第1話 迷い人になる

 目を開けると、柔らかい何かが顔にかかって、視界の邪魔をして何も見えない。退かしてみると、毛布が掛けられていた。

 見たことのない毛布。


 体を起こすと、見たことのない部屋。人は誰一人もいない。


 応接間のような、二つのソファの間にテーブルが置いてある部屋で、その内で私は寝ていた。

 確か私は、爆発によって倒れたはず。いるとすれば病室にいるのが普通だと思うんだけど。

 ここはそんな部屋じゃないようだ。


 何より、体が全く痛くない。先ほどの状態では、致命傷を負っていたはずなのに・・・。服もいつも通りの私服を着てる。


 そうなると、ここは死後の世界なのかな。それとも、死ぬ前に夢でも見ているのかな。


 試しに頬捻ってみる。痛くて、我ながらやってみたことをすごく後悔するね。

 こんな古典的な方法しか思い浮かばないが、感覚があるためどうやら夢ではないようである。


「ギギギッ」と音が聞こえる。音のした方を見ると、ドアから光が細く射し込んでいた。

 光の隙間から頭を出し、斜めに覗きこちらを見ている。


 私と目が合い、声をかけようとすると、ドアは閉まっていった。


 逆光ではっきりは見えなかったけど、身長的に子供かな。

 話がしたかっただけなんだけど・・・。怖がられたのかな・・・。


 ひとまずここにいても変わりないから、この部屋を出てみよう。

 先ほどのドアを開けてみる。


 流石に部屋から出るのは怖いので、部屋から覗いてみる。

 開けて、すぐに目の前には廊下広がっていた。

 内装は、私が普段見るような建物とはかけ離れていた。廊下にはカーペットが敷かれ、目線を上げるとステンドグラスのおしゃれな窓ガラスでできている。


 フィクションの世界で見る、さながら貴族のお屋敷のような作りだ。

 窓から見たこともないような建物が向かい合っているのが見えた。廊下に出て、窓の外を覗いてみる。

「何このお洒落な建物たちは・・・」

 私は一度も来たことのない所であることがすぐに分かる。ホワイトレンガでできた建物がずらりと並んでいる。下の方を見てみると、町が広がっていて、人々が行きかっている。

 顔を見て、違和感に気が付く。どうやら、日本人ではないようだ。どこの国の人かよく観察していると、私のいる建物の中に、大勢の人が入ってくる。


「これは一体何の集まり?」

 よく人の流れを見てみると、建物中に入っていった人が何か袋を下げて出てきている。中身までは見ることが出来ないが、恐らく何らかのお店なのだろう。


 外の様子を見ていると、後方でドアが開く音がしたので、振り返る。

 そこには、エプロンらしきものを着たお爺さんが立っていた。その後ろには、ショートヘアの子供が1人隠れるようにズボンを掴みながら隠れている。恐らく先ほどの子供かな。

「お嬢さん体調は大丈夫でしたか。」

 お爺さんは私に声をかけてくれる。あれ日本語なの。てっきり英語辺りが来ると思ったんだけど。

 とりあえず、大丈夫でしたと答えるのが正解なのか。私にはわからない。何と答えるか戸惑う。

「お店の前で倒れてたので、私共で一度お部屋まで運びました」

「倒れていた?」

 爆発の時に倒れたことならわかるけど、こんなところまで吹き飛ばされたの。そんなはずないよね。こんな土地見たことがないし、体に傷がないのがおかしい。

「あの失礼なんですけど、ここってどこですか?」

 お爺さんは、私の問いに戸惑っている。

「もしかして、記憶を。」

「いえ、名前は分かります。なぎって言います」

 記憶喪失してるわけではない。でも、相手からすると確かに記憶喪失っぽく聞こえてしまうよね。「ここはどこ、私は誰」的な感じ。でも、私にはしっかり記憶がある。

 あの恥ずかしいミキサーの爆発の記憶もしっかりと。


「これは失礼しました。ナギさん。申し遅れました、わたくし当支配人のレオンと申します」

 支配人ということは、ここはやはりお店なんだね。

「ここどんなお店なんですか?」

「私、レストランを運営しております」

「それで、人が行ったり来たりしているんですね」

 私は、再び外に目を向ける。先ほどは気が付かなかったが、袋を持たずに出てきている人もいる。

「あの袋を持っている人は?」

 私が訪ねると、レオンさんが説明してくれる。

「お弁当ですね。お昼時ですので、弁当を買って仕事先で食べて下さる方も少なくないですよ」

 確かに、レストランよりお弁当の方が早く済むもんね。ここの料理の味は、まだ知らないけどこの人の入りようだ。かなりの人気店ぽいね。


「先ほどの話に戻りまして、なぎ様はどうしてお店の前で倒れていらっしゃったのでしょうか」

「えっと・・・」

 気が付いた時にはソファの上だった。だから、お店の前で倒れていた記憶はない。強いて言うならば、あの爆発の時に倒れた記憶はあるでもそこは日本だった。

 外観から少なくとも、ここが日本じゃないことは分かる。

 日本から来たって言っていいのかな。そもそも、日本が伝わるのか分からないけどね。

「日本って分かりますか・・・?」

 念のため疑問形で問いかけてみる。すると、不思議そうな顔をして、後ろにいる子供にも声と顔を見合わせる。

「ルフ、日本って聞いたことあるか」

「聞いたことがありません。お父様」

 あの子の名前ルフって言うんだね。お父様ってことは家族かな。

「申し訳ないのですが、その二ホンというのはどこに位置していらっしゃるのですか」

「どこに・・・。」

 どこにと言われてもここがどこか分からないから、示す方法が分からない。

 やはり日本はないのかな。

「ここから、遠い所だと・・・、思います・・・」

 実際に近いのか、遠いのか分からない。

「思います?ということはここに来た記憶は覚えてないのでしょうか」

 その通りなんですよ!!でも、納得して良いのかな。

 もし、異国民に対して批判的なら捕まるかもしれない。

「もしそうです。って言ったらどうしますか?」

「そうですね。特になんともありませんが、なぜ倒れていたのが気になることぐらいですね。」

 やっぱり倒れていたことは双方気になりますよね。多分、正解は分からないけど。

 でも、批判的ではないようだ。

「本当のことを話すと、何故ここにいるのか分からないんです。ここがどこなのかも。どこの国なのかも。目が覚めたら、ここにいたので。」

「なるほど」

 レオンさんは、頷き納得してくれた。

 納得して大丈夫なのかなと、私ながらレオンさんのことが不安になる。今の情報だと、日本という知らない国から来たナギという情報しかないはずなんだけど。怪しさしかないよね。


 早い所ここを出て、情報収集した方が良いかな。この国のこと。日本への戻り方を探すためにも。

「改めて、倒れているところを助けて下さり、ありがとうございました。私は日本に帰るために、町の中を探索してみますね」

「お待ちください。お腹は空かれていませんか?」

 言われてみれば、少し空いているような気がする。でも、流石に倒れているところを休ませてもらった上で、ご飯まで頂くのは流石に申し訳ない。

「そんなことないですよ。お気遣いありがとうございます。」

 私は首を横に振る。

「いえいえ。もうお昼時ですし、また倒れるかもしれませんよ。」

 また、倒れるかもと言われると、貰った方が良いのかな。また、道中に倒れてしまったら本末転倒だからね。

「申し訳ないですが、頂いて良いですか」

「はい。勿論です。それでは、こちらへどうぞ。」

 そう言って、レオンさんは廊下の先に向かっていく。私も後を付いて行く。

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