」


手を取られて見つめられて、真っ赤になる三奈。

どうやら、秋良君。三奈はまんざらではニャいようだよ。


「わかった、私頑張る」


恥ずかしさが感極まったのか、さっと手を引っ込めて後ろを向く三奈。

そんな三奈の様子に、秋良は心配そうな表情を浮かべるニャ。


「秋良君、村のみんなに伝えて。私がなんとかするって」


「おう、わかった。頼むな」


彼女の決意を聞いて、ほっと息をつき、秋良は出て行ったニャ。

残されるボクと三奈。

三奈の顔をちらりと伺うと、赤面はすでに治っていて怖い顔で何かをぶつぶつつぶやいていた。


「人のみが死に至るウイルス……猫人族は大丈夫。自然管理システムの報告によるとここの遺伝子が……」


ちょっと怖いその様子に、ボクは集中を妨げてはいけないからという名目でそろーりそろーりとラボを後にしようとする。

しかし、途中で三奈にがしりと肩をつかまれてしまう。


「族長。ちょーっと手伝ってもらっていいですか。猫人族はウイルスにかからない予報なので血とか細胞とか、ね」


自然界で強者として生きてきたボクだったけど、その狩人の目からは逃げられる気がしなかったニャ。

ヒト、怖い。



そうして三奈は研究を続けていったんだニャ。

忙しい三奈はまさに猫の手も借りたい勢いだったようで、お茶のみ友達だったボクは、たびたび検体の提供とともに研究を手伝わされた。

族長なのに……族長なのに!!

まるで助手のようにこき使われて大変だったニャ……。


そして三奈はついにそれを完成させた。


「猫人族の血と細胞をもとに、私たちの体を少しだけ彼らの物に寄せる。これでウイルスの発症は抑えられるはず!」


自分での実験を終え、安全性を確認した三奈はすべての村人にその薬をうった。

それから2週間。

ウイルスによっての死者はゼロだった。

そして、彼女の調整は完璧で人間たちの生活に変化は起こらない。




そのはずだった。


「え、どうして私に耳が? ヒゲが?」


口々にそのようなことを言いながら広場に集まる人間たち。

いや、もう彼らは純粋な人間じゃないのニャ。

我らが同胞ニャ。


「にゃっにゃっにゃー!! これが、猫の手を、もとい猫人族の族長の手を借りてしまった結果ニャ!」


そう、ボクは手伝う途中で彼女の目を盗み、調整に変化を加えていた。

より、猫人族に近くなるように、よりウイルスから安全な体へ!


「な、なんてことしてくれちゃってんの、族長!!」


一人だけ、猫化を免れていた三奈が叫ぶ。

みんなよりはやくうつ三奈の薬には手を加えなかったから当然ニャ。

だって、それでバレてしまっては計画がパーなのにゃ。

まあ、でも、そりゃそうだよニャ……一人だけ人間のままなんて寂しいよニャ。


悪かったニャ、三……うおおおおお!

三奈がボクの肩をつかんでぶんぶんと振り回してきた。


みにゃ三奈さん? そんなに揺らさないでもらえますか。

族長の頭がシェイクしちゃいますよ。わきたっちゃいますよ。


「私の、作品に、なんてことしてくれたのよ!!」


どうやら彼女は自分の作品である薬に手を加えたのにご立腹らしい。

ニャんと、それは盲点だった。

そんなもみ合う三奈とボクの横に、一人のオスが立つ。

そして、そこで宣言した。


みにゃ三奈! 俺、お前が好きだ!!」


秋良である。

そう、猫人族の美点は、自分の恋の気持ちに率直であること。

ボクに詰め寄っていた三奈の手が止まり、顔が赤くなる。


「どうして、今……」


「俺、ずっと前からお前のことが好きだったんだ。どうか、俺の子を産んでください」


そう言って跪き、手を差し出す秋良。

三奈は一瞬迷った後、ゆっくりと彼の手に自分の手を重ねた。


「いきなり、子供を産んではちょっとハードルが高いけど……私も秋良君のこと好きだったから。嬉しい」


つがい成立、やったね!

最後の一押しは。


「三奈、おめでとうニャ」


「ありがとう。って、えっ、いたたたた」


三奈にも猫化の薬をブスリ。

これで、二人のペースが一致するはずだニャ。

(※薬は専門家の意見に従い、用法容量を守って使いましょう)

しばらく、刺された腕をさすっていた三奈だったが、なにがおかしくなったのか急に笑い出す。

あれ、容量間違った? おかしくなっちゃったかニャと心配していると、彼女は笑って出た涙を拭きながら言った。


「まさか猫の手を借りてこんな結果になるなんて。みんなが猫になっちゃうなんて! でも、私後悔はないかな。好きな人と思いを伝えあえたんだから」


そう言って三奈はボクに猫パンチのような軽いパンチをしてくる。

ボクはそれに本物の猫パンチを返す。


「それはよかったニャ」


心の中では、作品に手を加えた件は不問にしてもらえるようで心底安心したボクだったのニャ。



しばらく経って、三奈は無事にみんなと同じレベルまで猫化した。

そしてそんなに日が立たないうちに、秋良の子供を授かったのニャ。


そしてその後も、人々の間でカップルがうまれまくったニャ。

ボクの目論見通り、人間は滅亡を回避した。

ま、正確には人間ではないかもだけど、それもご愛敬だよニャ!

めでたしめでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫とともに暮らす世界 篠騎シオン @sion

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説